エレファントカシマシDB 2006/10/07(土) 日比谷野外大音楽堂 普請虫さんのライブレポート

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普請虫さん

 今年の野音はリハーサルの場外視聴からはじまった。リハーサルを耳にしてしまうと、本編を聞く際に興をそがれるきらいはあるが、こんな曲をやるのかという予習になって、よりいっそう盛り上がれるということもある。
 メンバーのリハはかなり早くはじまったが、今年宮本浩次御大の入り時間は午後四時二〇分。誘導のスタッフがかなりそわそわしていたのが印象的だった。黒シャツ黒ズボンという黒くろのいつも出で立ちで、後半アンコール2で見せた姿が野音到着時の衣装でした。

 さて今年のスタートは五時半。いつもの夏なら、まだ日も暮れきらない暑い夕暮れどき。しかし今回は秋の野音とあって、日はとっぷりと暮れ照明効果も期待できる暗闇が訪れて幕が開いた。序盤はここ最近のお気に入りセットといっていいだろう。「ファイティングマン」「歴史」「明日に向かって走れ」…、石君がいきおい走りがちになるのをミヤジが押さえながら、心地よさそうに歌い始める。
 曲目が野音ならではとなりはじめたのが、「GT」からである。現在の力量で演奏される「GT」はとてもロック色が増していてカッコよかった。アルバム収録バージョンは今でも苦手なのだけれど、今年野音でライブ版を聞いて曲の印象が一変した。疾走感のある演奏は「so many people」「sweet memories」にも通じるドライブな感覚を抱かせた。
 「デーデ」はライブ定番、野音恒例となった印象が強い。「貧乏人に捧げるバラードだ」は水戸黄門の印籠ではないが、決めぜりふになりつつある。「無事なる男」は物憂さと家族愛と男の意地を歌った隠れた名曲。「男」シリーズの中では演奏回数が少ない曲だが、ぜひライブ定番化されることを望んでやまない。「もっとなんだか きっとなんだか ありそうな気がしているんだ」の気概は、「すまない魂」や「パワー・イン・ザ・ワールド」と共通している。
 ファン感涙の一曲は「絶交の歌」。友人と俺の科白わけで書かれた、世にも希なる楽曲。成り上がりの野望持つ友人の愚痴を笑い飛ばし、それを口だけ男として絶交してしまうという、物語が魅力。最近の「化ケモノ青年」がこの歌の形式を踏襲している印象があるが、内容が内容だけにふつうのライブではほとんど披露されなかった曲。これが聞けただけで野音に行った甲斐があった。「昔の俺に絶交されちゃいました」、ミヤジはぽつりそう言っていた。
 「珍奇男」を挿んで「何も無き一夜」「寒き夜」と夜のバラード。秋の夜長を意識した絶妙な選曲だったと思う。エピック時代のバラードは歌詞に乗せられた思いが痛切なだけに、こころを揺さぶられることしきり。「珍奇男」は人気曲ということでセットに入れたのだろうが、今回はあまり魅力的にかがやかなかった。というよりも、ほかのエピック時代の楽曲の魅力が充実していて、いつもの名曲ぶりが発揮されなかったのかもしれない。
 「友達がいるのさ」はまさに野音のテーマ曲だと私は感じている。歌詞やメロディを聞いていると、日比谷のビル群のなかにある野音の景色が不思議と目に浮かぶ。「もっともっと魅力的な曲を作るから」というMCにもあるように、近年のエレカシの団結をおだやかに物語るこの曲はとても美しい。つづく「あなたのやさしさを…」これはバンド紹介をかねたハイライト曲として定番化しつつある。「ガストロンジャー」を暴発エネルギーのアンセムとするなら、こちらは克己心の陽性の発現のアンセムである。ミヤジが「はずかしいけど、ここに集まってくれたみんなに捧げます」、その言葉がうれしかった。
 石君を大活躍させるための一曲、それが「生命賛歌」である。冒頭のフレーズは石君のギタリストとしての面目躍如である。がに股プレイもなかばトレードマークとなり、「いってみよう」のかけ声からはじまる中奏のヘビーなギタープレイも、石君の独壇場である。つづく「地元のダンナ」も石君の印象的なリフからはじまるギターロックな楽曲で、歌詞の内容よりも、曲のテンションが楽曲のクオリティを高めているライブ向きの一曲である。

 アンコール第1部。幕開けの「シグナル」。近作中随一の名曲と思われる「シグナル」であるが、この日はやや歌詞とびが多く、声量や演奏はさておき曲の世界をうまく表現しきれていなかったのが残念。その分「晩秋の一夜」「過ぎゆく日々」「夢の中で」というエピックレパートリーで挽回した。「晩秋の一夜」は季節感がぴたり重なったこともあって、しんみりとした寂寥感が胸にしみた。「過ぎゆく日々」はアルバム『5』の楽曲の質の高さを証明するようだった。
 「夢の中で」から「極楽大将」まではやや皮肉まじりのエピックの楽曲を披露。アルバム制作当時よりも練られたアレンジで、新鮮な演奏が印象的だった。「ガストロンジャー」もいまやライブ定番として定着しつつあり、歌詞以外はかっちりと安定してきた観がある。バラード中心のライブに乗りきらなかったのか、それとも秋の空気がそうし向けたのか、今年の野音は観客の反応(合唱)がいまひとつ少なかったように思う。いつもの日比谷のビル群を揺さぶるくらいの合唱が今年も欲しかった、それが個人的に残念だった。
 「なぜだか俺は祷ってゐた」はとても痛切なバラードで涙がこみあげた。ミヤジが歌うバラードは、個人の思いが深く刻印されているため、万人のスタンダードにはなりえないが、彼がそれを歌い上げるとき特別な輝きを放つ。「流れ星のやうな人生」は戯画化された半自伝ソング。最近のライブでは閉め曲として役割を持ちつつある。

 長い長いアンコールの第2部は「昔の侍」「武蔵野」で幕開け。この2曲は東京で歌われるとき、特別のかがやきを持つ楽曲である。今年は本人も言うように、喉の調子がよいと思われ、秋の乾いた夜空にうつくしい調べとなって歌がひびいていた。「悲しみの果て」は文句なく名曲ぶりを発揮。「この世は最高」では、コーラス隊の石君と成ちゃんの楽しそうな顔が印象てきだった。 タモリではないが「今夜は最高」が彼らに送るファン一同のメッセージではなかったか。
 史上最長の野音セットのおおとりは「花男」。開け曲閉め曲を決めて、それ以外のところで用意した楽曲を出し入れするスタイルのエレカシ。しかし、華やかな曲、いわゆるハイライト曲を惜しみなく出したために、31曲目をミヤジは真剣に悩んでいた。しかし、忘れていた閉め曲を発見してニヤリ。「遠くを歩いてる おれの姿よ」の歌詞は「絶交の歌」の内容と呼応して、感慨深かった。ミヤジはかつて乗り越えようとして批判・皮肉の対象とした中年に自分がなっていることを、深く意識しているのだ。

 全体を通しての感想は、バラードが美しかった秋の野音、である。またトミの完全復活が印象的だった。反面、成ちゃんのベースと石君のギターに乱れが多かった。あと、タバコを減らしたミヤジの声のうつくしさ。あとは歌詞をかっちり頭に入れれば、向かうところ敵なし。対バン・イベントももう怖くない。
(誤変換、誤字を訂正しました)

No.曲名回数
1ファイティングマン8回目
2歴史8回目
3明日に向かって走れ2回目
4甘き絶望3回目
5孤独な旅人3回目
6かけだす男5回目
7 GT初!!
8デーデ10回目
9無事なる男2回目
10 絶交の歌初!!
11 何も無き一夜初!!
12珍奇男4回目
13 寒き夜初!!
14友達がいるのさ6回目
15あなたのやさしさをオレは何に例えよう3回目
16生命賛歌14回目
17地元のダンナ3回目
18シグナル5回目
19 晩秋の一夜初!!
20 過ぎゆく日々初!!
21 夢の中で初!!
22ゲンカクGet Up Baby2回目
23極楽大将生活賛歌2回目
24ガストロンジャー10回目
25なぜだか、俺は祷ってゐた。2回目
26流れ星のやうな人生3回目
27昔の侍3回目
28武蔵野8回目
29悲しみの果て13回目
30この世は最高!4回目
31花男6回目


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持帰り用セットリスト(コピーしてご利用下さい)

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