夏秋の好例となった日比谷の野音。バンドデビュー20周年となる今年、はじめて春の野音という試み。あたらしいアルバム制作の中でアレンジやキーボードとして加わっているという蔦谷好位置を招いての5人編成。そのキーボード参加を意識してか、鍵盤楽器が印象的な楽曲が多く取り上げられた。それゆえ、激しいナンバーがほとんどなかった。「男」シリーズが一曲もなく、ややおとなしめの野音になった気がする。
タバコを控えめにしたミヤジの声は伸びと艶が増し、その歌唱力のすごさが一段とました。練習を重ねただろうバンド演奏も以前にもましてアドリブが増えて、録音版の再現性よりメンバーの個性を重視したライブ感あふれるものになっていた。ただ、水分を摂らずに絶唱をつづけたために後半はかなりのかすれ声になった。もしかしたら軽い風邪をひいていたのかもしれない。
春の野音の幕開けは「「序曲」夢のちまた」。 ゆっくり情緒たっぷりに日比谷の森がエレファントカシマシの世界に包まれてゆく。しばしあとの「上野の山」と並んで、エレカシの春うたが詰まった『浮世の夢』の曲が、今年の野音では際立っていた。「ああ今日も夢か幻か ああ夢のちまた」。この「夢」はバブル経済を遠く見ていたミヤジと心持ちと重なっているわけだから、この曲を今うたうことの意味は深い。
「偶成」もまた深い情感のうちに丁寧に歌われた。『生活』の核になっている一曲であるこの曲も、「生活」というものの重み、傍らの幸せ、溝(どぶ)浮かぶ富士の美しさの対比に涙する一曲である。たまたま世に生まれ落ちた自らの不思議。しみじみとする気色。つづく「奴隷天国」から「悲しみの果て」への展開は、やや無理があった。今年はいろいろ詰め込もうとしたぶん、曲の並びが歌の情緒を切ってしまったところがある。その点では去年の秋の野音の出来が近年群を抜いてすばらしかった。
ゲストであるところの蔦谷好位置(ex.ナツメン)にかなり気を遣った構成であったというところも大きい。それはよいところにもなり、悪いところにもなっていた。 「風に吹かれて」「翳りゆく部屋」「あなたのやさしさを俺は何に例えよう」などでは、歌のよさをひきだした演奏だった。反面、 「四月の風」や「月の夜」では、ややキーボードが前に出すぎて、従来持っている曲の情感を変えてしまうようなところがあった。
サプライズなできごと、荒井由美のカバーソング「翳りゆく部屋」の出来はすばらしかった。元歌とはまったく別の作品、まさにエレカシの持ち歌ような仕上がりだった。「かがやきは戻らない 私がいま死んでも」と宮本が歌うと、どこか「パワー・イン・ザ・ワールド」のような克己に聞こえるのが不思議だ。荒井由美のバージョンだとあきらかに沈み込む内容なのに、宮本の「翳りゆく部屋」は明日へ向かう姿勢が滲んでいる。
大阪、日比谷の野音のタイトルにもなった新曲「俺たちの明日」。そして「笑顔の未来へ」のあたらしい世界観がとてもよかった。本人がいうように気負いではない素直なはげまし、それが聞くものに届く曲になっている気がしたからだ。私が連れてだっていった、エレカシ初体験者もこの曲がいいとはっきり言っていたからだ。私はつねづね思うのだが、エレカシはいつも今やっている曲、新曲がいちばん錬度が高い。だからヒットソングだけを並べる懐メロフォークバンドにはならないのだ。いつも「今」を大事にしている。今回も「俺たちの明日」「笑顔の未来へ」の持つ力のすごさ、それに励まされた。
演奏面では成ちゃんのベースとトミのドラムがとてもよかった。安定感があって、しかも味わい深さがまして、まさに大人のリズムを刻んでいた。逆に子どものように楽しそうにいろんな体勢でギターをかき鳴らす石君のパフォーマンスが、際だって面白かった。今回はミヤジが真面目に歌っていたぶん、石君の奇天烈さが一服の清涼剤の役割を果たしていた。
足繁く通っているファンには、今回のセットは物足りなさが残る内容だった気がする。ヒット曲が並んだのは、アニバーサリーイヤーだということで理解しても、曲数も伸びなかったし、情感のつづかないバラバラな並びに翻弄されたところがあったからだ。激しいところは激しく、歌い上げるところは歌い上げて、最後に人気曲でたたみ込む、野音恒例の感じがなかったのが不完全燃焼の原因かも知れない。ただ、「なぜだか、俺は祷ってゐた」「俺たちの明日」へとつづくラスト2曲のミヤジの絶唱は本物だった。宮本浩次が「今」に向き合っている姿勢はウソのない本物、そう感じた。
No. | 曲名 | 回数 |
---|---|---|
1 | 夢のちまた | 初!! |
2 | 俺たちの明日 | 2回目 |
3 | 四月の風 | 6回目 |
4 | 偶成 | 初!! |
5 | 奴隷天国 | 3回目 |
6 | 悲しみの果て | 15回目 |
7 | 上野の山 | 初!! |
8 | てって | 3回目 |
9 | DJ in my life | 4回目 |
10 | 愛の日々 | 初!! |
11 | 翳りゆく部屋 | 初!! |
12 | 風に吹かれて | 8回目 |
13 | あなたのやさしさをオレは何に例えよう | 4回目 |
14 | 笑顔の未来へ | 初!! |
15 | I don’t know たゆまずに | 4回目 |
16 | 生命賛歌 | 15回目 |
17 | 今宵の月のように | 9回目 |
18 | ガストロンジャー | 12回目 |
19 | ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ | 初!! |
20 | 月の夜 | 3回目 |
21 | so many people | 4回目 |
22 | 星の降るような夜に | 4回目 |
23 | 武蔵野 | 9回目 |
24 | なぜだか、俺は祷ってゐた。 | 4回目 |
25 | 俺たちの明日 | 2回目 |
持帰り用体験回数(コピーしてご利用下さい)