秋の日に | 書込み件数 |
---|
1 | あばよ
| 0 |
2 | 飾りじゃないのよ涙は
| 0 |
3 | まちぶせ
| 1 |
4 | 愛の戯れ
| 0 |
5 | DESIRE -情熱-
| 0 |
6 | 恋におちて -Fall in love-
| 1 |
7 | 光の世界
| 3 |
8 | 夜明けのうた
| 1 |
9 | stranger
| 1 |
10 | 異邦人
| 1 |
11 | きみに会いたい -Dance with you-
| 1 |
12 | 化粧
| 0 |
13 | 春なのに
| 0 |
14 | shining
| 1 |
15 | 獣ゆく細道
| 1 |
16 | ロマンス
| 0 |
17 | 冬の花
| 1 |
18 | 悲しみの果て
| 16 |
19 | sha・la・la・la
| 1 |
20 | 浮世小路のblues
| 1 |
21 | passion
| 1 |
22 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
23 | 風に吹かれて
| 12 |
24 | 今宵の月のように
| 11 |
25 | あなたのやさしさをオレは何に例えよう
| 8 |
26 | この道の先で
| 1 |
27 | 十六夜の月
| 1 |
28 | rain -愛だけを信じて-
| 1 |
29 | P.S. I love you
| 1 |
30 | 木綿のハンカチーフ
| 0 |
31 | ハレルヤ
| 2 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
1 | 光の世界
| 3 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
1 | 光の世界
| 3 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
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1 | 光の世界
| 3 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
2 | stranger
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
2 | stranger
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
2 | stranger
| 1 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
3 | この道の先で
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
3 | この道の先で
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
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3 | この道の先で
| 1 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
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4 | 浮世小路のblues
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
4 | 浮世小路のblues
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
4 | 浮世小路のblues
| 1 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
5 | 十六夜の月
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
5 | 十六夜の月
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
5 | 十六夜の月
| 1 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
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6 | 春なのに
| 0 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
6 | 春なのに
| 0 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
6 | 春なのに
| 0 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
7 | 東京協奏曲
| 0 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
7 | 東京協奏曲
| 0 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
7 | 東京協奏曲
| 0 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
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8 | passion
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
8 | passion
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
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8 | passion
| 1 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
9 | sha・la・la・la
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
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9 | sha・la・la・la
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
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9 | sha・la・la・la
| 1 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
10 | just do it
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
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10 | just do it
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
10 | just do it
| 1 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
11 | shining
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
11 | shining
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
11 | shining
| 1 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
12 | rain -愛だけを信じて-
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
12 | rain -愛だけを信じて-
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
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12 | rain -愛だけを信じて-
| 1 |
縦横無尽(通常盤) | 書込み件数 |
---|
13 | P.S. I love you
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
13 | P.S. I love you
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
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13 | P.S. I love you
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
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14 | 夜明けのうた
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
14 | 夜明けのうた
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
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15 | 異邦人
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
15 | 異邦人
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
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16 | Do you remember?
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
16 | 解き放て、我らが新時代
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
17 | 化粧
| 0 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
17 | going my way
| 0 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
18 | 冬の花
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
18 | きみに会いたい -Dance with you-
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
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19 | ハレルヤ
| 2 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
19 | 二人でお酒を
| 0 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
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20 | sha・la・la・la
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
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20 | 化粧
| 0 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
21 | 昇る太陽
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
21 | ジョニィへの伝言
| 0 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
22 | P.S. I love you
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
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22 | あなた
| 0 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
23 | sha・la・la・la
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
23 | shining
| 1 |
縦横無尽(初回限定2021ライブベスト盤) | 書込み件数 |
---|
24 | sha・la・la・la
| 1 |
縦横無尽(初回限定宮本浩次縦横無尽盤) | 書込み件数 |
---|
24 | 獣ゆく細道
| 1 |
25 | ロマンス
| 0 |
26 | Do you remember?
| 1 |
27 | 冬の花
| 1 |
28 | 悲しみの果て
| 16 |
29 | P.S. I love you
| 1 |
30 | passion
| 1 |
31 | 明日以外すべて燃やせ
| 0 |
32 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
33 | 今宵の月のように
| 11 |
34 | あなたのやさしさをオレは何に例えよう
| 8 |
35 | 昇る太陽
| 1 |
36 | ハレルヤ
| 2 |
37 | sha・la・la・la
| 1 |
38 | 光の世界
| 3 |
ROMANCE | 書込み件数 |
---|
1 | あなた
| 0 |
2 | 異邦人
| 1 |
3 | 二人でお酒を
| 0 |
4 | 化粧
| 0 |
5 | ロマンス
| 0 |
6 | 赤いスイートピー
| 0 |
7 | 木綿のハンカチーフ
| 0 |
8 | 喝采
| 0 |
9 | ジョニィへの伝言
| 0 |
10 | 白いパラソル
| 0 |
11 | 恋人がサンタクロース
| 0 |
12 | First Love
| 0 |
13 | September
| 0 |
14 | 思秋期
| 0 |
15 | 私は泣いています
| 0 |
16 | あばよ
| 0 |
17 | 二人でお酒を
| 0 |
18 | 翼をください
| 0 |
宮本、独歩。 | 書込み件数 |
---|
1 | ハレルヤ
| 2 |
2 | 冬の花
| 1 |
3 | 夜明けのうた
| 1 |
4 | きみに会いたい -Dance with you-
| 1 |
5 | Do you remember?
| 1 |
6 | 獣ゆく細道
| 1 |
7 | going my way
| 0 |
8 | Fight! Fight! Fight!
| 0 |
9 | 解き放て、我らが新時代
| 1 |
10 | 明日以外すべて燃やせ
| 0 |
11 | 旅に出ようぜbaby
| 0 |
12 | 昇る太陽
| 1 |
Wake Up | 書込み件数 |
---|
1 | Wake Up
| 0 |
2 | Easy Go
| 0 |
3 | 風と共に
| 1 |
4 | 夢を追う旅人
| 0 |
5 | 神様俺を
| 1 |
6 | RESTART
| 1 |
7 | 自由
| 1 |
8 | i am hungry
| 0 |
9 | 今を歌え
| 0 |
10 | 旅立ちの朝
| 1 |
11 | いつもの顔で
| 0 |
12 | オレを生きる
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
---|
1 | 今宵の月のように
| 11 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
1 | 今宵の月のように
| 11 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
---|
1 | 今宵の月のように
| 11 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
---|
2 | 悲しみの果て
| 16 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
2 | 悲しみの果て
| 16 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
---|
2 | 悲しみの果て
| 16 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
---|
3 | 四月の風
| 7 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
3 | 四月の風
| 7 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
---|
3 | 四月の風
| 7 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
---|
4 | 風に吹かれて
| 12 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
4 | 風に吹かれて
| 12 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
---|
4 | 風に吹かれて
| 12 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
---|
5 | 夢のかけら
| 10 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
5 | 夢のかけら
| 10 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
---|
5 | 夢のかけら
| 10 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
---|
6 | 友達がいるのさ
| 20 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
6 | 友達がいるのさ
| 20 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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6 | 友達がいるのさ
| 20 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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7 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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7 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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7 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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8 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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8 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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8 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
---|
9 | リッスントゥザミュージック
| 2 |
| アルバムの中盤を構成する失恋パートのもっとも淡い恋歌。宮本はひとつ前の「こうして部屋…」のほうが泣けてくるようだが、私はこの別離の歌の方が悲しい。 「別れの気配を感じていたのに 明日の約束を重ねていた」 悪意でもなく、嫌悪でもなく、歩くべき方向が違うというどうしようもなさで、たとえようもなく突然に終わってしまう、悲しい恋愛の終局が歌われている。思う気持ちはふたりとも変わらないのに。明日をかさねればかさねるほど、別れに近くなる。だから音楽に癒して欲しい。音楽にふたりの別れをなんとか救って欲しい。その思いが「まぬけなJOHNNY」に突き抜けてゆく。 名曲である。あまりによい曲には差し挟む言葉も少なくなる。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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9 | リッスントゥザミュージック
| 2 |
| アルバムの中盤を構成する失恋パートのもっとも淡い恋歌。宮本はひとつ前の「こうして部屋…」のほうが泣けてくるようだが、私はこの別離の歌の方が悲しい。 「別れの気配を感じていたのに 明日の約束を重ねていた」 悪意でもなく、嫌悪でもなく、歩くべき方向が違うというどうしようもなさで、たとえようもなく突然に終わってしまう、悲しい恋愛の終局が歌われている。思う気持ちはふたりとも変わらないのに。明日をかさねればかさねるほど、別れに近くなる。だから音楽に癒して欲しい。音楽にふたりの別れをなんとか救って欲しい。その思いが「まぬけなJOHNNY」に突き抜けてゆく。 名曲である。あまりによい曲には差し挟む言葉も少なくなる。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
---|
9 | リッスントゥザミュージック
| 2 |
| アルバムの中盤を構成する失恋パートのもっとも淡い恋歌。宮本はひとつ前の「こうして部屋…」のほうが泣けてくるようだが、私はこの別離の歌の方が悲しい。 「別れの気配を感じていたのに 明日の約束を重ねていた」 悪意でもなく、嫌悪でもなく、歩くべき方向が違うというどうしようもなさで、たとえようもなく突然に終わってしまう、悲しい恋愛の終局が歌われている。思う気持ちはふたりとも変わらないのに。明日をかさねればかさねるほど、別れに近くなる。だから音楽に癒して欲しい。音楽にふたりの別れをなんとか救って欲しい。その思いが「まぬけなJOHNNY」に突き抜けてゆく。 名曲である。あまりによい曲には差し挟む言葉も少なくなる。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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10 | 翳りゆく部屋
| 3 |
| エレカシ史上初のカバーソングである。宮本浩次もバンドのメンバーも、アルバム制作当初にはこの楽曲をカバーソングとしてCDに刻むとは、思いもしなかっただろう。…というのは、プロモーションのインタビューや対談で、2007年野音でカバーしたときに予想以上の反響があって録音をしてみた、と言っているからだ。宮本のなかでは収録ありきではなく、アルバム制作をもりあげるための研鑽の楽曲としてこの歌を録音して見たような気がする。つまり意識としてはOUT TRACKになるだろう録音(そのうちにベストや編集盤におさまるかもしれないもの)、と考えていたような節がある。 ただ、あまりにもこのカバーはすばらしい。外すには惜しい出来映えである。だから、今回このアルバムに収められて、多くの人の耳に触れる機会をつくったことに喝采したい。 荒井由実の楽曲のがっちりした世界、それを壊すことなく、しかし女歌から男歌に転じている印象を強く受けた。人生におけるある<耀き>を失った女性の心象風景。どうあがいても帰らない<過去>。それを宮本の太い声で表現すると、たんに恋愛のそれではなく、失われたものへのノスタルジーと、すべてのものは経年に老いて色を失うという「寂滅」の諦観がある。 それを思えば、「昔の侍」を近しく置く。また、失われた恋愛への回顧、青春への郷愁ということでは、「さらば青春」がほど近い。 はじめてのカバーであり、バンドのもつ色合いとはやや異なるライターの作品だが、言葉や世界観を静かに感じれば、違和感なく受け入れられる。このカバーの成功を思うと、いつかカバーアルバムという力業にも挑戦して欲しくなるのが、人情ではないか。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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10 | 翳りゆく部屋
| 3 |
| エレカシ史上初のカバーソングである。宮本浩次もバンドのメンバーも、アルバム制作当初にはこの楽曲をカバーソングとしてCDに刻むとは、思いもしなかっただろう。…というのは、プロモーションのインタビューや対談で、2007年野音でカバーしたときに予想以上の反響があって録音をしてみた、と言っているからだ。宮本のなかでは収録ありきではなく、アルバム制作をもりあげるための研鑽の楽曲としてこの歌を録音して見たような気がする。つまり意識としてはOUT TRACKになるだろう録音(そのうちにベストや編集盤におさまるかもしれないもの)、と考えていたような節がある。 ただ、あまりにもこのカバーはすばらしい。外すには惜しい出来映えである。だから、今回このアルバムに収められて、多くの人の耳に触れる機会をつくったことに喝采したい。 荒井由実の楽曲のがっちりした世界、それを壊すことなく、しかし女歌から男歌に転じている印象を強く受けた。人生におけるある<耀き>を失った女性の心象風景。どうあがいても帰らない<過去>。それを宮本の太い声で表現すると、たんに恋愛のそれではなく、失われたものへのノスタルジーと、すべてのものは経年に老いて色を失うという「寂滅」の諦観がある。 それを思えば、「昔の侍」を近しく置く。また、失われた恋愛への回顧、青春への郷愁ということでは、「さらば青春」がほど近い。 はじめてのカバーであり、バンドのもつ色合いとはやや異なるライターの作品だが、言葉や世界観を静かに感じれば、違和感なく受け入れられる。このカバーの成功を思うと、いつかカバーアルバムという力業にも挑戦して欲しくなるのが、人情ではないか。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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10 | 翳りゆく部屋
| 3 |
| エレカシ史上初のカバーソングである。宮本浩次もバンドのメンバーも、アルバム制作当初にはこの楽曲をカバーソングとしてCDに刻むとは、思いもしなかっただろう。…というのは、プロモーションのインタビューや対談で、2007年野音でカバーしたときに予想以上の反響があって録音をしてみた、と言っているからだ。宮本のなかでは収録ありきではなく、アルバム制作をもりあげるための研鑽の楽曲としてこの歌を録音して見たような気がする。つまり意識としてはOUT TRACKになるだろう録音(そのうちにベストや編集盤におさまるかもしれないもの)、と考えていたような節がある。 ただ、あまりにもこのカバーはすばらしい。外すには惜しい出来映えである。だから、今回このアルバムに収められて、多くの人の耳に触れる機会をつくったことに喝采したい。 荒井由実の楽曲のがっちりした世界、それを壊すことなく、しかし女歌から男歌に転じている印象を強く受けた。人生におけるある<耀き>を失った女性の心象風景。どうあがいても帰らない<過去>。それを宮本の太い声で表現すると、たんに恋愛のそれではなく、失われたものへのノスタルジーと、すべてのものは経年に老いて色を失うという「寂滅」の諦観がある。 それを思えば、「昔の侍」を近しく置く。また、失われた恋愛への回顧、青春への郷愁ということでは、「さらば青春」がほど近い。 はじめてのカバーであり、バンドのもつ色合いとはやや異なるライターの作品だが、言葉や世界観を静かに感じれば、違和感なく受け入れられる。このカバーの成功を思うと、いつかカバーアルバムという力業にも挑戦して欲しくなるのが、人情ではないか。 更新日:2008/02/02 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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11 | 桜の花、舞い上がる道を
| 7 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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11 | 桜の花、舞い上がる道を
| 7 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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11 | 桜の花、舞い上がる道を
| 7 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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12 | ハナウタ~遠い昔からの物語~
| 5 |
| アルバム『昇れる太陽』の核となる歌はこれだと思って間違いない。これを曲順の真ん中に持ってきたのは、集中力のあつまる冒頭でもなく、何とはなしに勢いのある曲を集めやすいアルバム後半でもなく、飾りも衒(てら)いもなくど真ん中、アルバムの中盤に打ち込んだ印象を受ける。
この歌は普遍的な物語ソング。この歌には「絆」とは違って、仲間やファンへのメッセージのような多相性はない。むしろ直球で男と女の恋歌に挑んでいる。それが逆に新しい。しかも、神話的というか、草紙的と言おうか、メルヘンなのである。
曲の冒頭と曲の最終盤で同じフレーズ「遠い昔からの物語」と告げる。これは恋愛が延々とつづいていく、人の営み、くりかえされる物語の一編そしてその連作であることを暗示している。登場してくるイメージはお姫さまと王子さまの物語のようでもあり、長年連れ添った夫と妻の物語のようでもあり、新緑の街をはじめて手をつないで歩く学生のカップルのようでもある。そのイメージの広がりを支える歌詞がすばらしい。
【笑顔の未来へ】と同じように、創作の神が宮本に乗移ってつくらせたのではないか、とそう思わせるほど、今までのエレカシになかった新しい作風がある。2番が終わった後の大サビへのブリッジが泣かせる。抜けられない過去を引きずっていた主人公たちが、突如として物語の意味に気づくのである。
蔦谷好位置の名アレンジに賞賛を。 更新日:2009/04/30 (木) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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12 | ハナウタ~遠い昔からの物語~
| 5 |
| アルバム『昇れる太陽』の核となる歌はこれだと思って間違いない。これを曲順の真ん中に持ってきたのは、集中力のあつまる冒頭でもなく、何とはなしに勢いのある曲を集めやすいアルバム後半でもなく、飾りも衒(てら)いもなくど真ん中、アルバムの中盤に打ち込んだ印象を受ける。
この歌は普遍的な物語ソング。この歌には「絆」とは違って、仲間やファンへのメッセージのような多相性はない。むしろ直球で男と女の恋歌に挑んでいる。それが逆に新しい。しかも、神話的というか、草紙的と言おうか、メルヘンなのである。
曲の冒頭と曲の最終盤で同じフレーズ「遠い昔からの物語」と告げる。これは恋愛が延々とつづいていく、人の営み、くりかえされる物語の一編そしてその連作であることを暗示している。登場してくるイメージはお姫さまと王子さまの物語のようでもあり、長年連れ添った夫と妻の物語のようでもあり、新緑の街をはじめて手をつないで歩く学生のカップルのようでもある。そのイメージの広がりを支える歌詞がすばらしい。
【笑顔の未来へ】と同じように、創作の神が宮本に乗移ってつくらせたのではないか、とそう思わせるほど、今までのエレカシになかった新しい作風がある。2番が終わった後の大サビへのブリッジが泣かせる。抜けられない過去を引きずっていた主人公たちが、突如として物語の意味に気づくのである。
蔦谷好位置の名アレンジに賞賛を。 更新日:2009/04/30 (木) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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12 | ハナウタ~遠い昔からの物語~
| 5 |
| アルバム『昇れる太陽』の核となる歌はこれだと思って間違いない。これを曲順の真ん中に持ってきたのは、集中力のあつまる冒頭でもなく、何とはなしに勢いのある曲を集めやすいアルバム後半でもなく、飾りも衒(てら)いもなくど真ん中、アルバムの中盤に打ち込んだ印象を受ける。
この歌は普遍的な物語ソング。この歌には「絆」とは違って、仲間やファンへのメッセージのような多相性はない。むしろ直球で男と女の恋歌に挑んでいる。それが逆に新しい。しかも、神話的というか、草紙的と言おうか、メルヘンなのである。
曲の冒頭と曲の最終盤で同じフレーズ「遠い昔からの物語」と告げる。これは恋愛が延々とつづいていく、人の営み、くりかえされる物語の一編そしてその連作であることを暗示している。登場してくるイメージはお姫さまと王子さまの物語のようでもあり、長年連れ添った夫と妻の物語のようでもあり、新緑の街をはじめて手をつないで歩く学生のカップルのようでもある。そのイメージの広がりを支える歌詞がすばらしい。
【笑顔の未来へ】と同じように、創作の神が宮本に乗移ってつくらせたのではないか、とそう思わせるほど、今までのエレカシになかった新しい作風がある。2番が終わった後の大サビへのブリッジが泣かせる。抜けられない過去を引きずっていた主人公たちが、突如として物語の意味に気づくのである。
蔦谷好位置の名アレンジに賞賛を。 更新日:2009/04/30 (木) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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13 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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13 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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13 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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14 | ズレてる方がいい
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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14 | ズレてる方がいい
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All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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14 | ズレてる方がいい
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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15 | 夢を追う旅人
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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15 | 夢を追う旅人
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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15 | 夢を追う旅人
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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16 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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16 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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16 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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17 | デーデ
| 8 |
| またしても稀代の名曲。R&Rをやるものが一度は通過する、「金(かね)」をテーマにした1曲を、エレカシはファーストで軽々とこなしてしまった。ロックの伝統どおり、「金が一番」ということを歌うことによって、逆説している。「金が友達さ」「友達なんかいらないさ 金があればいい」と歌うザラツキが、そうではないだろうという反問を残す。「野音 秋」に収録されたテイクのMCにある、「貧乏人に捧げるバラードだ」という宮本の言葉が、製作意図を明らかにしている。「ファイティングマン」と同様に、バンドの代表曲にして、ライブの定番。曲中盤の駄洒落に近い遊びと、曲サビの金を称える内容が混然一体として、不思議な感覚を覚えさせる。最近は「人生金だけじゃねえよな、エブリバディ」というMCも飛び出すことも多いが、そういう本音は前に出さない方が、逆説として歌詞が活きてくるように思う。たとえば2005年野音の「友達は裏切る 金はうらぎらねえ」というMCが、個人的には歌詞に見合っているように感じる。 更新日:2005/09/19 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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17 | デーデ
| 8 |
| またしても稀代の名曲。R&Rをやるものが一度は通過する、「金(かね)」をテーマにした1曲を、エレカシはファーストで軽々とこなしてしまった。ロックの伝統どおり、「金が一番」ということを歌うことによって、逆説している。「金が友達さ」「友達なんかいらないさ 金があればいい」と歌うザラツキが、そうではないだろうという反問を残す。「野音 秋」に収録されたテイクのMCにある、「貧乏人に捧げるバラードだ」という宮本の言葉が、製作意図を明らかにしている。「ファイティングマン」と同様に、バンドの代表曲にして、ライブの定番。曲中盤の駄洒落に近い遊びと、曲サビの金を称える内容が混然一体として、不思議な感覚を覚えさせる。最近は「人生金だけじゃねえよな、エブリバディ」というMCも飛び出すことも多いが、そういう本音は前に出さない方が、逆説として歌詞が活きてくるように思う。たとえば2005年野音の「友達は裏切る 金はうらぎらねえ」というMCが、個人的には歌詞に見合っているように感じる。 更新日:2005/09/19 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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17 | デーデ
| 8 |
| またしても稀代の名曲。R&Rをやるものが一度は通過する、「金(かね)」をテーマにした1曲を、エレカシはファーストで軽々とこなしてしまった。ロックの伝統どおり、「金が一番」ということを歌うことによって、逆説している。「金が友達さ」「友達なんかいらないさ 金があればいい」と歌うザラツキが、そうではないだろうという反問を残す。「野音 秋」に収録されたテイクのMCにある、「貧乏人に捧げるバラードだ」という宮本の言葉が、製作意図を明らかにしている。「ファイティングマン」と同様に、バンドの代表曲にして、ライブの定番。曲中盤の駄洒落に近い遊びと、曲サビの金を称える内容が混然一体として、不思議な感覚を覚えさせる。最近は「人生金だけじゃねえよな、エブリバディ」というMCも飛び出すことも多いが、そういう本音は前に出さない方が、逆説として歌詞が活きてくるように思う。たとえば2005年野音の「友達は裏切る 金はうらぎらねえ」というMCが、個人的には歌詞に見合っているように感じる。 更新日:2005/09/19 (月) |
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18 | 奴隷天国
| 12 |
| 『生活』、『5』がスローな聴かせるアルバムであったのとは真逆に、アルバム『奴隷天国』はまさにエレカシの攻撃性爆発のパンキッシュな曲ばかりである。この【奴隷天国】もシニシズムな挑発に満ちたこころをザラザラにささくれにする曲である。
印象的なギター・リフ。ファーストのころの攻撃性に先祖がえりしたかのようである。この曲の見せ場は後半の挑発ぜりふにある。「何笑ってんだよ」「何うなずいてんだよ」聴くものさえもしかりとばし、舞台上に上げようとする演出が利いている。その本気は何度聞いても怖いくらいである。「いじけた流浪の民」たる日本人の心性を愛しつつも、その奴隷根性が憎くてたまらない。そんな思いが私の中にもある。革命志向の歌だ。このマイナスベクトルの歌詞をプラス方向に舵を切り直すと、【ガストロンジャー】あるいは【so many people】になる。
音楽として単純に格好いい。が、歌詞を聴くと、いつも居心地の悪さが残る。 更新日:2009/11/22 (日) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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18 | 奴隷天国
| 12 |
| 『生活』、『5』がスローな聴かせるアルバムであったのとは真逆に、アルバム『奴隷天国』はまさにエレカシの攻撃性爆発のパンキッシュな曲ばかりである。この【奴隷天国】もシニシズムな挑発に満ちたこころをザラザラにささくれにする曲である。
印象的なギター・リフ。ファーストのころの攻撃性に先祖がえりしたかのようである。この曲の見せ場は後半の挑発ぜりふにある。「何笑ってんだよ」「何うなずいてんだよ」聴くものさえもしかりとばし、舞台上に上げようとする演出が利いている。その本気は何度聞いても怖いくらいである。「いじけた流浪の民」たる日本人の心性を愛しつつも、その奴隷根性が憎くてたまらない。そんな思いが私の中にもある。革命志向の歌だ。このマイナスベクトルの歌詞をプラス方向に舵を切り直すと、【ガストロンジャー】あるいは【so many people】になる。
音楽として単純に格好いい。が、歌詞を聴くと、いつも居心地の悪さが残る。 更新日:2009/11/22 (日) |
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18 | 奴隷天国
| 12 |
| 『生活』、『5』がスローな聴かせるアルバムであったのとは真逆に、アルバム『奴隷天国』はまさにエレカシの攻撃性爆発のパンキッシュな曲ばかりである。この【奴隷天国】もシニシズムな挑発に満ちたこころをザラザラにささくれにする曲である。
印象的なギター・リフ。ファーストのころの攻撃性に先祖がえりしたかのようである。この曲の見せ場は後半の挑発ぜりふにある。「何笑ってんだよ」「何うなずいてんだよ」聴くものさえもしかりとばし、舞台上に上げようとする演出が利いている。その本気は何度聞いても怖いくらいである。「いじけた流浪の民」たる日本人の心性を愛しつつも、その奴隷根性が憎くてたまらない。そんな思いが私の中にもある。革命志向の歌だ。このマイナスベクトルの歌詞をプラス方向に舵を切り直すと、【ガストロンジャー】あるいは【so many people】になる。
音楽として単純に格好いい。が、歌詞を聴くと、いつも居心地の悪さが残る。 更新日:2009/11/22 (日) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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19 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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19 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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19 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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20 | 戦う男
| 4 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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20 | 戦う男
| 4 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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20 | 戦う男
| 4 |
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21 | so many people
| 10 |
| 「good -mornigバージョン」と名付けられた、シングルとは別アレンジの「so many peple」。「ガストロンジャー」「武蔵野」と並んで屹立する名曲。ヒットによって手にした大金で、はじめて得たスポーツカーの運転。高速道路を文明の利器で疾走してはじめて得た感覚が、この歌の中につまっている。エピックソニー時代の売れない鬱屈を突き抜けて、<瞬間>のよろこびの中の<革命>を見つめている。定めなき世の定め、かりそめでもいいよろこびを。願うことのなかのレボルーション。 更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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21 | so many people
| 10 |
| 「good -mornigバージョン」と名付けられた、シングルとは別アレンジの「so many peple」。「ガストロンジャー」「武蔵野」と並んで屹立する名曲。ヒットによって手にした大金で、はじめて得たスポーツカーの運転。高速道路を文明の利器で疾走してはじめて得た感覚が、この歌の中につまっている。エピックソニー時代の売れない鬱屈を突き抜けて、<瞬間>のよろこびの中の<革命>を見つめている。定めなき世の定め、かりそめでもいいよろこびを。願うことのなかのレボルーション。 更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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21 | so many people
| 10 |
| 「good -mornigバージョン」と名付けられた、シングルとは別アレンジの「so many peple」。「ガストロンジャー」「武蔵野」と並んで屹立する名曲。ヒットによって手にした大金で、はじめて得たスポーツカーの運転。高速道路を文明の利器で疾走してはじめて得た感覚が、この歌の中につまっている。エピックソニー時代の売れない鬱屈を突き抜けて、<瞬間>のよろこびの中の<革命>を見つめている。定めなき世の定め、かりそめでもいいよろこびを。願うことのなかのレボルーション。 更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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22 | コール アンド レスポンス
| 9 |
| どんなに権勢を誇っても「いずれ死んじゃうんだぜ」、というのは宮本がデビュー以来持ち続けている、人生への諦観である。この歌では、その諦観を人類全体にまで押し広げて、いずれ死ぬことを「死刑宣告」というセンセーションな言葉で突きつけている。「人生は死という死刑執行までの収監期間である」という名言を残した作家がいるが、それに等しい鮮烈な死刑宣告である。「皆様ご承知のこととは思いますが、発表します、全員死刑です!」。とは、生まれながらにして「死」を宣告されている、人間という存在へのセンセーショナルなアジテーションである。少なからず成功を収めてしまった自分への挑発、「いい気になるな」という戒めが、アルバム『good -mornig』のなかには込められている気がする。宮本は自分自身に対して、「死刑宣告」をあえてしているように強く感じた一曲である。 更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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22 | コール アンド レスポンス
| 9 |
| どんなに権勢を誇っても「いずれ死んじゃうんだぜ」、というのは宮本がデビュー以来持ち続けている、人生への諦観である。この歌では、その諦観を人類全体にまで押し広げて、いずれ死ぬことを「死刑宣告」というセンセーションな言葉で突きつけている。「人生は死という死刑執行までの収監期間である」という名言を残した作家がいるが、それに等しい鮮烈な死刑宣告である。「皆様ご承知のこととは思いますが、発表します、全員死刑です!」。とは、生まれながらにして「死」を宣告されている、人間という存在へのセンセーショナルなアジテーションである。少なからず成功を収めてしまった自分への挑発、「いい気になるな」という戒めが、アルバム『good -mornig』のなかには込められている気がする。宮本は自分自身に対して、「死刑宣告」をあえてしているように強く感じた一曲である。 更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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22 | コール アンド レスポンス
| 9 |
| どんなに権勢を誇っても「いずれ死んじゃうんだぜ」、というのは宮本がデビュー以来持ち続けている、人生への諦観である。この歌では、その諦観を人類全体にまで押し広げて、いずれ死ぬことを「死刑宣告」というセンセーションな言葉で突きつけている。「人生は死という死刑執行までの収監期間である」という名言を残した作家がいるが、それに等しい鮮烈な死刑宣告である。「皆様ご承知のこととは思いますが、発表します、全員死刑です!」。とは、生まれながらにして「死」を宣告されている、人間という存在へのセンセーショナルなアジテーションである。少なからず成功を収めてしまった自分への挑発、「いい気になるな」という戒めが、アルバム『good -mornig』のなかには込められている気がする。宮本は自分自身に対して、「死刑宣告」をあえてしているように強く感じた一曲である。 更新日:2008/11/03 (月) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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23 | 暑中見舞-憂鬱な午後-
| 7 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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23 | 暑中見舞-憂鬱な午後-
| 7 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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23 | 暑中見舞-憂鬱な午後-
| 7 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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24 | 俺の道
| 12 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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24 | 俺の道
| 12 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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24 | 俺の道
| 12 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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25 | 歴史
| 15 |
| アルバム「扉」は、虹色の変化を持ったアルバムである。といっても、エレファントカシマシの歌詞楽曲の一人柱である宮本浩次のつくるものであるから、宮本浩次というアーティストの色には強く染まっている。しかし、これが今までにはない境地の作品であるとともに、作品制作にかける葛藤が静謐さの中に収められていくという、凝縮がある。 「歴史」がまず素晴らしい。というのも、渋谷陽一も指摘しているように、歌詞全体が散文(非韻文かつ平常文)であるにもかかわらず、見事にメロディアスな曲調に似つかわしく、心地よく強く歌われているからだ。また、内容が凄い。森鴎外という文人の人生を歌い、それを日本人の生きざまひいては自分の生きざまに重ねていく。その連想がやや飛躍はあるにせよ、まさに聞き手に人生(生きざま)と日本人としての歴史とをつきつけてくるのだ。それにしても、「歴史SONG」というサビは直裁だ。客観的に見れば、いささか滑稽さもぬぐえない。 更新日:2005/10/29 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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25 | 歴史
| 15 |
| アルバム「扉」は、虹色の変化を持ったアルバムである。といっても、エレファントカシマシの歌詞楽曲の一人柱である宮本浩次のつくるものであるから、宮本浩次というアーティストの色には強く染まっている。しかし、これが今までにはない境地の作品であるとともに、作品制作にかける葛藤が静謐さの中に収められていくという、凝縮がある。 「歴史」がまず素晴らしい。というのも、渋谷陽一も指摘しているように、歌詞全体が散文(非韻文かつ平常文)であるにもかかわらず、見事にメロディアスな曲調に似つかわしく、心地よく強く歌われているからだ。また、内容が凄い。森鴎外という文人の人生を歌い、それを日本人の生きざまひいては自分の生きざまに重ねていく。その連想がやや飛躍はあるにせよ、まさに聞き手に人生(生きざま)と日本人としての歴史とをつきつけてくるのだ。それにしても、「歴史SONG」というサビは直裁だ。客観的に見れば、いささか滑稽さもぬぐえない。 更新日:2005/10/29 (土) |
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25 | 歴史
| 15 |
| アルバム「扉」は、虹色の変化を持ったアルバムである。といっても、エレファントカシマシの歌詞楽曲の一人柱である宮本浩次のつくるものであるから、宮本浩次というアーティストの色には強く染まっている。しかし、これが今までにはない境地の作品であるとともに、作品制作にかける葛藤が静謐さの中に収められていくという、凝縮がある。 「歴史」がまず素晴らしい。というのも、渋谷陽一も指摘しているように、歌詞全体が散文(非韻文かつ平常文)であるにもかかわらず、見事にメロディアスな曲調に似つかわしく、心地よく強く歌われているからだ。また、内容が凄い。森鴎外という文人の人生を歌い、それを日本人の生きざまひいては自分の生きざまに重ねていく。その連想がやや飛躍はあるにせよ、まさに聞き手に人生(生きざま)と日本人としての歴史とをつきつけてくるのだ。それにしても、「歴史SONG」というサビは直裁だ。客観的に見れば、いささか滑稽さもぬぐえない。 更新日:2005/10/29 (土) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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26 | 大地のシンフォニー
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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26 | 大地のシンフォニー
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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26 | 大地のシンフォニー
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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27 | Destiny
| 1 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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27 | Destiny
| 1 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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27 | Destiny
| 1 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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28 | RAINBOW
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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28 | RAINBOW
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
---|
28 | RAINBOW
| 0 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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29 | 涙
| 4 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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29 | 涙
| 4 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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29 | 涙
| 4 |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN | 書込み件数 |
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30 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤) | 書込み件数 |
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30 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
All Time Best Album THE FIGHTING MAN(デラックス盤) | 書込み件数 |
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30 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
RAINBOW | 書込み件数 |
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1 | 3210
| 0 |
2 | RAINBOW
| 0 |
3 | ズレてる方がいい
| 0 |
4 | 愛すべき今日
| 1 |
5 | 昨日よ
| 0 |
6 | TEKUMAKUMAYAKON
| 1 |
7 | なからん
| 0 |
8 | シナリオどおり
| 0 |
9 | 永遠の旅人
| 0 |
10 | あなたへ
| 0 |
11 | Destiny
| 1 |
12 | Under the sky
| 0 |
13 | 雨の日も風の日も
| 0 |
14 | 歩いてゆく
| 0 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
---|
1 | ドビッシャー男
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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1 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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1 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
---|
2 | 悲しみの果て
| 16 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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2 | デーデ
| 8 |
| またしても稀代の名曲。R&Rをやるものが一度は通過する、「金(かね)」をテーマにした1曲を、エレカシはファーストで軽々とこなしてしまった。ロックの伝統どおり、「金が一番」ということを歌うことによって、逆説している。「金が友達さ」「友達なんかいらないさ 金があればいい」と歌うザラツキが、そうではないだろうという反問を残す。「野音 秋」に収録されたテイクのMCにある、「貧乏人に捧げるバラードだ」という宮本の言葉が、製作意図を明らかにしている。「ファイティングマン」と同様に、バンドの代表曲にして、ライブの定番。曲中盤の駄洒落に近い遊びと、曲サビの金を称える内容が混然一体として、不思議な感覚を覚えさせる。最近は「人生金だけじゃねえよな、エブリバディ」というMCも飛び出すことも多いが、そういう本音は前に出さない方が、逆説として歌詞が活きてくるように思う。たとえば2005年野音の「友達は裏切る 金はうらぎらねえ」というMCが、個人的には歌詞に見合っているように感じる。 更新日:2005/09/19 (月) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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2 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
---|
3 | かけだす男
| 10 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
---|
3 | 星の砂
| 6 |
| またしても稀代の名曲である。ファーストアルバムは、冒頭の「ファイティングマン」からこの「星の砂」まで、立て続けに名曲のパンチを食らう。「デーデ」の後奏から切れ目なしにつながる、出だしのギターリフが心をわしづかみにする。歌詞の内容は、これが新人の第1作か?と思うほどにエッジの立った挑発に溢れている。ここでもまた、宮本の作家性である逆説が活きている。「日本の神を中心にして立派な国を築きたい」。「ハレンチなものは全て隠そう そして民衆は耐えよう」。大時代的な歌詞の中は皮肉たっぷりで、その額面どおりに歌詞を取れば国粋主義者にも取られそうだが、それを「山に登り修行するのさ」のようなわかりやすいシニシズムで引っくり返す。宮本は基本的にはこの国の情緒や文化が好きで、なおかつ自民党に代表される保守的な政策意識も強いが、ただの保守ではなくて、いつも現状に不満のある革新的保守主義者の傾向が強い。つまり革命家の相がある。社会主義や共産主義のようなシステマティックな革命志向ではなく、血の通った為政者の人柄に期待するような、人間中心の改革を志向する革命家の眼差しである。この「星の砂」に代表される宮本の問題意識とシニシズムの融合は、エレカシの曲相の核となって、以降の名曲を形づくってゆくことになる。代表的な一例は「ガストロンジャー」である。楽曲としては、「デーデ」と対になって輝きを倍加する、ライブ向けの代表曲。ただ、歌詞が喚起する或る時代傾向は、ただ縦ノリをするには空恐ろしい感覚を残す。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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3 | 桜の花、舞い上がる道を
| 7 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
---|
4 | 孤独な旅人
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
---|
4 | 浮き草
| 1 |
| ファーストの中盤、凝縮された緊張感が緩和される1曲。昼間の憂鬱、とでも言うべきような、日常への不満が初期エレカシの代表的歌詞世界だが、それを象徴するような内容である。何も起らない、「いつもと同じ」、それでもそこそこ生活している、それが不満。不満がないのが、不満。普通ならばそれが怒りに転化してゆくところを(実際宮本も「曙光」などでは怒り爆発である)、ぐっと抑えて、含み笑いで「みんなと同じ楽しい人生」とくるところにしびれる。現在言うところの「ニート」のような浮遊感がよく出ている。宮本は預言者であったか! 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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4 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
---|
5 | おまえと突っ走る
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
---|
5 | てって
| 3 |
| 時折見せる、本音直球勝負の1曲。力むな、肩の力を抜いて、まあ死ぬまで人間嫌でも生きて行くんだから、というような宮本浩次の照れ隠しのない主張が、こころに沁みる。宮本はシニシズムと優しさの詩人だと、私は思う。好き嫌いや善悪の価値観はかなりはっきりしているが、生きとし生けるものに対して、無下に「お前なんか無用の長物だ」と烙印しない、やさしい眼差しが彼にはある。だから、「目にさわる奴らはとりあえず埋めよう」と歌っても、「お前に聞かせる歌などなくなった」と歌っても、「生命 死刑宣告」と歌っても、そこに破壊者の暴力を感じないのだ。「楽して楽してするりとくぐり抜けよう」、この言葉には本当に和んでしまう私である。シニシズムがふだん強烈なだけに、時折の本音はすごく新鮮でやさしく思える。私はこちらが宮本浩次という人物の底だと感じている。(シニシズムは彼の作家性と音楽家、演奏家としての演技が含まれている。見世物を意識しての含羞である) 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
---|
5 | 絆
| 5 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
---|
6 | 四月の風
| 7 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
---|
6 | 習わぬ経を読む男
| 4 |
| ミュージシャンの作家性はファーストアルバムに凝縮されていると、巷間にその説をよく聞くが、ことエレファントカシマシに関してはそれが当たっている。「習わぬ経を読む男」は、のちに「男」シリーズと呼ばれるようになる「○○男」タイトルの1曲であり、とことん自分をおとしめる自虐性を売りにした内容になっている。宮本の作家性は「世間様」に向かって刃をむけるだけではなく、きちんと自分自身の現状や内面にまではね返ってくるところが、只者ではない。自虐ソングとしても、「男」シリーズの1曲としても、やや不出来な作品ではあるが、エレカシが以降にたどる自虐路線の序章としては充分にふくむところがある。その意味で、ファーストアルバムとしての凝縮の一端、のちの作品傾向が内包されている。曲調はやや未消化な感じが強く、ややでこぼこが多い気がする。ファーストの中では、他の楽曲がすぐれているだけに、見劣りがしてしまう。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
---|
6 | ハナウタ~遠い昔からの物語~
| 5 |
| アルバム『昇れる太陽』の核となる歌はこれだと思って間違いない。これを曲順の真ん中に持ってきたのは、集中力のあつまる冒頭でもなく、何とはなしに勢いのある曲を集めやすいアルバム後半でもなく、飾りも衒(てら)いもなくど真ん中、アルバムの中盤に打ち込んだ印象を受ける。
この歌は普遍的な物語ソング。この歌には「絆」とは違って、仲間やファンへのメッセージのような多相性はない。むしろ直球で男と女の恋歌に挑んでいる。それが逆に新しい。しかも、神話的というか、草紙的と言おうか、メルヘンなのである。
曲の冒頭と曲の最終盤で同じフレーズ「遠い昔からの物語」と告げる。これは恋愛が延々とつづいていく、人の営み、くりかえされる物語の一編そしてその連作であることを暗示している。登場してくるイメージはお姫さまと王子さまの物語のようでもあり、長年連れ添った夫と妻の物語のようでもあり、新緑の街をはじめて手をつないで歩く学生のカップルのようでもある。そのイメージの広がりを支える歌詞がすばらしい。
【笑顔の未来へ】と同じように、創作の神が宮本に乗移ってつくらせたのではないか、とそう思わせるほど、今までのエレカシになかった新しい作風がある。2番が終わった後の大サビへのブリッジが泣かせる。抜けられない過去を引きずっていた主人公たちが、突如として物語の意味に気づくのである。
蔦谷好位置の名アレンジに賞賛を。 更新日:2009/04/30 (木) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
---|
7 | 愛の日々
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
---|
7 | BLUE DAYS
| 7 |
| 日常の憂鬱を高らかに謳う初期エレカシを代表する1曲。のちのEPIC時代のアルバム全体に通じて行くザラついた歌唱の伏線とも思える。歌詞はすこぶるストレートで、この楽曲の魅力となっているのはバンドサウンドと、それを活かす歌手宮本浩次のザラついた歌唱。テーマといい曲調といい、RCサクセションをすぐに連想させる。 更新日:2005/09/19 (月) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
---|
7 | 幸せよ、この指にとまれ
| 5 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
---|
8 | うれしけりゃとんでゆけよ
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
---|
8 | ゴクロウサン
| 3 |
| 政治的な暗部を笑い飛ばしながら、それを許している自分たちへの怒りに転化してゆく歌詞に注目。「ふだんの暮らしにゃ関係ないが 悪いヤツラは裏でニヤニヤ それを知ってて 手もつけられず yeah ゴクロウサン」。「デーデ」と同じように、逆説で鋭い毒針を放っている。ノリのよさでは「デーデ」に共通している。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
---|
8 | 今宵の月のように
| 11 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
---|
9 | 流されてゆこう
| 2 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
---|
9 | 夢の中で
| 2 |
| のちにポニー・キャニオンに移籍してから花開く<働く男>の歌の先駆け。エレカシの世界は自虐と引きこもりがクローズアップされがちだが、全体を見回すと、案外とワークソングが多いことに気づく。誰かのために働く、自分の夢のために働く。ライブのMCにもよく出るように、懸命に働くことのよさを宮本は称揚する。よい仕事のあとの一杯の茶を讃えた太宰治のそれにならって。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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9 | 悲しみの果て
| 16 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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10 | Baby自転車
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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10 | やさしさ
| 6 |
| 日常の尽きる事のない憂さ。それを乗り越えるための愛。ブルースがラブソングになりうるという、稀有な共存関係を描き出している。歌唱もとても切なく、ラストソング「花男」のザラザラを緩和する、ロマンティックな様相を描いている。エレカシのロマン世界の本領が開花した傑作である。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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10 | 四月の風
| 7 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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11 | OH YEAH!(ココロに花を)
| 6 |
| これもまたキャニオン時代の作風を典型的にあらわした代表曲。タイトルにもあるように、『ココロに花を』というアルバムの核にあるものを表現するためにつくられただろう楽曲。【悲しみの果て】の世界観を引き継ぎ、さらにそれにキャニオン時代に見つけたメッセージ、「戦うため 生きていこう」「未来に勝利を託し生きていこう」「愛するため 生きていこう」などが足されて組み立っている。イントロのひとり多重録音のコーラスが完成型にいたっていて、とても美しい。前半の沈鬱な印象から、サビの<すこん>とした明るいイメージへの転換が面白い。ギターの泣きフレーズは、石君の見せ場で、キャニオン時代のエレカシの象徴的な作風になる。この感じは次作『明日に向かって走れ』の【風に吹かれて】や【遠い浜辺】でさらに昇華される。 更新日:2009/11/01 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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11 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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11 | 風に吹かれて
| 12 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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12 | 夢を見ようぜ
| 2 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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12 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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12 | 普通の日々
| 2 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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13 | 悲しみの果て
| 16 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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13 | 習わぬ経を読む男
| 4 |
| ミュージシャンの作家性はファーストアルバムに凝縮されていると、巷間にその説をよく聞くが、ことエレファントカシマシに関してはそれが当たっている。「習わぬ経を読む男」は、のちに「男」シリーズと呼ばれるようになる「○○男」タイトルの1曲であり、とことん自分をおとしめる自虐性を売りにした内容になっている。宮本の作家性は「世間様」に向かって刃をむけるだけではなく、きちんと自分自身の現状や内面にまではね返ってくるところが、只者ではない。自虐ソングとしても、「男」シリーズの1曲としても、やや不出来な作品ではあるが、エレカシが以降にたどる自虐路線の序章としては充分にふくむところがある。その意味で、ファーストアルバムとしての凝縮の一端、のちの作品傾向が内包されている。曲調はやや未消化な感じが強く、ややでこぼこが多い気がする。ファーストの中では、他の楽曲がすぐれているだけに、見劣りがしてしまう。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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13 | 赤き空よ!
| 2 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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14 | かけだす男
| 10 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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14 | BLUE DAYS
| 7 |
| 日常の憂鬱を高らかに謳う初期エレカシを代表する1曲。のちのEPIC時代のアルバム全体に通じて行くザラついた歌唱の伏線とも思える。歌詞はすこぶるストレートで、この楽曲の魅力となっているのはバンドサウンドと、それを活かす歌手宮本浩次のザラついた歌唱。テーマといい曲調といい、RCサクセションをすぐに連想させる。 更新日:2005/09/19 (月) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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14 | 明日への記憶
| 1 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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15 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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15 | 孤独な旅人
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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15 | 翳りゆく部屋
| 3 |
| エレカシ史上初のカバーソングである。宮本浩次もバンドのメンバーも、アルバム制作当初にはこの楽曲をカバーソングとしてCDに刻むとは、思いもしなかっただろう。…というのは、プロモーションのインタビューや対談で、2007年野音でカバーしたときに予想以上の反響があって録音をしてみた、と言っているからだ。宮本のなかでは収録ありきではなく、アルバム制作をもりあげるための研鑽の楽曲としてこの歌を録音して見たような気がする。つまり意識としてはOUT TRACKになるだろう録音(そのうちにベストや編集盤におさまるかもしれないもの)、と考えていたような節がある。 ただ、あまりにもこのカバーはすばらしい。外すには惜しい出来映えである。だから、今回このアルバムに収められて、多くの人の耳に触れる機会をつくったことに喝采したい。 荒井由実の楽曲のがっちりした世界、それを壊すことなく、しかし女歌から男歌に転じている印象を強く受けた。人生におけるある<耀き>を失った女性の心象風景。どうあがいても帰らない<過去>。それを宮本の太い声で表現すると、たんに恋愛のそれではなく、失われたものへのノスタルジーと、すべてのものは経年に老いて色を失うという「寂滅」の諦観がある。 それを思えば、「昔の侍」を近しく置く。また、失われた恋愛への回顧、青春への郷愁ということでは、「さらば青春」がほど近い。 はじめてのカバーであり、バンドのもつ色合いとはやや異なるライターの作品だが、言葉や世界観を静かに感じれば、違和感なく受け入れられる。このカバーの成功を思うと、いつかカバーアルバムという力業にも挑戦して欲しくなるのが、人情ではないか。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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16 | おはよう こんにちは
| 5 |
| 日常の憂鬱ソング。やるせなさを「不来方のお城の草に寝転びて空に吸われし十五のこころ」と歌った石川啄木の詩情と通じるところがある。宮本が歩いて空を見上げたのは、はたして荒川土手であろうか?とても渋い1曲。勢いでは捉えきれない、コクと深み。 更新日:2005/09/19 (月) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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16 | 四月の風
| 7 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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16 | サムライ
| 0 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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17 | 浮き草
| 1 |
| ファーストの中盤、凝縮された緊張感が緩和される1曲。昼間の憂鬱、とでも言うべきような、日常への不満が初期エレカシの代表的歌詞世界だが、それを象徴するような内容である。何も起らない、「いつもと同じ」、それでもそこそこ生活している、それが不満。不満がないのが、不満。普通ならばそれが怒りに転化してゆくところを(実際宮本も「曙光」などでは怒り爆発である)、ぐっと抑えて、含み笑いで「みんなと同じ楽しい人生」とくるところにしびれる。現在言うところの「ニート」のような浮遊感がよく出ている。宮本は預言者であったか! 更新日:2005/07/31 (日) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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17 | 愛の日々
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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17 | 我が祈り
| 0 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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18 | デーデ
| 8 |
| またしても稀代の名曲。R&Rをやるものが一度は通過する、「金(かね)」をテーマにした1曲を、エレカシはファーストで軽々とこなしてしまった。ロックの伝統どおり、「金が一番」ということを歌うことによって、逆説している。「金が友達さ」「友達なんかいらないさ 金があればいい」と歌うザラツキが、そうではないだろうという反問を残す。「野音 秋」に収録されたテイクのMCにある、「貧乏人に捧げるバラードだ」という宮本の言葉が、製作意図を明らかにしている。「ファイティングマン」と同様に、バンドの代表曲にして、ライブの定番。曲中盤の駄洒落に近い遊びと、曲サビの金を称える内容が混然一体として、不思議な感覚を覚えさせる。最近は「人生金だけじゃねえよな、エブリバディ」というMCも飛び出すことも多いが、そういう本音は前に出さない方が、逆説として歌詞が活きてくるように思う。たとえば2005年野音の「友達は裏切る 金はうらぎらねえ」というMCが、個人的には歌詞に見合っているように感じる。 更新日:2005/09/19 (月) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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18 | うれしけりゃとんでゆけよ
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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18 | Darling
| 0 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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19 | 星の砂
| 6 |
| またしても稀代の名曲である。ファーストアルバムは、冒頭の「ファイティングマン」からこの「星の砂」まで、立て続けに名曲のパンチを食らう。「デーデ」の後奏から切れ目なしにつながる、出だしのギターリフが心をわしづかみにする。歌詞の内容は、これが新人の第1作か?と思うほどにエッジの立った挑発に溢れている。ここでもまた、宮本の作家性である逆説が活きている。「日本の神を中心にして立派な国を築きたい」。「ハレンチなものは全て隠そう そして民衆は耐えよう」。大時代的な歌詞の中は皮肉たっぷりで、その額面どおりに歌詞を取れば国粋主義者にも取られそうだが、それを「山に登り修行するのさ」のようなわかりやすいシニシズムで引っくり返す。宮本は基本的にはこの国の情緒や文化が好きで、なおかつ自民党に代表される保守的な政策意識も強いが、ただの保守ではなくて、いつも現状に不満のある革新的保守主義者の傾向が強い。つまり革命家の相がある。社会主義や共産主義のようなシステマティックな革命志向ではなく、血の通った為政者の人柄に期待するような、人間中心の改革を志向する革命家の眼差しである。この「星の砂」に代表される宮本の問題意識とシニシズムの融合は、エレカシの曲相の核となって、以降の名曲を形づくってゆくことになる。代表的な一例は「ガストロンジャー」である。楽曲としては、「デーデ」と対になって輝きを倍加する、ライブ向けの代表曲。ただ、歌詞が喚起する或る時代傾向は、ただ縦ノリをするには空恐ろしい感覚を残す。 更新日:2005/07/31 (日) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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19 | 流されてゆこう
| 2 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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19 | 大地のシンフォニー
| 0 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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20 | 夢の中で
| 2 |
| のちにポニー・キャニオンに移籍してから花開く<働く男>の歌の先駆け。エレカシの世界は自虐と引きこもりがクローズアップされがちだが、全体を見回すと、案外とワークソングが多いことに気づく。誰かのために働く、自分の夢のために働く。ライブのMCにもよく出るように、懸命に働くことのよさを宮本は称揚する。よい仕事のあとの一杯の茶を讃えた太宰治のそれにならって。 更新日:2005/07/31 (日) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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20 | Baby自転車
| 3 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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20 | 東京からまんまで宇宙
| 0 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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21 | ゴクロウサン
| 3 |
| 政治的な暗部を笑い飛ばしながら、それを許している自分たちへの怒りに転化してゆく歌詞に注目。「ふだんの暮らしにゃ関係ないが 悪いヤツラは裏でニヤニヤ それを知ってて 手もつけられず yeah ゴクロウサン」。「デーデ」と同じように、逆説で鋭い毒針を放っている。ノリのよさでは「デーデ」に共通している。 更新日:2005/07/31 (日) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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21 | OH YEAH!(ココロに花を)
| 6 |
| これもまたキャニオン時代の作風を典型的にあらわした代表曲。タイトルにもあるように、『ココロに花を』というアルバムの核にあるものを表現するためにつくられただろう楽曲。【悲しみの果て】の世界観を引き継ぎ、さらにそれにキャニオン時代に見つけたメッセージ、「戦うため 生きていこう」「未来に勝利を託し生きていこう」「愛するため 生きていこう」などが足されて組み立っている。イントロのひとり多重録音のコーラスが完成型にいたっていて、とても美しい。前半の沈鬱な印象から、サビの<すこん>とした明るいイメージへの転換が面白い。ギターの泣きフレーズは、石君の見せ場で、キャニオン時代のエレカシの象徴的な作風になる。この感じは次作『明日に向かって走れ』の【風に吹かれて】や【遠い浜辺】でさらに昇華される。 更新日:2009/11/01 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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21 | 約束
| 1 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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22 | ふわふわ
| 10 |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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22 | さよならばかり
| 1 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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22 | ココロをノックしてくれ
| 1 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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23 | 習わぬ経を読む男
| 4 |
| ミュージシャンの作家性はファーストアルバムに凝縮されていると、巷間にその説をよく聞くが、ことエレファントカシマシに関してはそれが当たっている。「習わぬ経を読む男」は、のちに「男」シリーズと呼ばれるようになる「○○男」タイトルの1曲であり、とことん自分をおとしめる自虐性を売りにした内容になっている。宮本の作家性は「世間様」に向かって刃をむけるだけではなく、きちんと自分自身の現状や内面にまではね返ってくるところが、只者ではない。自虐ソングとしても、「男」シリーズの1曲としても、やや不出来な作品ではあるが、エレカシが以降にたどる自虐路線の序章としては充分にふくむところがある。その意味で、ファーストアルバムとしての凝縮の一端、のちの作品傾向が内包されている。曲調はやや未消化な感じが強く、ややでこぼこが多い気がする。ファーストの中では、他の楽曲がすぐれているだけに、見劣りがしてしまう。 更新日:2005/07/31 (日) |
ココロに花を deluxe edition | 書込み件数 |
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23 | BABY BABY
| 0 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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23 | 穴があったら入いりたい
| 1 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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24 | ああ流浪の民よ
| 3 |
| いじけた民族のブルース。島国根性。でも、それを愛してやまない男の屈折した思い。「生命賛歌」や「歴史」に通じる、逃れられない民族性を歌い上げている。背中に立ってるのは、民族と文化という積み上げられたもの。そこから逃げるなと宮本は言っている。私の敬愛する評論家・竹内好が書いた「血塗られたナショナリズムから逃げるな」という言葉に通じる心意気を感じる。どんなに落ちぶれて惨めな姿になっても、そこは自分の生まれたところ。この思いは漫画家・松本零士が「キャプテン・ハーロック」に託す生き様にも似ている。 更新日:2005/09/19 (月) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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24 | 七色の虹の橋
| 1 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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25 | ポリスター
| 4 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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25 | ワインディングロード
| 2 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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26 | やさしさ
| 6 |
| 日常の尽きる事のない憂さ。それを乗り越えるための愛。ブルースがラブソングになりうるという、稀有な共存関係を描き出している。歌唱もとても切なく、ラストソング「花男」のザラザラを緩和する、ロマンティックな様相を描いている。エレカシのロマン世界の本領が開花した傑作である。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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26 | 世界伝統のマスター馬鹿
| 1 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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27 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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27 | 飛べない俺
| 0 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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28 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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28 | 脱コミュニケーション
| 1 |
THE ELEPHANT KASHIMASHI deluxe edition | 書込み件数 |
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29 | 待つ男
| 8 |
| 「男」シリーズの傑作のひとつ。自虐、屈折、破壊性、シニシズムの暴発力。…にして、富士に太陽、浮世絵の光景である。聞くもののこころをザラザラ、ザクザクにしてやまない、喚起の歌。そして歓喜の歌。「誰も俺には近寄るな」という孤高、「何をあわてて無様にこける」自分への客観。宮本スキャットらたとぅ、らたとぅ、たぁあ、らたとぅ、らたとぅたあ、に痺れる。 それにしても曲なかばの「長い」はどういう意味があるのだろうか? 更新日:2005/09/19 (月) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT | 書込み件数 |
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29 | 化ケモノ青年
| 14 |
| 「化ケモノ青年」はただただ勢いである。本人も言っているように、曲のイメージにしたがって書かれたこの曲の歌詞は、内容の一貫性よりも、酒を飲んで月を見て人生を思い、ときに理不尽な要求をふりまわすこの国の男、その男たちが青年期に誰でも輝いていたことを歌っている。宮本が思い描いているのは、滝沢馬琴や葛飾北斎、森鴎外や夏目漱石、などの文人たちの青年期であるわけだが、狂言回しとして曲の前半で行われる会話調で描かれる光景を手がかりに、その青年期の葛藤を美しきものとして歌っている。もちろん家父長制度を称揚しているわけではない。酒をのんでくだを巻く父が、その刹那に思い浮かべているかつての力に満ちた青春時代を、ムネに留めよとそういっているに過ぎない。 更新日:2005/10/29 (土) |
30 | ゲンカクGet Up Baby
| 3 |
| 俺の部屋ソング。初期エレカシらしく、サビの「ゲンカクGet Up Baby」にRCの歌いかたのコピーが残っている気がする。曲調はオールド・ロックンロールのそれ。しかし、なぜ歌詞の主人公はゲンカクを見ているのだろうか?おそらくニート的(文学好きの宮本ならきっと「無用者」というだろうか)な存在の若者が、世間に抱く不満が見せる景色のことだろうか。Sex&Drug&Rock’nRollのそれではないようだ。 更新日:2005/09/19 (月) |
31 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
32 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
[the fighting men's chronicle] THE ELEPHANT KASHIMASHI official live bootleg box | 書込み件数 |
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1 | 夢を見ようぜ
| 2 |
2 | ライブにせかされて
| 0 |
3 | 悲しみの果て
| 16 |
4 | Baby自転車
| 3 |
5 | 孤独な旅人
| 3 |
6 | BABY BABY
| 0 |
7 | さよならばかり
| 1 |
8 | 始まりはいつも
| 3 |
9 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
10 | かけだす男
| 10 |
11 | 真冬のロマンチック
| 4 |
12 | 俺の道
| 12 |
13 | 俺の道
| 12 |
14 | 俺の道
| 12 |
15 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
16 | 男は行く
| 7 |
| エピック時代のエレカシの極北アルバムが『生活』である。男うたの歌い手であり、なおかつ一筆入魂の詩人である宮本浩次の目指した文学世界が、『生活』の中にある。その『生活』の幕を上げるのが「男は行く」である。「世間の風は重たいが 俺はやっぱり戦うよ」と歌われるこのうたは、ファーストの「ファイティングマン」と繋がっている。そして、「浮世の風」「世間の重たさ」において「珍奇男」を通過して、 「戦う男」「パワー・イン・ザ・ワールド」までつづいてゆく。克己する思い、不屈の男。ビルを山の姿とダブらせることによって、失った武蔵野の光景のなかに荒野を感じる。その心意気である。ひとり荒野を行く男の戦闘宣言。 更新日:2007/06/09 (土) |
17 | 夢を見ようぜ
| 2 |
18 | 孤独な旅人
| 3 |
19 | 悲しみの果て
| 16 |
20 | やさしさ
| 6 |
| 日常の尽きる事のない憂さ。それを乗り越えるための愛。ブルースがラブソングになりうるという、稀有な共存関係を描き出している。歌唱もとても切なく、ラストソング「花男」のザラザラを緩和する、ロマンティックな様相を描いている。エレカシのロマン世界の本領が開花した傑作である。 更新日:2005/07/31 (日) |
21 | 珍奇男
| 12 |
| 一つ前の「GT」が苦手な曲だけに、いっそう珍奇男は輝いて見える。男シリーズの屈指の傑作、エレカシの代表曲にしてライブ定番ナンバー。滑稽にして自虐、自虐にしてシニカル、シニカルにして怒涛の暴発。「デーデ」から出発して、かなりの高見にたどり着いた瞬間を見る。この歌がなければ、おそらく今のエレカシはなかったと思われる。宮本は自分をモデルにして道化を演じているが、それは多分に誇張されていて、しかしそれはある意味自らの内面のマイナス的な吐露である。ゆえに、R&Rの王道としての威風を持つ。机にまでもその存在を問うてみせる道化ぶりは、「無用」ものを簡単に烙印する世間への反歌である。常識を知り、義理人情のなかに生き、しかしそれを必ずしも肯んじえない自分の珍奇を笑い、また心の底から愛おしむ姿。「花男」は戒めであった。「待つ男」は居直りであった。そして「珍奇男」はファルスである。道化の哀愁。まさに太宰治、坂口安吾の登場人物たちを見る思いである。 更新日:2005/12/11 (日) |
22 | 星の降るような夜に
| 5 |
23 | 男餓鬼道空っ風
| 4 |
24 | Baby自転車
| 3 |
25 | 涙
| 4 |
26 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
27 | 奴隷天国
| 12 |
| 『生活』、『5』がスローな聴かせるアルバムであったのとは真逆に、アルバム『奴隷天国』はまさにエレカシの攻撃性爆発のパンキッシュな曲ばかりである。この【奴隷天国】もシニシズムな挑発に満ちたこころをザラザラにささくれにする曲である。
印象的なギター・リフ。ファーストのころの攻撃性に先祖がえりしたかのようである。この曲の見せ場は後半の挑発ぜりふにある。「何笑ってんだよ」「何うなずいてんだよ」聴くものさえもしかりとばし、舞台上に上げようとする演出が利いている。その本気は何度聞いても怖いくらいである。「いじけた流浪の民」たる日本人の心性を愛しつつも、その奴隷根性が憎くてたまらない。そんな思いが私の中にもある。革命志向の歌だ。このマイナスベクトルの歌詞をプラス方向に舵を切り直すと、【ガストロンジャー】あるいは【so many people】になる。
音楽として単純に格好いい。が、歌詞を聴くと、いつも居心地の悪さが残る。 更新日:2009/11/22 (日) |
28 | おはよう こんにちは
| 5 |
| 日常の憂鬱ソング。やるせなさを「不来方のお城の草に寝転びて空に吸われし十五のこころ」と歌った石川啄木の詩情と通じるところがある。宮本が歩いて空を見上げたのは、はたして荒川土手であろうか?とても渋い1曲。勢いでは捉えきれない、コクと深み。 更新日:2005/09/19 (月) |
29 | GT
| 2 |
| この曲はエレカシ大好きな私にしても、かなり苦手な一曲である。まず、歌詞がケレンなくストレートであり、ある状況をただただ歌っている、レポート的な歌だからである。その意味では、アルバム『風』の「夜と朝のあいだに」に似ている気がする。しかし、向うは全然苦手ではないのだが、こちらはどうも感じるところが少ないのだ。味わい方が未熟なのだろうか。誰か、この曲に思い入れがあるファンの人に魅力を御教示ねがいたい。歌の状況的には、おそらメンバーの3人と4人で遠乗りに出かけて行く、その勇ましい気分と楽しさを歌っているのだろうと推察する。でも、いつものエレカシの魅力がこの歌にはない。おそらく、友情の楽しさを歌う気持ちは、「星の降るような夜に」につながって行く大切なきっかけなのだとは思う。でも、ダメだ。苦手だ。いつかライブで聞いて、この苦手が克服されることを祈っている。 更新日:2005/12/11 (日) |
30 | ゲンカクGet Up Baby
| 3 |
| 俺の部屋ソング。初期エレカシらしく、サビの「ゲンカクGet Up Baby」にRCの歌いかたのコピーが残っている気がする。曲調はオールド・ロックンロールのそれ。しかし、なぜ歌詞の主人公はゲンカクを見ているのだろうか?おそらくニート的(文学好きの宮本ならきっと「無用者」というだろうか)な存在の若者が、世間に抱く不満が見せる景色のことだろうか。Sex&Drug&Rock’nRollのそれではないようだ。 更新日:2005/09/19 (月) |
31 | 極楽大将生活賛歌
| 4 |
32 | 優しい川
| 7 |
| 社会の片隅を川のほとりに見る、優しき青年、宮本浩次。優しいのは川であるのか、それとも川の光に照らされた片隅の人を見る彼の眼差しであるのか。ことさらに声高に叫ばないことでより強調されるメッセージ。ミヤジの口笛デビュー作でもある。 更新日:2005/09/19 (月) |
33 | デーデ
| 8 |
| またしても稀代の名曲。R&Rをやるものが一度は通過する、「金(かね)」をテーマにした1曲を、エレカシはファーストで軽々とこなしてしまった。ロックの伝統どおり、「金が一番」ということを歌うことによって、逆説している。「金が友達さ」「友達なんかいらないさ 金があればいい」と歌うザラツキが、そうではないだろうという反問を残す。「野音 秋」に収録されたテイクのMCにある、「貧乏人に捧げるバラードだ」という宮本の言葉が、製作意図を明らかにしている。「ファイティングマン」と同様に、バンドの代表曲にして、ライブの定番。曲中盤の駄洒落に近い遊びと、曲サビの金を称える内容が混然一体として、不思議な感覚を覚えさせる。最近は「人生金だけじゃねえよな、エブリバディ」というMCも飛び出すことも多いが、そういう本音は前に出さない方が、逆説として歌詞が活きてくるように思う。たとえば2005年野音の「友達は裏切る 金はうらぎらねえ」というMCが、個人的には歌詞に見合っているように感じる。 更新日:2005/09/19 (月) |
34 | 星の砂
| 6 |
| またしても稀代の名曲である。ファーストアルバムは、冒頭の「ファイティングマン」からこの「星の砂」まで、立て続けに名曲のパンチを食らう。「デーデ」の後奏から切れ目なしにつながる、出だしのギターリフが心をわしづかみにする。歌詞の内容は、これが新人の第1作か?と思うほどにエッジの立った挑発に溢れている。ここでもまた、宮本の作家性である逆説が活きている。「日本の神を中心にして立派な国を築きたい」。「ハレンチなものは全て隠そう そして民衆は耐えよう」。大時代的な歌詞の中は皮肉たっぷりで、その額面どおりに歌詞を取れば国粋主義者にも取られそうだが、それを「山に登り修行するのさ」のようなわかりやすいシニシズムで引っくり返す。宮本は基本的にはこの国の情緒や文化が好きで、なおかつ自民党に代表される保守的な政策意識も強いが、ただの保守ではなくて、いつも現状に不満のある革新的保守主義者の傾向が強い。つまり革命家の相がある。社会主義や共産主義のようなシステマティックな革命志向ではなく、血の通った為政者の人柄に期待するような、人間中心の改革を志向する革命家の眼差しである。この「星の砂」に代表される宮本の問題意識とシニシズムの融合は、エレカシの曲相の核となって、以降の名曲を形づくってゆくことになる。代表的な一例は「ガストロンジャー」である。楽曲としては、「デーデ」と対になって輝きを倍加する、ライブ向けの代表曲。ただ、歌詞が喚起する或る時代傾向は、ただ縦ノリをするには空恐ろしい感覚を残す。 更新日:2005/07/31 (日) |
35 | 太陽ギラギラ
| 6 |
| ワークソングである。しかもぶらつく男から見たオフィス街の様子。思うに霞ヶ関、日比谷あたりのビルの谷間が連想される。曲調は変拍子、Dave Brubeckのテイク・ファイブそのままである。ジャズ・ファンにはお馴染みのあの変拍子をブルースに仕立てるとは。リズムの心地よさとオフィス街にあるいち風景のギャップ。エレカシは夕方と夜景の歌い手であるので、太陽が登場するとたいてい憂鬱に結びつく。のちに「曙光」や「太陽の季節」につながってゆく、太陽の無慈悲を云う内容である。 更新日:2005/09/19 (月) |
36 | 待つ男
| 8 |
| 「男」シリーズの傑作のひとつ。自虐、屈折、破壊性、シニシズムの暴発力。…にして、富士に太陽、浮世絵の光景である。聞くもののこころをザラザラ、ザクザクにしてやまない、喚起の歌。そして歓喜の歌。「誰も俺には近寄るな」という孤高、「何をあわてて無様にこける」自分への客観。宮本スキャットらたとぅ、らたとぅ、たぁあ、らたとぅ、らたとぅたあ、に痺れる。 それにしても曲なかばの「長い」はどういう意味があるのだろうか? 更新日:2005/09/19 (月) |
37 | やさしさ
| 6 |
| 日常の尽きる事のない憂さ。それを乗り越えるための愛。ブルースがラブソングになりうるという、稀有な共存関係を描き出している。歌唱もとても切なく、ラストソング「花男」のザラザラを緩和する、ロマンティックな様相を描いている。エレカシのロマン世界の本領が開花した傑作である。 更新日:2005/07/31 (日) |
38 | 優しい川
| 7 |
| 社会の片隅を川のほとりに見る、優しき青年、宮本浩次。優しいのは川であるのか、それとも川の光に照らされた片隅の人を見る彼の眼差しであるのか。ことさらに声高に叫ばないことでより強調されるメッセージ。ミヤジの口笛デビュー作でもある。 更新日:2005/09/19 (月) |
39 | 金でもないかと
| 3 |
| 「デーデ」をもう少し具体的な歌詞に書き換えて、ブルース仕立てにしたらこうなったのではないか。「あの頃」と青春を振り返るところからして、すでに若き隠者の相があった宮本の達観。金、金と金銭主義の亡者の風をよそおうことが、実ではそうではない自分の逆説的主張。そこらを金でも探しにぶらついて来るよ、そんな軽い皮肉である。 更新日:2005/09/19 (月) |
40 | 浮き草
| 1 |
| ファーストの中盤、凝縮された緊張感が緩和される1曲。昼間の憂鬱、とでも言うべきような、日常への不満が初期エレカシの代表的歌詞世界だが、それを象徴するような内容である。何も起らない、「いつもと同じ」、それでもそこそこ生活している、それが不満。不満がないのが、不満。普通ならばそれが怒りに転化してゆくところを(実際宮本も「曙光」などでは怒り爆発である)、ぐっと抑えて、含み笑いで「みんなと同じ楽しい人生」とくるところにしびれる。現在言うところの「ニート」のような浮遊感がよく出ている。宮本は預言者であったか! 更新日:2005/07/31 (日) |
41 | 珍奇男
| 12 |
| 一つ前の「GT」が苦手な曲だけに、いっそう珍奇男は輝いて見える。男シリーズの屈指の傑作、エレカシの代表曲にしてライブ定番ナンバー。滑稽にして自虐、自虐にしてシニカル、シニカルにして怒涛の暴発。「デーデ」から出発して、かなりの高見にたどり着いた瞬間を見る。この歌がなければ、おそらく今のエレカシはなかったと思われる。宮本は自分をモデルにして道化を演じているが、それは多分に誇張されていて、しかしそれはある意味自らの内面のマイナス的な吐露である。ゆえに、R&Rの王道としての威風を持つ。机にまでもその存在を問うてみせる道化ぶりは、「無用」ものを簡単に烙印する世間への反歌である。常識を知り、義理人情のなかに生き、しかしそれを必ずしも肯んじえない自分の珍奇を笑い、また心の底から愛おしむ姿。「花男」は戒めであった。「待つ男」は居直りであった。そして「珍奇男」はファルスである。道化の哀愁。まさに太宰治、坂口安吾の登場人物たちを見る思いである。 更新日:2005/12/11 (日) |
42 | 通りを越え行く
| 4 |
| かざりがまるでない言葉の並び。そして、誰にでも目に浮かぶ夕景。文語体をのぞけば、童謡かと思うほどあたりまえの日常が、弾き語りのなかに歌われている。アルバム『5』の影の主役はこの歌ではないかと思う。宮本浩次の歌い手としての力量ここに極まれり。ほかの誰もこの歌のこの景色の叙情をうたうことなどできない。 更新日:2009/02/24 (火) |
43 | 曙光
| 7 |
| アルバム『5』に屹立する大作。7分16秒を費やすに足る、大きなこころざしとその熱い思い。「あああぁぁぁ」宮本の大きな叫びは、自らの克己とともに聴くもののこころを揺り起こす。朝焼けに立つ男が抱く感懐。タイトルのより所であるだろう、ニーチェの著作のイメージを引用するような、広大な宇宙を感じさせる曲。夕方と夜歌の歌い手である宮本が、あえて朝を主題にした初めての歌。けだるいギターと単調なメロディのなかに、血潮燃え立たせる若き男の再起の姿が浮かぶ。「ふられた男」にもあるように、3年つきあった彼女との決別に迷っていた宮本が、朝の旭日にふたたび己れを奮い立たせる気概。「あああぁぁぁ」、憂鬱へのため息とも聞こえ、あるいは奮い立つ思いの雄叫びとも聞こえる。この壮大な曲の広がりは、「東京の空」や「地元の朝」へとつながってゆく。 更新日:2007/12/22 (土) |
44 | 男は行く
| 7 |
| エピック時代のエレカシの極北アルバムが『生活』である。男うたの歌い手であり、なおかつ一筆入魂の詩人である宮本浩次の目指した文学世界が、『生活』の中にある。その『生活』の幕を上げるのが「男は行く」である。「世間の風は重たいが 俺はやっぱり戦うよ」と歌われるこのうたは、ファーストの「ファイティングマン」と繋がっている。そして、「浮世の風」「世間の重たさ」において「珍奇男」を通過して、 「戦う男」「パワー・イン・ザ・ワールド」までつづいてゆく。克己する思い、不屈の男。ビルを山の姿とダブらせることによって、失った武蔵野の光景のなかに荒野を感じる。その心意気である。ひとり荒野を行く男の戦闘宣言。 更新日:2007/06/09 (土) |
45 | 夢のちまた
| 7 |
| エレカシの唯一無二の世界そのものであるのが、3rdアルバム「浮世の夢」である。このアルバムほど全体の一体感を感じられるものは他にない。全体をひとつにするのは、日本情緒と、それを歌い上げる宮本浩次の節回しである。宮本の歌唱が特別なのは、その歌のそこに長唄小唄、浪曲のような、語り節がどこかにあることである。しかし、これがバブル真っ只中に書かれた浮世の狂乱を冷めた目で睨んだ歌だと知ると、その達観の凄まじさを思う。その孤高こそ、まさしくエレファントカシマシという存在。 更新日:2005/12/11 (日) |
46 | 夢のちまた
| 7 |
| エレカシの唯一無二の世界そのものであるのが、3rdアルバム「浮世の夢」である。このアルバムほど全体の一体感を感じられるものは他にない。全体をひとつにするのは、日本情緒と、それを歌い上げる宮本浩次の節回しである。宮本の歌唱が特別なのは、その歌のそこに長唄小唄、浪曲のような、語り節がどこかにあることである。しかし、これがバブル真っ只中に書かれた浮世の狂乱を冷めた目で睨んだ歌だと知ると、その達観の凄まじさを思う。その孤高こそ、まさしくエレファントカシマシという存在。 更新日:2005/12/11 (日) |
47 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
48 | 四月の風
| 7 |
49 | 偶成
| 5 |
| たまたま生まれること。そう、類い希なる偶然のうちに生まれるのがひと、そして人生。胸のうちに理想があり、しかしその高潔さにはなかなか近づけぬ現実。そしてそれをひとり慰みのなかに浮かべている男。人に会い、仕事に悩み、町に出かけ、そんな日常の生活のくりかえしのなかですり減ってゆく「思い」。まるで人生は生活に食い尽くされていくようである。そして腰掛け、嘆息のうちに見つけた夕陽。わが人生の充実を探しあぐねて、さまよった末に見つけたドブの夕陽の美しさ。ドブの夕陽のなかにも人生の真実がある。なんという美しい歌だろう。アルバム『生活』のハイライトである。 更新日:2007/06/09 (土) |
50 | 奴隷天国
| 12 |
| 『生活』、『5』がスローな聴かせるアルバムであったのとは真逆に、アルバム『奴隷天国』はまさにエレカシの攻撃性爆発のパンキッシュな曲ばかりである。この【奴隷天国】もシニシズムな挑発に満ちたこころをザラザラにささくれにする曲である。
印象的なギター・リフ。ファーストのころの攻撃性に先祖がえりしたかのようである。この曲の見せ場は後半の挑発ぜりふにある。「何笑ってんだよ」「何うなずいてんだよ」聴くものさえもしかりとばし、舞台上に上げようとする演出が利いている。その本気は何度聞いても怖いくらいである。「いじけた流浪の民」たる日本人の心性を愛しつつも、その奴隷根性が憎くてたまらない。そんな思いが私の中にもある。革命志向の歌だ。このマイナスベクトルの歌詞をプラス方向に舵を切り直すと、【ガストロンジャー】あるいは【so many people】になる。
音楽として単純に格好いい。が、歌詞を聴くと、いつも居心地の悪さが残る。 更新日:2009/11/22 (日) |
51 | 悲しみの果て
| 16 |
52 | 上野の山
| 3 |
| 花見うた。しかし、ただの花見うたではない。花見の狂乱とバブル経済の狂乱とを重ねているのがよくわかる。「俺も花見に入れてくれ」というのは、懇願や願望ではなく、たわむれの座興であることが口調からもわかる。「ああ今日の日はなんだろう」。成功のはかなさ、経済好況のはかなさ、それを見透かしている。あれほどバブル華やかなりし頃に「明日からがんばろう また明日からがんばろう」というメッセージを発信していたのだ。「上野の山」は最後にワークソングであるその姿を見せる。 更新日:2005/12/11 (日) |
53 | てって
| 3 |
| 時折見せる、本音直球勝負の1曲。力むな、肩の力を抜いて、まあ死ぬまで人間嫌でも生きて行くんだから、というような宮本浩次の照れ隠しのない主張が、こころに沁みる。宮本はシニシズムと優しさの詩人だと、私は思う。好き嫌いや善悪の価値観はかなりはっきりしているが、生きとし生けるものに対して、無下に「お前なんか無用の長物だ」と烙印しない、やさしい眼差しが彼にはある。だから、「目にさわる奴らはとりあえず埋めよう」と歌っても、「お前に聞かせる歌などなくなった」と歌っても、「生命 死刑宣告」と歌っても、そこに破壊者の暴力を感じないのだ。「楽して楽してするりとくぐり抜けよう」、この言葉には本当に和んでしまう私である。シニシズムがふだん強烈なだけに、時折の本音はすごく新鮮でやさしく思える。私はこちらが宮本浩次という人物の底だと感じている。(シニシズムは彼の作家性と音楽家、演奏家としての演技が含まれている。見世物を意識しての含羞である) 更新日:2005/07/31 (日) |
54 | 愛の日々
| 3 |
55 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
56 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
57 | 月の夜
| 10 |
| 月の光のやさしさと太陽の光の残酷さを対比した、夜のエレジー。エレカシの世界観においては月とはやさしさと幻想の象徴で、太陽は峻厳過酷な現実をあらわしている。のちにあらわされる「今宵の月のように」にもつながる世界観がここに既にある。「皆が眠りし月の夜に もう少し遊ぼうか」とは、心意気である。2005年の野音のライブMCで明らかにされた秘話として、アルバム制作の合宿中のスタジオの夜に作られた歌だという。 更新日:2007/06/09 (土) |
58 | so many people
| 10 |
| 「good -mornigバージョン」と名付けられた、シングルとは別アレンジの「so many peple」。「ガストロンジャー」「武蔵野」と並んで屹立する名曲。ヒットによって手にした大金で、はじめて得たスポーツカーの運転。高速道路を文明の利器で疾走してはじめて得た感覚が、この歌の中につまっている。エピックソニー時代の売れない鬱屈を突き抜けて、<瞬間>のよろこびの中の<革命>を見つめている。定めなき世の定め、かりそめでもいいよろこびを。願うことのなかのレボルーション。 更新日:2008/11/03 (月) |
59 | なぜだか、俺は祷ってゐた。
| 8 |
| エレカシ史上もっとも練り上げられた歌詞世界をもつアルバム『町を見下ろす丘』のトリを飾るのが、この歌である。訥々(とつとつ)と語りかける歌い口は、前作『風』の最終曲であった「風」とたぶんに重なる。そして今の日々や出会った人々に感謝を捧げる気持ち、また「素直に生きられりゃあ」というつぶやきは、『扉』の「地元の朝」「生きている証」と共通しているように思う。 冒頭の「子供の頃俺は、毎日精一杯生きて、いつの日にか誰かの為に/格好よく死にたいと、そればかり思って、涙流してゐた。/涙を流してた」の下りは、『扉』の「星くずの中のジパング」の憧れの光景と重なっている。サビの「さよなら、愛しき日々よ。/さよなら、愛しき今日よ。」は、『明日に向かって走れ』の「風に吹かれて」を連想させる。そして「素直に今生きられりゃあ、どんなに、どんなにいいだらう。/素直に生きてゆけりゃあ。」という大サビは、アルバム1曲目の「地元のダンナ」と呼応して、このアルバムの一番強いメッセージを形づくっている。 このアルバムはひとつのトータル・アルバムとしてよく練り込まれてつくられていることを、冒頭の「地元のダンナ」からこの「なぜだか、俺は…」までを通しで聞くとよくわかる。 まず、「地元のダンナ」ではいつものように戦う男の姿が描かれている。しかし今回のそれは、何かの野望を成し遂げようとする<若い>意識ではなく、「素直に生きたい」にたどり着いた中年男の心境を内包している。そうしてはじまったアルバムは、少年時代の理想、日々の憂いを通過して、丘の上で町を見下ろしつつ来し方行く末を思う「シグナル」にたどりつく。「どの道俺は・・・」のつぶやきとともに見つけた「未来のシグナル」。しかし男はまた振り出しに戻るかのように逡巡する。すべてを忘れてとりあえず行くのか(今をかきならせ)?今の自分がかつて思い描いて自分とどれほど異なっているものか(人生の午後に)?道に迷いながらの傷だらけの旅(雨の日に・・・)。夢を追い回す人生への回顧(流れ星のやうな人生)。「何だかわからねえけど、万事怠りなく」という自戒(I don't know たゆまずに)。そして、たどり着いた気色が「丘の上にのぼって見下ろす町の景色。/なぜだか俺はアyってゐた。/今この瞬間を」である。 ネット上の掲示板にあらわれたアルバム評のなかに、激しく戦うエレカシの姿をこのアルバムに求めて、肩すかしを食っているリスナーの困惑がいくつも見られる。その大方の人たちは「若さ」を彼らに求めているのだが、彼らエレカシは「若さ」を脱皮して「中年」という今の風景をこころの中で戦っているのだ。それはかつての歌のように怒りを燃え立たせるような見せかけにあらわれた戦いではなく、自分の来し方行く末との静かな戦いなのである。これを老成と蔑むものもあろうし、ちいさく収ってしまったと罵るものもいるだろうが、老成というのならすでにエレカシはepic時代にそれを成し遂げている。ちいさく収ったというものにはこう反論できる。心の小さいものが直情を披露して、その懊悩のさまを世間に告白できるだろうかと。自らの「ふつう」や無様を万人を前にして認めることが出来るのは、決して「ふつう」のことなどではない。 私はアルバムを聞き通して、エレファントカシマシのいちファンである幸せを再認識した。こんなにもすばらしい表現者たちと同じ時代を生き、そして同じ時を分け合っているのかと思うと、胸に湧く感動を抑えきれない。宮本がこの歌で「忘れてしまった遠い日々」や「めぐり合ひし人々」に感謝してアyったように、私もまた彼らの人生が豊かであるように願ってやまない。 更新日:2006/04/13 (木) |
60 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
61 | 絶交の歌
| 7 |
62 | 奴隷天国
| 12 |
| 『生活』、『5』がスローな聴かせるアルバムであったのとは真逆に、アルバム『奴隷天国』はまさにエレカシの攻撃性爆発のパンキッシュな曲ばかりである。この【奴隷天国】もシニシズムな挑発に満ちたこころをザラザラにささくれにする曲である。
印象的なギター・リフ。ファーストのころの攻撃性に先祖がえりしたかのようである。この曲の見せ場は後半の挑発ぜりふにある。「何笑ってんだよ」「何うなずいてんだよ」聴くものさえもしかりとばし、舞台上に上げようとする演出が利いている。その本気は何度聞いても怖いくらいである。「いじけた流浪の民」たる日本人の心性を愛しつつも、その奴隷根性が憎くてたまらない。そんな思いが私の中にもある。革命志向の歌だ。このマイナスベクトルの歌詞をプラス方向に舵を切り直すと、【ガストロンジャー】あるいは【so many people】になる。
音楽として単純に格好いい。が、歌詞を聴くと、いつも居心地の悪さが残る。 更新日:2009/11/22 (日) |
63 | 四月の風
| 7 |
64 | 孤独な旅人
| 3 |
65 | かけだす男
| 10 |
66 | 明日に向かって走れ
| 5 |
67 | はじまりは今
| 4 |
68 | 悲しみの果て
| 16 |
69 | 風に吹かれて
| 12 |
70 | うつらうつら
| 4 |
| 浮世を平生のなかに謳う。それが宮本詞の世界。まさしく情念のブルース。宮本節の独特のゆらぎは、アタリメのように噛めば噛むほどその味わいが深く、時に涙が浮かびそうになるほど、芯からの憂鬱とやさしさが溢れている一曲。社会事象でもなく、恋愛でもなく、ただもの想うだけでブルースが生まれる。宮本浩次御大、おそろしや。おそろしや。 更新日:2005/12/11 (日) |
71 | 理想の朝
| 3 |
| 傑作である。曲といい、歌詞といい、歌唱といい、成熟した大人の歌として完成されている。自分の幼き夏の日と、今の「おじさん」の自分とがオーバーラップし、しかし理想を忘れまいとするすがすがしい気持ちがそこにある。エレカシに前向きな歌は数あるが、これほどさわやかな歌は未だかつてなかった。曲のイメージとしては「イージー」(過去の自分を見つめるまなざし)や「平成理想主義」(理想を棚晒しにする眠れる人を叩き起こす)のそれに重なるところがある。ライブで耳にしたときはやや滑稽な印象を受けたが、スタジオ版として静謐に歌われてみると、この曲のよさがわかる。この曲は歌詞アレンジともに新春ライブと異同がないように思われる。私の予想では冒頭曲になるのではないかと考えていたのだけど、外れてしまった。 最近のアルバム・リリースに伴うインタビューで、宮本は自分の生活パターンが夜型から朝型に移行したことを作風の転機のひとつにあげている。朝起きてから歌詞や曲を作り始める。そうしたことも、「理想の朝」のイメージを作っているのかも知れない。前作の『風』や前々作の『扉』が夜を描いた作品だったことと対照するとそのことがよくわかる。「枕元でゆうべ読んだ本が破れてるぜ」という歌詞は、「ディンドン」の中の、夜の読書の時間からイメージを受け次いでいる。そして、自分の書学による思惟を頭でっかちであると打ち破る、そんな隠喩なのではないか。 そして、「怠け者が目を醒ます」エンディングがドラマティックである。最後の一文で曲を大転換するやり方は「必ずつかまえろ」 で取り入れられた手法である。 更新日:2006/04/13 (木) |
72 | 化ケモノ青年
| 14 |
| 「化ケモノ青年」はただただ勢いである。本人も言っているように、曲のイメージにしたがって書かれたこの曲の歌詞は、内容の一貫性よりも、酒を飲んで月を見て人生を思い、ときに理不尽な要求をふりまわすこの国の男、その男たちが青年期に誰でも輝いていたことを歌っている。宮本が思い描いているのは、滝沢馬琴や葛飾北斎、森鴎外や夏目漱石、などの文人たちの青年期であるわけだが、狂言回しとして曲の前半で行われる会話調で描かれる光景を手がかりに、その青年期の葛藤を美しきものとして歌っている。もちろん家父長制度を称揚しているわけではない。酒をのんでくだを巻く父が、その刹那に思い浮かべているかつての力に満ちた青春時代を、ムネに留めよとそういっているに過ぎない。 更新日:2005/10/29 (土) |
73 | ふたりの冬
| 6 |
74 | あなたのやさしさをオレは何に例えよう
| 8 |
75 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
76 | 待つ男
| 8 |
| 「男」シリーズの傑作のひとつ。自虐、屈折、破壊性、シニシズムの暴発力。…にして、富士に太陽、浮世絵の光景である。聞くもののこころをザラザラ、ザクザクにしてやまない、喚起の歌。そして歓喜の歌。「誰も俺には近寄るな」という孤高、「何をあわてて無様にこける」自分への客観。宮本スキャットらたとぅ、らたとぅ、たぁあ、らたとぅ、らたとぅたあ、に痺れる。 それにしても曲なかばの「長い」はどういう意味があるのだろうか? 更新日:2005/09/19 (月) |
77 | 四月の風
| 7 |
78 | 生命賛歌
| 13 |
79 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
80 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
81 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
82 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
83 | 達者であれよ
| 5 |
84 | リッスントゥザミュージック
| 2 |
| アルバムの中盤を構成する失恋パートのもっとも淡い恋歌。宮本はひとつ前の「こうして部屋…」のほうが泣けてくるようだが、私はこの別離の歌の方が悲しい。 「別れの気配を感じていたのに 明日の約束を重ねていた」 悪意でもなく、嫌悪でもなく、歩くべき方向が違うというどうしようもなさで、たとえようもなく突然に終わってしまう、悲しい恋愛の終局が歌われている。思う気持ちはふたりとも変わらないのに。明日をかさねればかさねるほど、別れに近くなる。だから音楽に癒して欲しい。音楽にふたりの別れをなんとか救って欲しい。その思いが「まぬけなJOHNNY」に突き抜けてゆく。 名曲である。あまりによい曲には差し挟む言葉も少なくなる。 更新日:2008/02/02 (土) |
85 | 脱コミュニケーション
| 1 |
86 | 旅
| 1 |
87 | 戦う男
| 4 |
88 | ブン・ブン・ブン
| 0 |
89 | 幸せよ、この指にとまれ
| 5 |
90 | 生命賛歌
| 13 |
91 | 七色の虹の橋
| 1 |
92 | so many people
| 10 |
| 「good -mornigバージョン」と名付けられた、シングルとは別アレンジの「so many peple」。「ガストロンジャー」「武蔵野」と並んで屹立する名曲。ヒットによって手にした大金で、はじめて得たスポーツカーの運転。高速道路を文明の利器で疾走してはじめて得た感覚が、この歌の中につまっている。エピックソニー時代の売れない鬱屈を突き抜けて、<瞬間>のよろこびの中の<革命>を見つめている。定めなき世の定め、かりそめでもいいよろこびを。願うことのなかのレボルーション。 更新日:2008/11/03 (月) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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1 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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1 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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2 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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2 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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3 | 桜の花、舞い上がる道を
| 7 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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3 | 桜の花、舞い上がる道を
| 7 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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4 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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4 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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5 | 絆
| 5 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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5 | 絆
| 5 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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6 | ハナウタ~遠い昔からの物語~
| 5 |
| アルバム『昇れる太陽』の核となる歌はこれだと思って間違いない。これを曲順の真ん中に持ってきたのは、集中力のあつまる冒頭でもなく、何とはなしに勢いのある曲を集めやすいアルバム後半でもなく、飾りも衒(てら)いもなくど真ん中、アルバムの中盤に打ち込んだ印象を受ける。
この歌は普遍的な物語ソング。この歌には「絆」とは違って、仲間やファンへのメッセージのような多相性はない。むしろ直球で男と女の恋歌に挑んでいる。それが逆に新しい。しかも、神話的というか、草紙的と言おうか、メルヘンなのである。
曲の冒頭と曲の最終盤で同じフレーズ「遠い昔からの物語」と告げる。これは恋愛が延々とつづいていく、人の営み、くりかえされる物語の一編そしてその連作であることを暗示している。登場してくるイメージはお姫さまと王子さまの物語のようでもあり、長年連れ添った夫と妻の物語のようでもあり、新緑の街をはじめて手をつないで歩く学生のカップルのようでもある。そのイメージの広がりを支える歌詞がすばらしい。
【笑顔の未来へ】と同じように、創作の神が宮本に乗移ってつくらせたのではないか、とそう思わせるほど、今までのエレカシになかった新しい作風がある。2番が終わった後の大サビへのブリッジが泣かせる。抜けられない過去を引きずっていた主人公たちが、突如として物語の意味に気づくのである。
蔦谷好位置の名アレンジに賞賛を。 更新日:2009/04/30 (木) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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6 | ハナウタ~遠い昔からの物語~
| 5 |
| アルバム『昇れる太陽』の核となる歌はこれだと思って間違いない。これを曲順の真ん中に持ってきたのは、集中力のあつまる冒頭でもなく、何とはなしに勢いのある曲を集めやすいアルバム後半でもなく、飾りも衒(てら)いもなくど真ん中、アルバムの中盤に打ち込んだ印象を受ける。
この歌は普遍的な物語ソング。この歌には「絆」とは違って、仲間やファンへのメッセージのような多相性はない。むしろ直球で男と女の恋歌に挑んでいる。それが逆に新しい。しかも、神話的というか、草紙的と言おうか、メルヘンなのである。
曲の冒頭と曲の最終盤で同じフレーズ「遠い昔からの物語」と告げる。これは恋愛が延々とつづいていく、人の営み、くりかえされる物語の一編そしてその連作であることを暗示している。登場してくるイメージはお姫さまと王子さまの物語のようでもあり、長年連れ添った夫と妻の物語のようでもあり、新緑の街をはじめて手をつないで歩く学生のカップルのようでもある。そのイメージの広がりを支える歌詞がすばらしい。
【笑顔の未来へ】と同じように、創作の神が宮本に乗移ってつくらせたのではないか、とそう思わせるほど、今までのエレカシになかった新しい作風がある。2番が終わった後の大サビへのブリッジが泣かせる。抜けられない過去を引きずっていた主人公たちが、突如として物語の意味に気づくのである。
蔦谷好位置の名アレンジに賞賛を。 更新日:2009/04/30 (木) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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7 | 幸せよ、この指にとまれ
| 5 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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7 | 幸せよ、この指にとまれ
| 5 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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8 | 明日への記憶
| 1 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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8 | 明日への記憶
| 1 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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9 | いつか見た夢を
| 1 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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9 | いつか見た夢を
| 1 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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10 | 彼女は買い物の帰り道
| 5 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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10 | 彼女は買い物の帰り道
| 5 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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11 | ワインディングロード
| 2 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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11 | ワインディングロード
| 2 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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12 | 東京からまんまで宇宙
| 0 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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12 | 東京からまんまで宇宙
| 0 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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13 | 大地のシンフォニー
| 0 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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13 | 大地のシンフォニー
| 0 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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14 | 約束
| 1 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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14 | 約束
| 1 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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15 | ズレてる方がいい
| 0 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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15 | ズレてる方がいい
| 0 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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16 | 夢のちまた
| 7 |
| エレカシの唯一無二の世界そのものであるのが、3rdアルバム「浮世の夢」である。このアルバムほど全体の一体感を感じられるものは他にない。全体をひとつにするのは、日本情緒と、それを歌い上げる宮本浩次の節回しである。宮本の歌唱が特別なのは、その歌のそこに長唄小唄、浪曲のような、語り節がどこかにあることである。しかし、これがバブル真っ只中に書かれた浮世の狂乱を冷めた目で睨んだ歌だと知ると、その達観の凄まじさを思う。その孤高こそ、まさしくエレファントカシマシという存在。 更新日:2005/12/11 (日) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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16 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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17 | 悲しみの果て
| 16 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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17 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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18 | 約束
| 1 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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18 | 桜の花、舞い上がる道を
| 7 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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19 | リッスントゥザミュージック
| 2 |
| アルバムの中盤を構成する失恋パートのもっとも淡い恋歌。宮本はひとつ前の「こうして部屋…」のほうが泣けてくるようだが、私はこの別離の歌の方が悲しい。 「別れの気配を感じていたのに 明日の約束を重ねていた」 悪意でもなく、嫌悪でもなく、歩くべき方向が違うというどうしようもなさで、たとえようもなく突然に終わってしまう、悲しい恋愛の終局が歌われている。思う気持ちはふたりとも変わらないのに。明日をかさねればかさねるほど、別れに近くなる。だから音楽に癒して欲しい。音楽にふたりの別れをなんとか救って欲しい。その思いが「まぬけなJOHNNY」に突き抜けてゆく。 名曲である。あまりによい曲には差し挟む言葉も少なくなる。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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19 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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20 | 月の夜
| 10 |
| 月の光のやさしさと太陽の光の残酷さを対比した、夜のエレジー。エレカシの世界観においては月とはやさしさと幻想の象徴で、太陽は峻厳過酷な現実をあらわしている。のちにあらわされる「今宵の月のように」にもつながる世界観がここに既にある。「皆が眠りし月の夜に もう少し遊ぼうか」とは、心意気である。2005年の野音のライブMCで明らかにされた秘話として、アルバム制作の合宿中のスタジオの夜に作られた歌だという。 更新日:2007/06/09 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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20 | 絆
| 5 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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21 | うつらうつら
| 4 |
| 浮世を平生のなかに謳う。それが宮本詞の世界。まさしく情念のブルース。宮本節の独特のゆらぎは、アタリメのように噛めば噛むほどその味わいが深く、時に涙が浮かびそうになるほど、芯からの憂鬱とやさしさが溢れている一曲。社会事象でもなく、恋愛でもなく、ただもの想うだけでブルースが生まれる。宮本浩次御大、おそろしや。おそろしや。 更新日:2005/12/11 (日) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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21 | ハナウタ~遠い昔からの物語~
| 5 |
| アルバム『昇れる太陽』の核となる歌はこれだと思って間違いない。これを曲順の真ん中に持ってきたのは、集中力のあつまる冒頭でもなく、何とはなしに勢いのある曲を集めやすいアルバム後半でもなく、飾りも衒(てら)いもなくど真ん中、アルバムの中盤に打ち込んだ印象を受ける。
この歌は普遍的な物語ソング。この歌には「絆」とは違って、仲間やファンへのメッセージのような多相性はない。むしろ直球で男と女の恋歌に挑んでいる。それが逆に新しい。しかも、神話的というか、草紙的と言おうか、メルヘンなのである。
曲の冒頭と曲の最終盤で同じフレーズ「遠い昔からの物語」と告げる。これは恋愛が延々とつづいていく、人の営み、くりかえされる物語の一編そしてその連作であることを暗示している。登場してくるイメージはお姫さまと王子さまの物語のようでもあり、長年連れ添った夫と妻の物語のようでもあり、新緑の街をはじめて手をつないで歩く学生のカップルのようでもある。そのイメージの広がりを支える歌詞がすばらしい。
【笑顔の未来へ】と同じように、創作の神が宮本に乗移ってつくらせたのではないか、とそう思わせるほど、今までのエレカシになかった新しい作風がある。2番が終わった後の大サビへのブリッジが泣かせる。抜けられない過去を引きずっていた主人公たちが、突如として物語の意味に気づくのである。
蔦谷好位置の名アレンジに賞賛を。 更新日:2009/04/30 (木) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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22 | 見果てぬ夢
| 2 |
| 「人の思いは十人十色」。歌い出しのただ一言で心をつかむ一曲。サビの絶叫につながるとはなかなか想像できないので、割れ声になった瞬間にやや驚きを覚える。「浮世」を浮世なりに背中(せな)に負って生きていく、その決意のような歌。ブルース。情歌。「われも彼らに負けまいと やさしい日本の四季を見て これも浮世とあきらめて 涼しげ」。この凄まじい節回しこそ宮本のただ一人の証たる、絶叫である。 更新日:2005/12/11 (日) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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22 | 幸せよ、この指にとまれ
| 5 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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23 | 涙を流す男
| 0 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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23 | 赤き空よ!
| 2 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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24 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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24 | 明日への記憶
| 1 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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25 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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25 | いつか見た夢を
| 1 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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26 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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26 | 彼女は買い物の帰り道
| 5 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 A | 書込み件数 |
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27 | ズレてる方がいい
| 0 |
THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 初回限定盤 B | 書込み件数 |
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27 | 悪魔メフィスト
| 4 |
28 | ワインディングロード
| 2 |
29 | 東京からまんまで宇宙
| 0 |
30 | 大地のシンフォニー
| 0 |
31 | 約束
| 1 |
32 | 穴があったら入いりたい
| 1 |
33 | ズレてる方がいい
| 0 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
1 | 我が祈り
| 0 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
---|
1 | 我が祈り
| 0 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
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2 | Darling
| 0 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
---|
2 | Darling
| 0 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
3 | 大地のシンフォニー
| 0 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
---|
3 | 大地のシンフォニー
| 0 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
4 | 東京からまんまで宇宙
| 0 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
---|
4 | 東京からまんまで宇宙
| 0 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
5 | 約束
| 1 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
---|
5 | 約束
| 1 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
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6 | ココロをノックしてくれ
| 1 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
---|
6 | ココロをノックしてくれ
| 1 |
7 | 穴があったら入いりたい
| 1 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
7 | 穴があったら入いりたい
| 1 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
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8 | 七色の虹の橋
| 1 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
8 | 七色の虹の橋
| 1 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
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9 | ワインディングロード
| 2 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
9 | ワインディングロード
| 2 |
10 | 世界伝統のマスター馬鹿
| 1 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
---|
10 | 世界伝統のマスター馬鹿
| 1 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
11 | 飛べない俺
| 0 |
MASTERPIECE | 書込み件数 |
---|
11 | 飛べない俺
| 0 |
MASTERPIECE(初回限定盤) | 書込み件数 |
---|
12 | ワインディングロード
| 2 |
13 | 東京からまんまで宇宙
| 0 |
14 | 大地のシンフォニー
| 0 |
15 | 約束
| 1 |
16 | 穴があったら入いりたい
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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1 | moonlight magic
| 2 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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1 | moonlight magic
| 2 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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1 | moonlight magic
| 2 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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2 | 脱コミュニケーション
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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2 | 脱コミュニケーション
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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2 | 脱コミュニケーション
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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3 | 明日への記憶
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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3 | 明日への記憶
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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3 | 明日への記憶
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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4 | 九月の雨
| 3 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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4 | 九月の雨
| 3 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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4 | 九月の雨
| 3 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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5 | 旅
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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5 | 旅
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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5 | 旅
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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6 | 彼女は買い物の帰り道
| 5 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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6 | 彼女は買い物の帰り道
| 5 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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6 | 彼女は買い物の帰り道
| 5 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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7 | 歩く男
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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7 | 歩く男
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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7 | 歩く男
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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8 | いつか見た夢を
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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8 | いつか見た夢を
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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8 | いつか見た夢を
| 1 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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9 | 赤き空よ!
| 2 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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9 | 赤き空よ!
| 2 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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9 | 赤き空よ!
| 2 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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10 | 夜の道
| 3 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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10 | 夜の道
| 3 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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10 | 夜の道
| 3 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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11 | 幸せよ、この指にとまれ
| 5 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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11 | 幸せよ、この指にとまれ
| 5 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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11 | 幸せよ、この指にとまれ
| 5 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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12 | 朝
| 0 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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12 | 朝
| 0 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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12 | 朝
| 0 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 | 書込み件数 |
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13 | 悪魔メフィスト
| 4 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤A | 書込み件数 |
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13 | 悪魔メフィスト
| 4 |
悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 初回盤B | 書込み件数 |
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13 | 悪魔メフィスト
| 4 |
奴隷天国 (再発売) | 書込み件数 |
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1 | 奴隷天国
| 12 |
| 『生活』、『5』がスローな聴かせるアルバムであったのとは真逆に、アルバム『奴隷天国』はまさにエレカシの攻撃性爆発のパンキッシュな曲ばかりである。この【奴隷天国】もシニシズムな挑発に満ちたこころをザラザラにささくれにする曲である。
印象的なギター・リフ。ファーストのころの攻撃性に先祖がえりしたかのようである。この曲の見せ場は後半の挑発ぜりふにある。「何笑ってんだよ」「何うなずいてんだよ」聴くものさえもしかりとばし、舞台上に上げようとする演出が利いている。その本気は何度聞いても怖いくらいである。「いじけた流浪の民」たる日本人の心性を愛しつつも、その奴隷根性が憎くてたまらない。そんな思いが私の中にもある。革命志向の歌だ。このマイナスベクトルの歌詞をプラス方向に舵を切り直すと、【ガストロンジャー】あるいは【so many people】になる。
音楽として単純に格好いい。が、歌詞を聴くと、いつも居心地の悪さが残る。 更新日:2009/11/22 (日) |
2 | 太陽の季節
| 6 |
| 【太陽の季節】とは、夏のことか?それとも人生の隆盛期の表しているのか?エッセイ中に石原慎太郎を尊敬しているという文言があるように、おそらくかの小説『太陽の季節』のイメージもどこかで借りているだろう。この歌の内容はほとんど日常の憂鬱そのものである。その意味ではアルバム『5』と続いているのだが、憂鬱を歌いながら、いきおいとパワーにあふれているので陽の印象を強く受ける。
皮肉まじりながら、「我らが季節 太陽の季節」を謳歌しようとする、ブルース。初期の憂鬱ソングの系譜に連なりながらも、ギターの勢いもあってか陰に籠もらない、カラッとした男の意気地を奥底に感じる。それが「暮らすだけなら そりゃいくらも暮らせるさ/お前が造るこの世の晴れ姿」の歌詞に表れている。 更新日:2010/02/27 (土) |
3 | 絶交の歌
| 7 |
4 | おまえはどこだ
| 3 |
| エピック時代の【俺の道】であり、エピック時代の【パワー・イン・ザ・ワールド】であるのが、この【道】である。ただその曲調はあくまで語りかけであって、近年の爆発的な叫びや戦闘宣言ではない。むしろエピック時代の求道(ぐどう)は、静かに老成した文人のたたずまいである。「俺たちの死に場所はどこだ」と歌うときも、叫びにはならず、また「俺たちはなんで生きてるの」と言っても、【風】や【生きている証】のような死のイメージはそう強くはない。
まあつまり、この時の歌には年相応ではない背伸びがある。等身大ではないのだ。だが、年を重ねてから歌うエピック時代の歌の深淵は、おそらく人生の年輪の深みが、本来もっていた作品の質をあぶりだすようなそんなことなのだろう。【道】の歌詞はそうした老成の深みがある古びない内容である。 更新日:2010/02/27 (土) |
5 | 日曜日(調子はどうだ)
| 6 |
6 | 浮世の姿
| 6 |
7 | 果てしなき日々
| 2 |
8 | いつものとおり
| 4 |
| 冒頭のギターリフはムード音楽の大家フランシス・レイの影響を感じるが気のせいだろうか。
そうした音楽的なアレンジをのぞけば、歌詞の内容はいつものエレファントカシマシの世界観である。【too fine life】や【Blue Days】でも描かれたように、日常は抜け出すことができない地獄でもある。この歌では比較的おだやかに「いつものとおり」という歌詞に潜めている。また、そうした地獄へ射す救いの光を、朝日ではなく夕日のなかに見ている。「いつものとおり」、どこまで行っても自分は自分であり、また日常は日常である。しかし、夕日や夜の中には話すべきに足る対象があるとも、さりげなく歌っている。
今までのエレカシにはなかった曲調で、次のアルバム『東京の空』へつながっていく印象がある。 更新日:2009/11/01 (日) |
9 | 道
| 10 |
| エピック時代の【俺の道】であり、エピック時代の【パワー・イン・ザ・ワールド】であるのが、この【道】である。ただその曲調はあくまで語りかけであって、近年の爆発的な叫びや戦闘宣言ではない。むしろエピック時代の求道(ぐどう)は、静かに老成した文人のたたずまいである。「俺たちの死に場所はどこだ」と歌うときも、叫びにはならず、また「俺たちはなんで生きてるの」と言っても、【風】や【生きている証】のような死のイメージはそう強くはない。
まあつまり、この時の歌には年相応ではない背伸びがある。等身大ではないのだ。だが、年を重ねてから歌うエピック時代の歌の深淵は、おそらく人生の年輪の深みが、本来もっていた作品の質をあぶりだすようなそんなことなのだろう。【道】の歌詞はそうした老成の深みがある古びない内容である。 更新日:2010/02/27 (土) |
10 | 寒き夜
| 8 |
| 老成をして鳴らしたエピック時代のエレファントカシマシ。その粋(すい)とも呼べる一曲がこの【寒き夜】である。題材はまったき平凡な日常である。火鉢と古地図がある光景をのぞけば、誰にでもある冬の一日であるが、その小さき世界の大きさ。枕元の読み途中の本の山、タバコを切らして外へ出ればちんちんに冷えた真冬の空気。手を袖口にすぼめながら早足に町へ出る。そして、家へと帰り着くと、ふるさとのようにわれに親しい。暖房器具に火を入れ、ようよう温かくなるところへかじかんだ両手をかざす。これがバラードのなかに歌われることの感涙。短き一編の叙情。寒き夜に親しきものは我が家なりけり。我が家とは故郷であり、また恋人であり、家族であり、故国であり、誰もが帰る場所の謂いにちがいない。 更新日:2009/11/22 (日) |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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1 | good-bye-mama
| 2 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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1 | 明日に向かって走れ
| 5 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
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1 | ドビッシャー男
| 3 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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1 | 生命賛歌
| 13 |
DEAD OR ALIVE (再発売) | 書込み件数 |
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1 | DEAD OR ALIVE
| 9 |
| 洋楽のテイストをエレカシも強く意識しはじめたのだな。そう強く感じた。しかし、歌詞はepic時代を彷彿とさせるような私小説の世界。このギャップの混在にくらくらした覚えがある。epic時代の私小説的文学ロック、cannion時代の叙情溢れる歌謡ロック、そしてガストロンジャーで切り開いた再びの攻撃性と洋楽にも似た歌い上げない乾いた曲調。それがここではうまく混じり合って混沌を描き出している。とにかく、バンドとしての行く末やロックのあり方などを葛藤していた様子が、如実に現れている。しかし楽曲は洋楽然としている。とにかく、ライブバンドとしてのいきおいを取り戻した1曲である。一言一言が、決めゼリフとして成立する。そんな密度が『DEAD OR ALIVE』の楽曲の歌詞にはある。 更新日:2007/12/22 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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1 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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1 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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1 | 悲しみの果て
| 16 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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2 | 愛の夢をくれ
| 3 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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2 | 戦う男
| 4 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
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2 | 悲しみの果て
| 16 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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2 | 俺の道
| 12 |
DEAD OR ALIVE (再発売) | 書込み件数 |
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2 | 漂う人の性
| 4 |
| 文学テイスト漂う歌詞をあつかいながら、歌謡曲にも長唄風にもならないのがこのミニアルバム発表時のエレファントカシマシだった。「夢から醒めし人よ 生まれたばかりの人」、この考え方は『扉』の「必ずつかまえろ」につながってゆく。この歌くらいから、「目覚め」ということに強い意識を延した歌詞が多くなっていく。 「so many people」で革命は瞬間の積み重ねと歌った宮本であるが、革命とは「夢から醒める」ことではないかと呼びかけている。歩みを進めよという声の強さ。「素直であるとは戦わぬことなのか?」この頃からの問いかけは、アルバムを重ねるごとに重くなる。最後半の台詞の挿しこみは、「soul rescue」のそれに似ている。 更新日:2007/12/22 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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2 | 俺の道
| 12 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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2 | おはよう こんにちは
| 5 |
| 日常の憂鬱ソング。やるせなさを「不来方のお城の草に寝転びて空に吸われし十五のこころ」と歌った石川啄木の詩情と通じるところがある。宮本が歩いて空を見上げたのは、はたして荒川土手であろうか?とても渋い1曲。勢いでは捉えきれない、コクと深み。 更新日:2005/09/19 (月) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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2 | 戦う男
| 4 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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3 | 君がここにいる
| 4 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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3 | 風に吹かれて
| 12 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
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3 | かけだす男
| 10 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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3 | ハロー人生!!
| 6 |
DEAD OR ALIVE (再発売) | 書込み件数 |
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3 | クレッシェンド・デミネンド -陽気なる逃亡者たる君へ-
| 8 |
| 胸騒ぎのドラムから曲が幕を開ける。そして、何事かが起りそうな胸騒ぎのギターが加わってくる。とにかく、この曲はミヤジのギターと石君のギターの絡みが魅力的な楽曲である。そして、冒頭から胸に刺さる一言をずばり。「世の中にあるものすべてがメッセージよ」。人生は一幕の芝居に似ている、といったシェークスピアばりの箴言である。「ガストロンジャー」で世間に呼びかけたあの力強さ、「さあ、勝ちに行こうぜ!」という思いがまだ息づいていることをしめしている。それを端的に示すのが、「でも感じているだろ心の奥の真実の声を それがメッセージ」という一行である。世間の正義ではない、自分の正義を、自分の真実を求めて進め。1stアルバムから変わることのない価値観が、ここでも展開されている。「感じろ 考えろ 思え そのメッセージを」「負けるな 戦え もう一度 出かけてけ」。こんな歌詞を歌ったロックバンドがかつてあっただろうか。内省とアジテートが共存している希有なバンド、それがおそらくエレカシという日本にも、世界にもまれなロックバンドである。『DEAD OR ALIVE』の楽曲のなかでは一番突き抜けていて、混沌の中に光を見る曲である。「疲れた時には孤独になれ」とは至言。「この世を超えてゆくものあるとせば 心の奥のやさしさ」もまた至言。決めゼリフが決まる男、宮本浩次の真骨頂。 更新日:2007/12/22 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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3 | 歴史
| 15 |
| アルバム「扉」は、虹色の変化を持ったアルバムである。といっても、エレファントカシマシの歌詞楽曲の一人柱である宮本浩次のつくるものであるから、宮本浩次というアーティストの色には強く染まっている。しかし、これが今までにはない境地の作品であるとともに、作品制作にかける葛藤が静謐さの中に収められていくという、凝縮がある。 「歴史」がまず素晴らしい。というのも、渋谷陽一も指摘しているように、歌詞全体が散文(非韻文かつ平常文)であるにもかかわらず、見事にメロディアスな曲調に似つかわしく、心地よく強く歌われているからだ。また、内容が凄い。森鴎外という文人の人生を歌い、それを日本人の生きざまひいては自分の生きざまに重ねていく。その連想がやや飛躍はあるにせよ、まさに聞き手に人生(生きざま)と日本人としての歴史とをつきつけてくるのだ。それにしても、「歴史SONG」というサビは直裁だ。客観的に見れば、いささか滑稽さもぬぐえない。 更新日:2005/10/29 (土) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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3 | デーデ
| 8 |
| またしても稀代の名曲。R&Rをやるものが一度は通過する、「金(かね)」をテーマにした1曲を、エレカシはファーストで軽々とこなしてしまった。ロックの伝統どおり、「金が一番」ということを歌うことによって、逆説している。「金が友達さ」「友達なんかいらないさ 金があればいい」と歌うザラツキが、そうではないだろうという反問を残す。「野音 秋」に収録されたテイクのMCにある、「貧乏人に捧げるバラードだ」という宮本の言葉が、製作意図を明らかにしている。「ファイティングマン」と同様に、バンドの代表曲にして、ライブの定番。曲中盤の駄洒落に近い遊びと、曲サビの金を称える内容が混然一体として、不思議な感覚を覚えさせる。最近は「人生金だけじゃねえよな、エブリバディ」というMCも飛び出すことも多いが、そういう本音は前に出さない方が、逆説として歌詞が活きてくるように思う。たとえば2005年野音の「友達は裏切る 金はうらぎらねえ」というMCが、個人的には歌詞に見合っているように感じる。 更新日:2005/09/19 (月) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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3 | 孤独な旅人
| 3 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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4 | 夢のかけら
| 10 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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4 | ふたりの冬
| 6 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
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4 | 孤独な旅人
| 3 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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4 | どこへ?
| 4 |
DEAD OR ALIVE (再発売) | 書込み件数 |
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4 | 何度でも立ち上がれ
| 6 |
| 『俺の道』につながる自虐的な内省を含んだ歌詞が印象的である。「太陽」と「出かける」がこのミニアルバムの大きなモチーフであるけれど、それを直球的につなぎ合わせたのが、「何度でも立ち上がれ」である。「さらに大きな理想を掲げて行け」。この思いはepic時代の『5』の中ですでに萌芽していたのだが、それが青年を抜け出した壮年を意識することによって、さらに切実さを伴って迫ってくる。自分たちが社会の担い手の一部だという、その自負のようなものだ。「でも、見て皆よ 太陽はのぼりくる」とは、歌詞のイメージも理想への血潮も「曙光」のそれではないか。だが、印象がずいぶん違うのは、言葉を刻む作者の年輪だろう。「曙光」は背伸びをする、大志を抱く青年のまなざしだが、「何度でも立ち上がれ」は壮年の不屈の誓いのようなものだ。エレカシはこの思いを通じて『扉』に辿りつき、それをくぐって『町を見下ろす丘』という到達点まで至る。 更新日:2007/12/22 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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4 | 未来の生命体
| 6 |
| とてもシュールで、この歌の内容を歌詞だけで理解するのはとても難しいだろう。しかし、エレファントカシマシの歌を聞き込んだものであれば、その言わんとするところはわかる。東京という日本の片隅、地球にしてみればちっぽけな街、宇宙にしてみれば砂粒よりも小さい存在の町で、生命や歴史や世界を描いている男。文明のはざまの生命体。「この人生は惰性」そうシニカルにつぶやきもする。「すべてを未来に預けてきた俺の信頼裏切る36年」とは、痛烈である。同業者からの賞賛、「今宵の月のように」での商業的成功を身にまとう、そんな人物には似つかわしくないほどの自虐である。だが、そこで宮本は反転する「でも停滞と病を経て今 自ら落ちてゆく我が身を見る好条件」。「俺は俺を生きている」。弱さも強さも、失敗も成功も、どんな出来事も自分を形作る歴史、生命体としての生きるあがきなのだと。これは「花男」の続編である。そして、「コールアンドレスポンス」の兄弟篇である。さらにいえば、「生命賛歌」と「パワー・イン・ザ・ワールド」の父親でもある。 更新日:2007/12/22 (土) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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4 | 浮雲男
| 7 |
| 小唄長唄、浪花節。語り節、説教節をその根に持ちながら、ポップ・ソングでもあるという離れわざ。私は非喫煙者であるが、この歌を聞くと「たばこ」の持つ文化性と開放的なイメージがよくわかる。「煙が雲になるわけないよ みんなは笑う」。それを尻目に悠々と煙をくゆらす、宮本の姿が、まざまざと浮かぶ。たばこは吸わねど、「ぷかり ぷかり」、雲の流れる晴天の空に歌いたくなる。「男」シリーズの佳曲、立て続け。 更新日:2005/12/11 (日) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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4 | 四月の風
| 7 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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5 | ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ
| 5 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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5 | 昔の侍
| 4 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
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5 | おまえと突っ走る
| 3 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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5 | 季節はずれの男
| 12 |
DEAD OR ALIVE (再発売) | 書込み件数 |
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5 | 未来の生命体
| 6 |
| とてもシュールで、この歌の内容を歌詞だけで理解するのはとても難しいだろう。しかし、エレファントカシマシの歌を聞き込んだものであれば、その言わんとするところはわかる。東京という日本の片隅、地球にしてみればちっぽけな街、宇宙にしてみれば砂粒よりも小さい存在の町で、生命や歴史や世界を描いている男。文明のはざまの生命体。「この人生は惰性」そうシニカルにつぶやきもする。「すべてを未来に預けてきた俺の信頼裏切る36年」とは、痛烈である。同業者からの賞賛、「今宵の月のように」での商業的成功を身にまとう、そんな人物には似つかわしくないほどの自虐である。だが、そこで宮本は反転する「でも停滞と病を経て今 自ら落ちてゆく我が身を見る好条件」。「俺は俺を生きている」。弱さも強さも、失敗も成功も、どんな出来事も自分を形作る歴史、生命体としての生きるあがきなのだと。これは「花男」の続編である。そして、「コールアンドレスポンス」の兄弟篇である。さらにいえば、「生命賛歌」と「パワー・イン・ザ・ワールド」の父親でもある。 更新日:2007/12/22 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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5 | 平成理想主義
| 11 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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5 | 月と歩いた
| 3 |
| エレカシの歌にはよく月が登場するが、初登場はこの一風変わった散歩ソングなのだと気づいた。歩いても歩いても後ろをついてくる月、その趣と自動車の不作法、散歩好きにはよくある一風景である。シニカルさとがなり歌謡の『浮世の夢』にあって、この歌だけはとても気持ちよさそうに楽しく歌っている。車が登場して曲調が一転するところに面白さがある。あまりライブ受けしそうのない曲であるが、CDを回してアルバム通しで聞くと、ひと心地つける柔らかい歌なのである。この歌を聞くと「名月や大人になってもついてくる」と詠んだ詩人・辻なにがしの俳句をいつも思い浮かべてしまう。 更新日:2005/12/11 (日) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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5 | Baby自転車
| 3 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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6 | 真夏の星空は少しブルー
| 4 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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6 | せいので飛び出せ!
| 5 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
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6 | 四月の風
| 7 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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6 | 勉強オレ
| 6 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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6 | 精神暗黒街
| 3 |
| この当時の宮本の気持ちを直截的に表現した楽曲。封印してきたアルファベットを大解放したうえに、韻律を重視した感性の作詞。そして、ギターとベース以外はすべて打ち込みであるという点も、この時の高揚感が宮本ひとりの意識のなかにしかなかったことを物語っている。よくも悪くもエレカシの恒星的存在である宮本世界を、ひとつの太陽系として描いた感じがする。それゆえ、宮本ワールドはビック・バンしたが、バンドのよさが打ち込みの背後に消えてしまっている気がする。
しかし、この開放感。ジャケットの宇宙へ飛びだして行く自動車ではないが、どこまでもその勢いのままに飛んでゆきそうな、そんな力が爆発している。 更新日:2008/11/03 (月) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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6 | おれのともだち
| 4 |
| 「おれのともだち」は「曙光」と並んでアルバム『5』の核となる楽曲である。ファースト以来つねに対峙してきた、「生活」と「退屈」。日々、克己する思いで乗り越えてゆこうとした「退屈」を、宮本はついに「おれのともだち」であると肯定するのだ。町の夕景を描きながら、萎え果てた暮らしの傍らにある「たいくつ」。それこそが日々を暮らしてゆくこと、「生活」というものの本質であること。それを見事に描いている。古今東西、エレファントカシマシほど何もない日常を、ドラマなしに歌いあげているミュージシャンはいない。この歌にしてもテーマは日常かたわらにある「退屈」である。これはまぎれもない文学である。 更新日:2007/06/16 (土) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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6 | せいので飛び出せ!
| 5 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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7 | 寝るだけさ
| 2 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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7 | 遠い浜辺
| 4 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
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7 | 愛の日々
| 3 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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7 | ラスト・ゲーム
| 3 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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7 | かくれんぼ
| 5 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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7 | シャララ
| 5 |
| 「シャララ」は物憂げな日々を生き抜こうとする覚悟の歌である。やることがなくても、涙ほろほろ流しても、恋をしてメシを食って生き抜かなきゃならない。暇と酔狂しかなくても、そいつを過ぎゆく日々にかえて。そうつまらない「生活」を過ぎゆく「日々」にかえて、身をけずる。「生活」として否定してきたくり返しを、「日々」と捉え直して肯定する。それがアルバム『5』の隠れたテーマのようだ。「俺は働く」、「この世のくらしはただかけぬけにゃならぬ」のように、社会へと出て行く自分を描いているところに、それが証明されている。 更新日:2007/06/16 (土) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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7 | 赤い薔薇
| 7 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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8 | ココロのままに
| 2 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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8 | 赤い薔薇
| 7 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
---|
8 | うれしけりゃとんでゆけよ
| 3 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
---|
8 | 覚醒(オマエに言った)
| 4 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
---|
8 | 部屋
| 8 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
---|
8 | 奴隷天国
| 12 |
| 『生活』、『5』がスローな聴かせるアルバムであったのとは真逆に、アルバム『奴隷天国』はまさにエレカシの攻撃性爆発のパンキッシュな曲ばかりである。この【奴隷天国】もシニシズムな挑発に満ちたこころをザラザラにささくれにする曲である。
印象的なギター・リフ。ファーストのころの攻撃性に先祖がえりしたかのようである。この曲の見せ場は後半の挑発ぜりふにある。「何笑ってんだよ」「何うなずいてんだよ」聴くものさえもしかりとばし、舞台上に上げようとする演出が利いている。その本気は何度聞いても怖いくらいである。「いじけた流浪の民」たる日本人の心性を愛しつつも、その奴隷根性が憎くてたまらない。そんな思いが私の中にもある。革命志向の歌だ。このマイナスベクトルの歌詞をプラス方向に舵を切り直すと、【ガストロンジャー】あるいは【so many people】になる。
音楽として単純に格好いい。が、歌詞を聴くと、いつも居心地の悪さが残る。 更新日:2009/11/22 (日) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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8 | 月夜の散歩
| 4 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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9 | Tonight
| 1 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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9 | 月夜の散歩
| 4 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
---|
9 | 流されてゆこう
| 2 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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9 | ろくでなし
| 7 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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9 | 夜と朝のあいだに...
| 7 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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9 | 偶成
| 5 |
| たまたま生まれること。そう、類い希なる偶然のうちに生まれるのがひと、そして人生。胸のうちに理想があり、しかしその高潔さにはなかなか近づけぬ現実。そしてそれをひとり慰みのなかに浮かべている男。人に会い、仕事に悩み、町に出かけ、そんな日常の生活のくりかえしのなかですり減ってゆく「思い」。まるで人生は生活に食い尽くされていくようである。そして腰掛け、嘆息のうちに見つけた夕陽。わが人生の充実を探しあぐねて、さまよった末に見つけたドブの夕陽の美しさ。ドブの夕陽のなかにも人生の真実がある。なんという美しい歌だろう。アルバム『生活』のハイライトである。 更新日:2007/06/09 (土) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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9 | おまえとふたりきり
| 8 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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10 | はじまりは今
| 4 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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10 | 恋人よ
| 7 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
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10 | Baby自転車
| 3 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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10 | オレの中の宇宙
| 7 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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10 | DJ in my life
| 7 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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10 | 太陽ギラギラ
| 6 |
| ワークソングである。しかもぶらつく男から見たオフィス街の様子。思うに霞ヶ関、日比谷あたりのビルの谷間が連想される。曲調は変拍子、Dave Brubeckのテイク・ファイブそのままである。ジャズ・ファンにはお馴染みのあの変拍子をブルースに仕立てるとは。リズムの心地よさとオフィス街にあるいち風景のギャップ。エレカシは夕方と夜景の歌い手であるので、太陽が登場するとたいてい憂鬱に結びつく。のちに「曙光」や「太陽の季節」につながってゆく、太陽の無慈悲を云う内容である。 更新日:2005/09/19 (月) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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10 | 真夏の星空は少しブルー
| 4 |
愛と夢 (再発売) | 書込み件数 |
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11 | おまえとふたりきり
| 8 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- (再発売) | 書込み件数 |
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11 | 今宵の月のように
| 11 |
ココロに花を (再発売) | 書込み件数 |
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11 | OH YEAH!(ココロに花を)
| 6 |
| これもまたキャニオン時代の作風を典型的にあらわした代表曲。タイトルにもあるように、『ココロに花を』というアルバムの核にあるものを表現するためにつくられただろう楽曲。【悲しみの果て】の世界観を引き継ぎ、さらにそれにキャニオン時代に見つけたメッセージ、「戦うため 生きていこう」「未来に勝利を託し生きていこう」「愛するため 生きていこう」などが足されて組み立っている。イントロのひとり多重録音のコーラスが完成型にいたっていて、とても美しい。前半の沈鬱な印象から、サビの<すこん>とした明るいイメージへの転換が面白い。ギターの泣きフレーズは、石君の見せ場で、キャニオン時代のエレカシの象徴的な作風になる。この感じは次作『明日に向かって走れ』の【風に吹かれて】や【遠い浜辺】でさらに昇華される。 更新日:2009/11/01 (日) |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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11 | ロック屋(五月雨東京)
| 11 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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11 | 季節はずれの男
| 12 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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11 | 珍奇男
| 12 |
| 一つ前の「GT」が苦手な曲だけに、いっそう珍奇男は輝いて見える。男シリーズの屈指の傑作、エレカシの代表曲にしてライブ定番ナンバー。滑稽にして自虐、自虐にしてシニカル、シニカルにして怒涛の暴発。「デーデ」から出発して、かなりの高見にたどり着いた瞬間を見る。この歌がなければ、おそらく今のエレカシはなかったと思われる。宮本は自分をモデルにして道化を演じているが、それは多分に誇張されていて、しかしそれはある意味自らの内面のマイナス的な吐露である。ゆえに、R&Rの王道としての威風を持つ。机にまでもその存在を問うてみせる道化ぶりは、「無用」ものを簡単に烙印する世間への反歌である。常識を知り、義理人情のなかに生き、しかしそれを必ずしも肯んじえない自分の珍奇を笑い、また心の底から愛おしむ姿。「花男」は戒めであった。「待つ男」は居直りであった。そして「珍奇男」はファルスである。道化の哀愁。まさに太宰治、坂口安吾の登場人物たちを見る思いである。 更新日:2005/12/11 (日) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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11 | ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ
| 5 |
俺の道 (再発売) | 書込み件数 |
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12 | 心の生贄
| 7 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
---|
12 | 風
| 11 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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12 | ふわふわ
| 10 |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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12 | きみの面影だけ
| 0 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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13 | あなたのやさしさをオレは何に例えよう
| 8 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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13 | やさしさ
| 6 |
| 日常の尽きる事のない憂さ。それを乗り越えるための愛。ブルースがラブソングになりうるという、稀有な共存関係を描き出している。歌唱もとても切なく、ラストソング「花男」のザラザラを緩和する、ロマンティックな様相を描いている。エレカシのロマン世界の本領が開花した傑作である。 更新日:2005/07/31 (日) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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13 | おまえと突っ走る
| 3 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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14 | 化ケモノ青年
| 14 |
| 「化ケモノ青年」はただただ勢いである。本人も言っているように、曲のイメージにしたがって書かれたこの曲の歌詞は、内容の一貫性よりも、酒を飲んで月を見て人生を思い、ときに理不尽な要求をふりまわすこの国の男、その男たちが青年期に誰でも輝いていたことを歌っている。宮本が思い描いているのは、滝沢馬琴や葛飾北斎、森鴎外や夏目漱石、などの文人たちの青年期であるわけだが、狂言回しとして曲の前半で行われる会話調で描かれる光景を手がかりに、その青年期の葛藤を美しきものとして歌っている。もちろん家父長制度を称揚しているわけではない。酒をのんでくだを巻く父が、その刹那に思い浮かべているかつての力に満ちた青春時代を、ムネに留めよとそういっているに過ぎない。 更新日:2005/10/29 (土) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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14 | 涙
| 4 |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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14 | 風に吹かれて
| 12 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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15 | Ladies and Gentlemen
| 5 |
| トラック収録にはなっているけれど、いわゆる「つなぎ」、インターミッションだろう。意味としては、「ガストロンジャー」から「so many people」までの夜の歌を終わらせて、朝と覚醒を告げる「コール アンド レスポンス」に接続するための挨拶。革命を告げる鐘の音。 更新日:2008/11/03 (月) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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15 | 優しい川
| 7 |
| 社会の片隅を川のほとりに見る、優しき青年、宮本浩次。優しいのは川であるのか、それとも川の光に照らされた片隅の人を見る彼の眼差しであるのか。ことさらに声高に叫ばないことでより強調されるメッセージ。ミヤジの口笛デビュー作でもある。 更新日:2005/09/19 (月) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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15 | 昔の侍
| 4 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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16 | コール アンド レスポンス
| 9 |
| どんなに権勢を誇っても「いずれ死んじゃうんだぜ」、というのは宮本がデビュー以来持ち続けている、人生への諦観である。この歌では、その諦観を人類全体にまで押し広げて、いずれ死ぬことを「死刑宣告」というセンセーションな言葉で突きつけている。「人生は死という死刑執行までの収監期間である」という名言を残した作家がいるが、それに等しい鮮烈な死刑宣告である。「皆様ご承知のこととは思いますが、発表します、全員死刑です!」。とは、生まれながらにして「死」を宣告されている、人間という存在へのセンセーショナルなアジテーションである。少なからず成功を収めてしまった自分への挑発、「いい気になるな」という戒めが、アルバム『good -mornig』のなかには込められている気がする。宮本は自分自身に対して、「死刑宣告」をあえてしているように強く感じた一曲である。 更新日:2008/11/03 (月) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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16 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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16 | OH YEAH!(ココロに花を)
| 6 |
| これもまたキャニオン時代の作風を典型的にあらわした代表曲。タイトルにもあるように、『ココロに花を』というアルバムの核にあるものを表現するためにつくられただろう楽曲。【悲しみの果て】の世界観を引き継ぎ、さらにそれにキャニオン時代に見つけたメッセージ、「戦うため 生きていこう」「未来に勝利を託し生きていこう」「愛するため 生きていこう」などが足されて組み立っている。イントロのひとり多重録音のコーラスが完成型にいたっていて、とても美しい。前半の沈鬱な印象から、サビの<すこん>とした明るいイメージへの転換が面白い。ギターの泣きフレーズは、石君の見せ場で、キャニオン時代のエレカシの象徴的な作風になる。この感じは次作『明日に向かって走れ』の【風に吹かれて】や【遠い浜辺】でさらに昇華される。 更新日:2009/11/01 (日) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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17 | 地元のダンナ
| 8 |
| 『町を見下ろす丘』の幕開けがこの曲とは誰が予想しただろう。歌詞は宮本の語り節の延長であるが、曲調がとても斬新であたらしい。胸騒ぎのしそうなトミのドラムが印象的である。地元のダンナとは宮本自身の分身だろう。では、地元の坊主は誰か?…きっと、いや間違いなく石君をイメージして作詞しただろうな。それにしても、タイトルもすごいが、曲終わりが「地元のダンナ… 地元のダンナ…」なのも言葉を失いそうになる。悩み抜いて書かれた歌詞をこう言っては何だがとても滑稽である。そして、それが味わい深くもある。そういえば、『扉』のディンドンのつぶやきがここにも登場してくるとは。宮本の中では『扉』の流れが続いていると言うことだろうか? 歌詞を読み込んではじめて気がついたのだが、この『町を見下ろす丘』というアルバムは素描されたような歌詞に見えながら、実に歌と歌のあいだに言葉のつながりが張りめぐらされている。たとえば、冒頭の「ディンドン」もそう。また、ここ数年宮本の中に大きく位置をしめている「歴史」という言葉がも登場している。そしてこの「歴史」の言葉ひとつとっても、中盤のハイライト「シグナル」そして後半の「I don't know たゆまずに」に再び登場している。また、ラストナンバー「なぜだか俺はアyってゐた」に繋がる「素直に生きられりゃあ」という歌詞もさりげなく登場している。 更新日:2006/04/13 (木) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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17 | この世は最高!
| 2 |
エレカシ自選作品集 PONY CANYON 浪漫記 | 書込み件数 |
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17 | 今宵の月のように
| 11 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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18 | ハロー人生!!
| 6 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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18 | 夢のちまた
| 7 |
| エレカシの唯一無二の世界そのものであるのが、3rdアルバム「浮世の夢」である。このアルバムほど全体の一体感を感じられるものは他にない。全体をひとつにするのは、日本情緒と、それを歌い上げる宮本浩次の節回しである。宮本の歌唱が特別なのは、その歌のそこに長唄小唄、浪曲のような、語り節がどこかにあることである。しかし、これがバブル真っ只中に書かれた浮世の狂乱を冷めた目で睨んだ歌だと知ると、その達観の凄まじさを思う。その孤高こそ、まさしくエレファントカシマシという存在。 更新日:2005/12/11 (日) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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19 | パワー・イン・ザ・ワールド
| 10 |
| 前作『俺の道』を継承した唯一つの曲が「パワー・イン・ザ・ワールド」である。ガサガサでザラザラで、がなり声で叫ばれる戦いの歌。自分に、そして世間に、もちろん歴史の流れに対しても、宮本浩次の飽きたらない探求は続く。すなわち克己である。己を超える。もっと先へ、もっと上へ、全身が旅の中で力を失うまで。 更新日:2005/10/29 (土) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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19 | 男は行く
| 7 |
| エピック時代のエレカシの極北アルバムが『生活』である。男うたの歌い手であり、なおかつ一筆入魂の詩人である宮本浩次の目指した文学世界が、『生活』の中にある。その『生活』の幕を上げるのが「男は行く」である。「世間の風は重たいが 俺はやっぱり戦うよ」と歌われるこのうたは、ファーストの「ファイティングマン」と繋がっている。そして、「浮世の風」「世間の重たさ」において「珍奇男」を通過して、 「戦う男」「パワー・イン・ザ・ワールド」までつづいてゆく。克己する思い、不屈の男。ビルを山の姿とダブらせることによって、失った武蔵野の光景のなかに荒野を感じる。その心意気である。ひとり荒野を行く男の戦闘宣言。 更新日:2007/06/09 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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20 | DEAD OR ALIVE
| 9 |
| 洋楽のテイストをエレカシも強く意識しはじめたのだな。そう強く感じた。しかし、歌詞はepic時代を彷彿とさせるような私小説の世界。このギャップの混在にくらくらした覚えがある。epic時代の私小説的文学ロック、cannion時代の叙情溢れる歌謡ロック、そしてガストロンジャーで切り開いた再びの攻撃性と洋楽にも似た歌い上げない乾いた曲調。それがここではうまく混じり合って混沌を描き出している。とにかく、バンドとしての行く末やロックのあり方などを葛藤していた様子が、如実に現れている。しかし楽曲は洋楽然としている。とにかく、ライブバンドとしてのいきおいを取り戻した1曲である。一言一言が、決めゼリフとして成立する。そんな密度が『DEAD OR ALIVE』の楽曲の歌詞にはある。 更新日:2007/12/22 (土) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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20 | お前の夢を見た(ふられた男)
| 3 |
| この痛切な失恋ソングは、男シリーズに数えてもいいのだろうか。飾りけがまるでない、直接的な内容からして、当時彼女にふられただろうミヤジの落胆がうかがえる。「おれはひとり」「ひとりぽっち」。まるで子どものようだ。こうしたやや童子じみたふるまいが、気概ある男の別の一面として愛おしく、女心をくすぐるのであろう。彼女がいてもいなくても、自分はただひとりである。そう実感する後半部で、やや哲学にもどる。そして結論は「まだ見ぬ日々をおれは求め・・・」。飽くなき克己、飽くなき視線。 更新日:2007/09/08 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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21 | 流れ星のやうな人生
| 4 |
| 自分の人生を歌いながら、俯瞰の位置をとり、前のめりの叫びが登場しない、語り節のような曲である。アコースティックな曲の構成は「珍奇男」を連想させるが、内容が180度違っている。 舌足らずなべらんめえ調が何とも味わい深く、飲み屋でクダをまいている中年、もしくは泥酔して家に帰り着いたお父さんのうわ言のような印象である。「夢から夢へと綱わたり いつでも明日を追ひかけ回し」の一節は、自らへの客観視にしてもなかなかそうは認めきれない、的を射た表現である。本当に宮本浩次は「明日」ばかりを求めてやまない生き様であると、私もそう同感する。ただ、「流れ星」のようであるとは思えない。輝きは1等星ほどまばゆくはないが、位置ゆらぐことのない北極星のような、見るものに指標を与えるような星であると私は感じている。「流れ星」のように生き急ぎたいのは宮本氏の理想のようであるが、私はそうはならず、静かな光ながらも位置揺るがず夜空にかがやく星であり続けて欲しい。 いい気になったり、落ち込んだり。自分というものが知りたい、にもかかわらず、直視を恐れて翌日へ翌日へと先延ばしする。そんな心のゆらぎは、彼だけに特別なものではない。誰にでもあるもの。ただ、自分のことを人前にさらしつつ、こうも素直にさらけ出せること自体が非凡の才能なのだ。 最近のリリース・インタビューで、宮本は自分が「天才だと浮かれ立つことがあるが、案外そこらにいる兄ちゃんと変わらない、ふつうの男に過ぎない」というような趣旨を述べていたが、「ふつう」を直視してそのままに表現できることは非凡な才能である。エレファントカシマシが持つ魅力はそこにある。そして、日常の中の「ふつう」が映し出す憂鬱やあるいは希望、はたまた絶望は、それと気づいても認め難いかくしごとなのである。だから、エレカシのなかのそうした素直さはある人にとっては、自身の秘め事を暴露されるようで、居心地悪く疎んじられる。 閑話休題。 この歌は「行きあたりばったり」の自分を苦笑しながら、そうは言っても自分をそうそう変えることなど出来ないし、また深く考えても人知のおよぶところなど知れたものと諦める。にもかかわらず、行きつく思いは「今の自分」を信じること。たとえ「流れ星」であっても、自暴自棄に燃え尽きるようではいけない。そう戒めるようである。 更新日:2006/04/13 (木) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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21 | 東京の空
| 12 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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22 | 友達がいるのさ
| 20 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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22 | 遁生
| 7 |
| 「偶成」のあとに、この隠者のうたが現われるすごさ。この歌の主人公は「生活」から逃げながら、生きることに執着している、そんな男だ。部屋のうちに暮らす無目的を自問しながら、布団やテレビを眺め暮らすことの安楽。彼はふつう一般の生活人としては落伍したものである。しかし、歌詞にうたわれる自問のなかに浮かんだ深淵。金のために何をする?女のために何をする?人のために何をする?それでお前は何処へ行く?それで俺は何処へ行く? これは仙人、哲学者の風貌である。 更新日:2007/06/09 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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23 | 今をかきならせ
| 4 |
| 『町を見下ろす丘』の中で一番いきおいがあるのがこの曲。宮本はこれまでも幾つもの文学者や小説のタイトルを歌の中に読み込んできたが、まさか『平家物語』が登場しようとは夢にも思っていなかった。ただ、「平家の序文にあるようにこの世は夢か」は、『平家物語』の巻頭文言をまちがって理解している。平家の序文は「栄枯盛衰が一夜の夢のよう」と述べているのであって、人の一生が夢のようであるとは言っていない。たぶんそれは「邯鄲一炊の夢」という中国の故事の逸話と混同しているのであろう。あるいは老子の「胡蝶の夢」という逸話。 さて、曲調は今までのアルバムにはなかったものであるが、歌詞の内容はエレカシが常に描き続けてきたメッセージである。頭でっかちに考え込む前に、まずは次への一歩を踏み出せ、それが明日に繋がる。「so many people」や「ココロのままに」、あるいは「クレシェンド・デミネンド」を含んだミニアルバム『DEAD OR ALIVE』などはすべてのメッセージが、「歩き出せ」にある。この「今をかきならせ」もその路線の延長線にある。 「甘き絶望」から「シグナル」まで辿ってきた求める気持ちを、 「何と戦ひ、何を求めて来たのかさへ もう忘れてしまった。」とこの曲では机をひっくり返すかのように、否定てしまっている。「地元のダンナ」と「なぜだか俺はアyってゐた」で結ばれる、素直に自分を生きられないのか?というメッセージにとって、克己のココロが頭でっかちになるのが、邪魔に思えたのかも知れない。そこで、考えてきたことを捨て去る心意気もまた大事である。そう示したいのかもしれない。それにして『平家物語』のイメージの流用であるから、やっぱりミヤジは頭でっかちを抜けられないのだと、私は苦笑してしまう。 しかし、<素直に生きる=今をかきならせ>という表現の仕方に、宮本がいかにミュージシャンとしての自分を肯定しているかが顕れていて、とても好ましい。今の宮本は文人になりたいとはおそらく考えていないのではないだろうか?今までの宮本は、文学や偉人と自らを対照しつつ、どこかでそれになり損ねた自分をすねる感覚が浮かんでいた。今作ではまったくそれがなく、むしろそういうことを捨てて、音楽人生を生きている自分を肯定しようという<陽>の心の志向が見られる。 「今をかきならせ」は「夢も希望も」の一節で「甘き絶望」と、また「浦島太郎」で「I don't know たゆまずに」の「おとぎの国に逃げ出したい」と連関している。 更新日:2006/04/13 (木) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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23 | 曙光
| 7 |
| アルバム『5』に屹立する大作。7分16秒を費やすに足る、大きなこころざしとその熱い思い。「あああぁぁぁ」宮本の大きな叫びは、自らの克己とともに聴くもののこころを揺り起こす。朝焼けに立つ男が抱く感懐。タイトルのより所であるだろう、ニーチェの著作のイメージを引用するような、広大な宇宙を感じさせる曲。夕方と夜歌の歌い手である宮本が、あえて朝を主題にした初めての歌。けだるいギターと単調なメロディのなかに、血潮燃え立たせる若き男の再起の姿が浮かぶ。「ふられた男」にもあるように、3年つきあった彼女との決別に迷っていた宮本が、朝の旭日にふたたび己れを奮い立たせる気概。「あああぁぁぁ」、憂鬱へのため息とも聞こえ、あるいは奮い立つ思いの雄叫びとも聞こえる。この壮大な曲の広がりは、「東京の空」や「地元の朝」へとつながってゆく。 更新日:2007/12/22 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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24 | 生命賛歌
| 13 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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24 | 男餓鬼道空っ風
| 4 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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25 | 地元の朝
| 10 |
| 「地元の朝」はドキュメンタリーのように、赤羽の実家に帰省する宮本浩次の私小説的独白につきている。これほどまでに、自分自身の私生活と内心をオブラートにくるむことなく、誠実に歌ったうたが日本にどれだけあるだろう。静謐であり、しかし年を重ねても親に向かえば一人の子供に戻らざるをえず、されどやはり死を前にした親とかつての親の年に近づく自分とを意識する葛藤は、沈鬱である。その沈鬱さが最後半の「心の虹」によって解消される。「できるはず できるのさ」という独白が、内省を希望に変える。 更新日:2005/10/29 (土) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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25 | 石橋たたいて八十年
| 9 |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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26 | so many people
| 10 |
| 「good -mornigバージョン」と名付けられた、シングルとは別アレンジの「so many peple」。「ガストロンジャー」「武蔵野」と並んで屹立する名曲。ヒットによって手にした大金で、はじめて得たスポーツカーの運転。高速道路を文明の利器で疾走してはじめて得た感覚が、この歌の中につまっている。エピックソニー時代の売れない鬱屈を突き抜けて、<瞬間>のよろこびの中の<革命>を見つめている。定めなき世の定め、かりそめでもいいよろこびを。願うことのなかのレボルーション。 更新日:2008/11/03 (月) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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26 | 寒き夜
| 8 |
| 老成をして鳴らしたエピック時代のエレファントカシマシ。その粋(すい)とも呼べる一曲がこの【寒き夜】である。題材はまったき平凡な日常である。火鉢と古地図がある光景をのぞけば、誰にでもある冬の一日であるが、その小さき世界の大きさ。枕元の読み途中の本の山、タバコを切らして外へ出ればちんちんに冷えた真冬の空気。手を袖口にすぼめながら早足に町へ出る。そして、家へと帰り着くと、ふるさとのようにわれに親しい。暖房器具に火を入れ、ようよう温かくなるところへかじかんだ両手をかざす。これがバラードのなかに歌われることの感涙。短き一編の叙情。寒き夜に親しきものは我が家なりけり。我が家とは故郷であり、また恋人であり、家族であり、故国であり、誰もが帰る場所の謂いにちがいない。 更新日:2009/11/22 (日) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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27 | ハローNew York!
| 7 |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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27 | 晩秋の一夜
| 6 |
| 人生とは「邯鄲一炊の夢」。中国の故事を下敷きにしたであろう歌。人はいずれ死して屍(しかばね)になるのみ。そう知った男の前に広がる余生。何をしても、何を手にしても、それは酔夢のごとく消えゆく。ならばいっそ秋の虫のように、季節のなかに死ぬのが潔さ。そう思いながら、秋を過ぎて生きながらえる虫の音に、哀れを感じながら、我が身の余生の希望を浮かべている。秋を過ぎても死ねぬ虫に主人公はわれを仮託しているのだ。もののあはれ。人生のみじかさ。秋は物思うころを歌った名曲である。 更新日:2007/06/09 (土) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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28 | イージー
| 5 |
| 「イージー」。この曲もサビが不思議である。「結論 結論」というリフレイン、これをサビにした歌謡がかつて存在しただろうか?そして、「真冬の雲」と「真夏の空気」から心地よさを探しに旅立つ歌であるが、なぜか「結論」は「もっと もっと あなたを知りたい」なのである。この歌はつまるところラブソングなのである。自分の好きな風景と景色を巡り、男と女のイメージを巡り、死と生の紙一重にたどり着き、思う相手を知りたいと思うところに着地する。「死は今もここに共存している」これが結論。 更新日:2005/10/29 (土) |
エレカシ自選作品集 EPIC 創世記 | 書込み件数 |
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28 | 待つ男
| 8 |
| 「男」シリーズの傑作のひとつ。自虐、屈折、破壊性、シニシズムの暴発力。…にして、富士に太陽、浮世絵の光景である。聞くもののこころをザラザラ、ザクザクにしてやまない、喚起の歌。そして歓喜の歌。「誰も俺には近寄るな」という孤高、「何をあわてて無様にこける」自分への客観。宮本スキャットらたとぅ、らたとぅ、たぁあ、らたとぅ、らたとぅたあ、に痺れる。 それにしても曲なかばの「長い」はどういう意味があるのだろうか? 更新日:2005/09/19 (月) |
エレカシ自選作品集 EMI 胎動記 | 書込み件数 |
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29 | シグナル
| 6 |
| アルバムの中心曲にして、エレカシ節の色濃い<聞かせる>バラード。このアルバムの中で一番言いたかったことが、この中に凝縮されている気がする。日常の景色。日々に惑う自分。いつか目指していたものを手にしたい、克己のこころ。「いつかあの空ひとりじめ」とはかなり大きな言葉である。「どのみち俺は道半ばに命燃やし尽くす」の心意気は「すまねえ魂」同様に「パワー・イン・ザ・ワールド」で歌った、死ぬまで進み続けたい思いそのもの。「悲しみの月日が新たな歴史のシグナル/今から始まる未来のあなたのシグナル」の大サビは、聞くものの悲しい過去を肯定してくれるやさしい言葉である。この歌の中でも宮本は「俺」という自我と、「キミ」と自らを呼び直す客観とを使い分けている。 この歌の中ではじめて、アルバムタイトルのモチーフとなった町を見下ろす丘の風景が登場する。リリースに伴うインタビューによれば、宮本は歌に登場するように実際に町を見下ろす丘の上の家に住んでいるとのこと。つまりは心象風景ではなく生活風景を歌のなかに読み込んでいる。これは「背伸び」ではなく「等身大」を描きたいという、今作での宮本の意志をつよく表したものではないか。 「シグナル」では歌の背景はすでに暮方から夜になっている。そして、「理想の朝」で登場し、「甘き絶望」で夕景に取り残されていた子供は、公園からいなくなっている。…と思ったら、景色は雨上がりの昼のビル群。はたまたかつての追い求める「キミ」(自分)の姿を見る。そう、この歌はシーンが夜になったり、昼になったり、あるいは過去へさかのぼったり、とにかく忙しい。それもこれも大サビに用意されたカタルシスに到るためのプロセスなのであるが、とにかく走馬燈のようにめまぐるしい。 余談であるが、新春ライブの仮歌ではもう少し違う歌詞で歌われていた。「人が師走の町にまぎれがち」という一節や、「みっともねえものだぜ 人の心のなかには 枯れても枯れぬひとひらの花が咲く」という一節があったが、これはまったく捨てられてしまったようだ。そして、新春ライブでは大サビは「悲しみの月は新たな歴史のシグナル/今より素敵なあなたの未来のシグナル」と歌われていた。私はどちらかといえば、書き換えられる前、新春ライブのほうが心にフィットしている。 余談つながりでもうひとつ。この歌の後半の歌詞には事実にあやまりがある。それは「今宵の月が満ち欠ける」である。厳密にいえば少しの満ち欠けはあるにしても、一般的な常識からして、月は一晩のうちには満ちたり欠けたりはしない。それでは月齢をカレンダーとして使用する太陰暦が成り立たなくなってしまう。月は15日をかけて満ち又15日をかけて欠けるのが一般の認識。ゆえに満ち欠けは15日単位である。 更新日:2006/04/13 (木) |
30 | 武蔵野
| 6 |
| ずっと温めてきた言葉をやっとタイトルにしたすばらしいバラード。ここでは、打ち込みとエレカシの叙情の世界観が無理なく統一されている。それゆえ、ライブの定番となりうるその要素が詰まっている。この「武蔵野」の世界観はepic時代にもあり、キャニオンの時代にもあり、EMIの時代にも健在である。そしておそらくは、彼らが青春を過ごした荒川土手や赤羽台や埼玉古墳群の風景と重なって、ずっと生き続けていくのだろう。人は「武蔵野」は思い出のなかに消えたというけれど、胸の中に生きているものは、死に絶えることはない。思いのなかで耀きつづける景色、恋、青春を胸に大切に抱いてゆこう。そんな歌である。 更新日:2008/11/03 (月) |
31 | I don’t know たゆまずに
| 4 |
| エレファントカシマシというバンドは出すアルバム1枚1枚によって、これでもかというほどの変化をくりかえし、そのさまざまな様相を見せるが、近作のここ数枚における変化はすごい。本人たちは中年の自覚を口にして、「ふつう」に収りながら歩むべしと掲げるが、どうしてどうしていつも前作の殻を破って新しい風を巻き起こす。 この曲もまた新境地の開拓といえるだろう。タイトルは前作『風』の「今だ!テイク・ア・チャンス」に習った、英語交じりの日本語タイトル。しかし、「 I don't know」と「たゆまずに」のつながりがおぼろで、意味が判然としない。「 I don't know」はつまり直訳「わからない」ということだろう。そして「たゆまずに」とは「緩みなく。油断なく」。というような意味である。これを繋げてみると、「何だかわからねえけど、万事怠りなく」という意味にでもなるのだろうか? 曲の内容は同アルバム収録曲の「今をかきならせ」に共通した意識である。前に進もう!というメッセージを主題にしている。それから、この曲も「シグナル」と同様にアルバム内のさまざまな曲とつながっている。たとえば「おとぎの国」の下りは、「今をかきならせ」の浦島太郎に呼応している。「とびらをあけりゃあ/外は、雨模様」は「雨の日に・・・」の風景と繋がっている。また扉を開けるというシーンは、『扉』の「傷だらけの夜明け」の「もう僕らは扉を叩いてしまった」と連続している印象を受ける。「古への丘」は、当然アルバムのモチーフである町を見下ろす丘であり、「シグナル」と繋がっている。と同時に、その表現からして『good-morning』の「武蔵野」に登場する「武蔵野の坂の上」と地続きである。そして、冒頭曲「地元のダンナ」で登場した「歴史」が自らの人生の謂いとして再登場する。「季節はづれのラヂオソング」は言うまでもなく『俺の道』の「季節はずれの男」とつながるイメージがある。この曲の景色は、進むも地獄戻るも地獄という、悩ましい状況から始まる。そこで「おとぎの国」へ逃げたいとか、過去へGOとか、腰の引けた言葉も登場するけれど、「もういいや、いまはもうそんなこと」と吹っ切ってみれば、扉の外に「晴れた空」があるという希望の結末がある。変わりはてた丘と、自分自身の人生(歴史)をかさね合わせる部分は、中年という年齢に達した男の深みを嫌がおう感じる。 「理想の朝」「シグナル」「雨の日に・・・」と並んで大好きな1曲である。 更新日:2006/04/13 (木) |
昇れる太陽 | 書込み件数 |
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1 | Sky is blue
| 2 |
| 宮本のスライドギターと打ち込みのドラムからはじまる。『昇れる太陽』の幕開け。ド・アタマから「昇れる太陽」である。輪廻。光。曲調はブルースだが、どうしてか【理想の朝】がダブってくる。がなり声になる一歩手前で押さえているものの、この曲の衝動はあの『俺の道』のドシャメシャな感じを確実にひきずっている。「ひきずりまわす」っていう表現も、まさに【ハロー人生!!】の印象的なフレーズであるし。「俺に昇れる太陽」とは「町を見下ろす丘」に昇る朝日のような気がする。この曲の凄さは、これまでの色々なアルバムの色を詰め込みながら、『STARTING OVER』の次回作の立ち位置にあること。つまり前進して一歩も後退していない。過去を肯定して受け入れているが、過去の焼き直し、懐メロではない。その気概だ。『STARTING OVER 』のやや力みすぎな【今はここが真ん中さ!】よりももっと伸び伸びしている。オープニング曲として制作したわけではなさそうだが、アルバム1曲目に鎮座して間違いない。【曙光】とは対照的に【Sky is blue】は冒頭にぴったりな曲である。 更新日:2009/04/30 (木) |
2 | 新しい季節へキミと
| 4 |
| 「笑顔の未来へ」から続く、わだかまりのない<前向き>ソング。キャニオン時代につくられた数々のヒット曲と同種にとられがちだが、あちらは意識的なヒットを狙ったマーケティングな作為があったが、A&Mへの移籍後の明るい曲調は宮本自身が気持ちそのままを歌っている曲調である。だから、単に明るさだけと捉えるのは間違いで、『俺の道』『扉』『町を見下ろす丘』などの克己・迷走の時期を抜けて、暗いトンネルを出た開放感のように感じる。
歌詞の世界を分析すれば、本人がプロモーションで何度も語っているように「光」に関する歌である。「みんなが言うほどそんなに世界は悪くはないぜ!」。世界や社会が閉塞に包まれてゆく状況でそう口にすることは、現実を見ていない、空想的なキレイごとと受け取られる危険もある。だが、実はそちらをあえて選ぶのも、ある種の反骨精神であると私は思う。
「ここからはじまりのグラデーション」とは自分自身、また支えてくれたファンに向けて、未来の可能性を信じようという高らかな宣言だろう。
曲に関してはすでに数年前からストックされていたものだというから、おそらくは『DEAD OR ALIVE』~『扉』のあいだに作りためたという200曲くらいのなかから、選び出されたのではないか。 更新日:2008/11/03 (月) |
3 | 絆
| 5 |
4 | ハナウタ~遠い昔からの物語~
| 5 |
| アルバム『昇れる太陽』の核となる歌はこれだと思って間違いない。これを曲順の真ん中に持ってきたのは、集中力のあつまる冒頭でもなく、何とはなしに勢いのある曲を集めやすいアルバム後半でもなく、飾りも衒(てら)いもなくど真ん中、アルバムの中盤に打ち込んだ印象を受ける。
この歌は普遍的な物語ソング。この歌には「絆」とは違って、仲間やファンへのメッセージのような多相性はない。むしろ直球で男と女の恋歌に挑んでいる。それが逆に新しい。しかも、神話的というか、草紙的と言おうか、メルヘンなのである。
曲の冒頭と曲の最終盤で同じフレーズ「遠い昔からの物語」と告げる。これは恋愛が延々とつづいていく、人の営み、くりかえされる物語の一編そしてその連作であることを暗示している。登場してくるイメージはお姫さまと王子さまの物語のようでもあり、長年連れ添った夫と妻の物語のようでもあり、新緑の街をはじめて手をつないで歩く学生のカップルのようでもある。そのイメージの広がりを支える歌詞がすばらしい。
【笑顔の未来へ】と同じように、創作の神が宮本に乗移ってつくらせたのではないか、とそう思わせるほど、今までのエレカシになかった新しい作風がある。2番が終わった後の大サビへのブリッジが泣かせる。抜けられない過去を引きずっていた主人公たちが、突如として物語の意味に気づくのである。
蔦谷好位置の名アレンジに賞賛を。 更新日:2009/04/30 (木) |
5 | あの風のように
| 3 |
| アレンジはキャニオン時代のようなバンド・サウンド。メロディはどことなく『扉』の【イージー】に通じているような気がする。つまり、あの楽曲量産時代のストックのなかから引っぱりだされた曲なのかな、という感じがする。このアルバムのなかでは珍しく宮本の個人の私小説的な歌である。その意味では『町を見下ろす丘』に入っていてもおかしくない曲である。しかし、サウンドが聞けば聞くほどキャニオン時代に似ている。にも関わらず、歌詞があの当時のラブソング、ラブソングしていない。最後にはご丁寧にセリフ詞も入れて、まるで『風』の【定め】か『DEAD OR ALIVE』の【漂う人の性】のようである。 しかも歌詞が完全に解放されている。死でもなく、自虐でもなく、まして世間への皮肉でもない。「風のように」生きられたらよいなと、本気で、さらりと唄っている。
初披露は2008年10月JCBホール公演の2日目。軽くワンフレーズ弾き語りだった。レコード会社からは止められてるのに、衝動的に一節歌ってしまったような、そんな感じの歌い方だった。アルバムではじめて全貌を知ったのに、なぜか聞きなじみのある楽曲に感じてしまっている。 更新日:2009/04/30 (木) |
6 | おかみさん
| 4 |
| 曲名タイトルだけを聞いたときに、ずいぶん心配した曲だが、そういう偏見をぶっ飛ばされた革命的な1曲。こんな珍妙奇天烈な歌詞はだいぶ聞いたことがない。いや、奇天烈のための奇天烈はいろいろなアーティストが展開しているが、まるで『鉄腕アトム』が描いた未来のような、懐かしさのただよう不思議な未来予想図である。テクノロジーが進んだ近未来の主婦の家事、しかも布団干し限定である。
布団干しは寝具の湿気をはらい消毒をするだけでなく、日光に当てることによって寝具がどくとくの日差しの匂いを吸い込む、その心地よさをうまく取り込んでいる。アルバムを通して画がかれている「太陽」のイメージである。滑稽なのは、宮本浩次が描いた近未来図のちょっと古いくらいのテクノロジーの予測ではなく、おかみさんとおやじさんの夫婦絵図である。「おやじさんあんた進歩しねぇえな」って、ひどいけれど真理をついている気がする。テクノロジーに人間の情が乗り遅れるところが、微笑ましく、また頼もしい。
サウンド面でもかなり斬新だ。曲調は【FLYER】のようなゴリゴリの骨太サウンド。曲が進むにつれて少しずつ華やかになり、後半にはエレカシ史上初と思われるパーカッションが登場する。 ラテンフレーバーなのである。もしかして地球温暖化だからラテンなのか?!
ラストフレーズが「おかみさぁぁぁん」なのもちょっと衝撃的である。もしかしたら【歴史】のサビ「歴史ぃぃソング」以来の度肝を抜かれた楽曲だ。曲名だけ見たら、それこそ新橋の酔いどれオヤジが間違えて購入して、家で聞いて腰を抜かす、そんな微笑ましい想像をしてしまう。宮本さんあんたどんだけすげぇ想像力なんだ。化ケモノ青年だよ、あんた。 更新日:2009/04/30 (木) |
7 | It’s my life
| 3 |
| ローリング・ストーンズの「サティスファクション」に似たリフ、間奏の「四月の風」「あなたのやさしさを俺は何に例えよう」に似たリフなど、随所に意匠がこらしてある楽しい曲だ。「Still life」といい、「It's my life」といい、ストーンズへのリスペクトがあるのは間違いない。
エレカシのドライブソングには<はずれ>がすくない。この曲もそのひとつだ。 首都高が舞台ということを照らし合わせれば、どうしても『good-morning』のなかの「so many people」や「good-morning」を連想してしまう。数字をカウントする独特の作風もあって、首都高環状線を2時間もドライブしているという景色がわかる。「彼氏」という単語があることからして、彼女のいる独身男性のドライブだという状況が設定されている。なのに、助手席に彼女がいないのはなぜだろうか?
「労働と恋のエブリデイ」から想像すると、仕事を終えて帰ってきてから真夜中のドライブに出ているのかもしれない。だから、仕事のことや恋のうまくゆかない悩みを抱えながら、首都高を飛ばしているのかもしれない。 「あいつとならどこまでも」「例えば海まで一直線」とあるにもかかわらず、首都高環状線を2時間も回っていることからして、彼女や友人と会えない思いをドライブのなかで発散しているようだ。
「高く 強く 飛べ」とは、なかなかストレートで力強い歌詞だ。打ち込みのリズムと言い、詰め込まれたHip-hop調の歌詞といい、日比谷の野音で久しぶりにやった「真夏の革命」に触発されたのかな、とも思ってしまう。
-アルバム収録分・追加記述-
シングルB面ではあれほど力強い楽曲だったのに、【おかみさん】の次に並ぶと、ほほえましいくらい爽やかな曲に聞こえる。【おかみさん】の世界というのは、真夜中のドライブのまにまに頭をかすめた空想なのだろうか。シングルだとあれだけ気になった、いろいろなオマージュがアルバムの中だとほとんど気にならない。
更新日:2009/04/30 (木) |
8 | ジョニーの彷徨
| 2 |
| 打ち込みサウンドを全面に展開した楽曲。しかも、タイトルを見てもわかるとおり、「まぬけなJohnny」の続編だと思われる。にもかかわらず、ジョニーの表記が変わってる。おそらく、そこまで気をつかってなかったんじゃないかと思われる(何しろ、ほかにも英語表記がいっぱいあるから、わざわざカタカナ表記に直す必然性はない)。また、アルバム冒頭曲「Sky is blue」と繋がっていることは「燃え盛る太陽」「窓の外はスカイブルー」などの歌詞からも類推される。
つまり、「Sky is blue」と「ジョニーの彷徨」は一対になった作品だと思われる。歌詞の内容は【すまねぇ魂】だなあとつくづく思う。『昇れる太陽』というアルバムの背後には『町を見下ろす丘』という作品の存在感を強く感じる。
バック・トラックはどことなく【パワー・イン・ザ・ワールド】に似ている気がする。そう言えばあの歌詞も「何度目の太陽だ 何度目の月だ」であるから、『昇れる太陽』とまったく無縁ではない。しかし、歌詞の印象としては【曙光】を連想してしまう。
そう言えば、「太陽」を唄ったアルバムと言えば、【曙光】を収録している『5』である。 『昇れる太陽』はユニバーサル版の『5』としての位置づけなのかもしれない。 更新日:2009/04/30 (木) |
9 | ネヴァーエンディングストーリー
| 6 |
| 弾き語りでマイナー調。 【ジョニーの彷徨】の流れを受けていることもあるが、前作の【こうして部屋で・・・】【リッスントゥザミュージック】などの悲恋を引き継いでいる気がする。歌詞はそれなりに明るいのに、曲調が沈鬱という、こころ引き裂かれるような痛切な思いが込められている。静かな語りの歌であるだけに、宮本浩次の声の魅力が存分に発揮されている。アルバムのなかで唯一といっていい影の部分を象徴している。 更新日:2009/04/30 (木) |
10 | to you
| 3 |
11 | 桜の花、舞い上がる道を
| 7 |
STARTING OVER | 書込み件数 |
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1 | 今はここが真ん中さ!
| 4 |
| レコード会社の移籍が決まり、さらに新しい第一歩としてのシングルリリースが決まってから、アルバムの方向性は決まっていたのだろう。わかりやすく力強いメッセージと、宮本のメロディ・センスを活かした楽曲制作とアレンジ(この曲のアレンジはすべて蔦谷好位置の仕事らしい)。それを1曲目から如実に示している。 ホーンセクションが加わったアルバムトラックは、08年新春に披露されたバンドのみの演奏とはかなり印象がちがう。何だかパワーポップか、AORを聞いているような不思議な気分になる。勢い込んだ宮本のカッティング・ギターも印象的である。ポップではあるけど、歌詞といい歌唱といい、とうてい流行とは呼べない無骨さが、何とも言えない。曲の印象は「今をかきならせ」と地続きである。もしかしたら「今」シリーズの誕生なのか? 更新日:2008/02/02 (土) |
2 | 笑顔の未来へ
| 7 |
| シングルカットもされた渾身の1曲。力強さ、アピール度でいえば、新しい楽曲群のなかでも頭ひとつもふたつも抜いている、すばらしい名曲だ。新生エレファントカシマシの「未来」を奏でるラブソングと呼んでもいいのではないか。 この曲のすごさは過去の思い出と今の音楽を重ねあわせ、さらに「涙のテロリスト」と呼ぶ恋人を「笑顔の未来へ」と導こうとする力強い意志だ。こんなにも前向きな歌はおそらくなかったはずだ。しかし、「俺はいつか臆病な道を選んであなたを悲しませたの」、という自分への克己も忘れない。曲先で楽曲制作をするという宮本が、この歌ばかりはメロディと歌詞がほぼ同時に出てきたというからも、これは天から降りてきた曲に違いない。そう信じたくなるほど、歌詞とメロディの進行が絶妙にマッチしいる。 胸騒ぎのギター・リフからはじまり、力強いリフレインのラストまで、時間の流れを忘れるほどここちよいメッセージが伝わってくる。「俺たちの明日」は今までのエレカシの集約的なものだとしたら、この曲はあたらしく見えてきた光をうまく掬いとってカタチにした作品だ。 いわゆる数量的なヒットにはならないだろうが、聞いたものの胸をクリティカルにヒットする、適打となるだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
3 | こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい
| 3 |
| エレカシの歌分類のなかには、「部屋」ソングというものがある。古くはセカンドアルバムの「自宅にて」、『生活』の「遁世」、「DEAD OR ALIVE」やずばり「部屋」という曲もある。つまり卑近な数メートルの生活の範囲を、歌世界として成立させる手腕のなせる業(わざ)である。 世界観はミニアルバム『DEAD OR ALIVE』に通じているが、出口は『愛と夢』のような恋愛にまるで弱い男の泣き言である。そういう意味では、『愛と夢』『good-morning』の失恋ソングにつながる作品だと思えば、理解できる。恋愛を歌うと、節を曲げたようになじるファンがいるが、それはまったくちがう。宮本はファーストの「やさしさ」からはじまって、ずっと恋愛をテーマにした歌を作っているし、その多くは男の弱い泣き言である。強さと弱さの絡みあいが、揺れるココロの振幅とシンクロして、『starting over』というアルバムの多様性を映す。 中年になって、散らかった部屋にいて、愛しい人を痛切に思うのは笑いばなしではない。誰かにそばにいて欲しいという思いは、強さの裏腹の弱さだろう。ならば、この死を待つ気持ちは「笑顔の未来へ」も繋がっていく。そうにちがいない。 メロディは「シグナル」に似ており、ギターのリフの感じはどことなく「孤独な旅人」のイメージが重なる。しかし、味付けがたっぷり効いているので、いわゆるエレカシ4人のバンドサウンドを飛び出している。突然ブツ切れる終わり方に曲を突き放す「死」の印象を受ける。ただ、その突然の終焉が次曲の「リッスントゥザミュージック」の淡い物語をいっそう際だたせる。 更新日:2008/02/02 (土) |
4 | リッスントゥザミュージック
| 2 |
| アルバムの中盤を構成する失恋パートのもっとも淡い恋歌。宮本はひとつ前の「こうして部屋…」のほうが泣けてくるようだが、私はこの別離の歌の方が悲しい。 「別れの気配を感じていたのに 明日の約束を重ねていた」 悪意でもなく、嫌悪でもなく、歩くべき方向が違うというどうしようもなさで、たとえようもなく突然に終わってしまう、悲しい恋愛の終局が歌われている。思う気持ちはふたりとも変わらないのに。明日をかさねればかさねるほど、別れに近くなる。だから音楽に癒して欲しい。音楽にふたりの別れをなんとか救って欲しい。その思いが「まぬけなJOHNNY」に突き抜けてゆく。 名曲である。あまりによい曲には差し挟む言葉も少なくなる。 更新日:2008/02/02 (土) |
5 | まぬけなJohnny
| 8 |
| この曲の感じは「真夏の革命」の後継である。メロディ・ソングではなく、トーキング・ブルースである。「俺」は結婚を迫られたことに動揺して、なんとか有耶無耶にしようとして、そうしきれずに相手の女の子に飛び出されてしまう。書き置きの「ごめんね」のセリフ詞にものすごいリアルな情感がこもっている。飛び出されてはじめて悪かったとおもい、走り出す「俺」の不様を、笑い飛ばすように「Johnny.B.Good」のオマージュ的なコーラスが入る。メンバーのコーラスが入るから、ブルースが少しだけ悲しみの色から薄まって見える。ブルースのルーツを辿った連作映画『Blues Movie Project』の中で、何人ものブルースマンが口にしていたのは、ブルースとは日常生活のなかの憂鬱であること、そしてその中でもいちばん身にしみるブルースは失恋であるとのこと。 その意味で、この歌は実体験をもとにしたリアリティのあるブルースソングであり、物語として普遍化しえたために、私小説を抜け出している。 更新日:2008/02/02 (土) |
6 | さよならパーティー
| 5 |
| シングルとアルバムでは、直前の曲のイメージがまったく違うので、受ける印象がまったく異なる1曲。アルバムのなかでは失恋の痛手を引きずる歌詞のような印象である。しかし、シングルの並び、「俺たちの明日」の直後に並ぶと、「消えないココロの古傷」は失恋ではなく人生の挫折の意味として響いてくる。 この歌にはひとつの疑問がある。「さよなら!」「パーティー」であるのか、「<さよなら>バーティー」であるのかである。宴会に別れを告げるのか、別れの宴席なのか、それによって全然意味がちがってくる。私は前者の意味、宴席を抜けて孤独のうちに自分と向き合おうという歌だと理解している。この歌における「パーティー」は、「序曲「夢のちまた」」の「夢」と同じ意味、経済的な成功や実態以上にふくれた価値に向けられた比喩だと想像している。 「ココロってやつは誤魔化せねえな」というつぶやきに重みがある。どんなに成功し、活況にわく町に立ったとしても、自分のココロを裏切るようなことをしたら、人生の充実感なんて味わえやしない。古キズが「失恋」であるのか「挫折」であるのかは、聞き手の状況しだいなのだろう。 更新日:2008/02/02 (土) |
7 | starting over
| 3 |
| あたらしいエレファントカシマシの門出を歌うのは、ドライビング・ソングである。車に4人が乗り込む効果音から、曲がはじまる。そこでどうしてもイメージしたのは、アルバム『good-mornig』である。 あのアルバムは、宮本の個人作業で楽曲制作から録音からライブまでをしきってしまう、バンドの入る余地のないワンマン作業であった。それは運転免許を取得して、宮本がひとりでポルシェを乗り回すの行為に似て、高揚感のうちで行なわれた。ただ、それゆえバンドとしてのエレカシが酸欠気味に頓挫していた。しかし、今回は4人が車に乗り込む音がある。つまりそれがこのアルバムの核であり、そしてあらたなる旅立ちの宣言でもある。一人旅ではなく、四人旅であることの宣誓である。 (ツアーの移動中やドライブなどで)自動車で音楽をわけあって、思いを重ね合っているエレファントカシマシを歌に描いている。これは直截的に「星の降るような夜に」を引き継ぐ作品である。かつてあの中では「長い坂道」を歩こうと歌っていた。そして、この作品の中では「木陰で小休止」「夕立のあと」再び走りだそうと歌っている。「小休止」や「夕立」という言葉に含意されている思いには深いものがある。宮本は車を走らせていたころのメンバーとの温度差を反省しているのだろうか。とにかく、ここ最近のメンバーを包み込むような視線はやさしげである。石君の頭をはたいても、その手に尖った勢いはない。 「starting over」は今までいろんな楽曲のなかで描いてきた景色を並べている。遠い空、青い海、変わり果てた町、浜辺、夕景。なかでもサビでくり返される「夕景」には、「シグナル」で描いた宮本の中年としての自覚、若さとの決別のイメージを強く受ける。それを越えて四人でまた走り出したい。今度は一人ではなくきちんと四人旅である。なんだか、嫉妬したくなるほど仲のよい弥次喜多道中である。 更新日:2008/02/02 (土) |
8 | 翳りゆく部屋
| 3 |
| エレカシ史上初のカバーソングである。宮本浩次もバンドのメンバーも、アルバム制作当初にはこの楽曲をカバーソングとしてCDに刻むとは、思いもしなかっただろう。…というのは、プロモーションのインタビューや対談で、2007年野音でカバーしたときに予想以上の反響があって録音をしてみた、と言っているからだ。宮本のなかでは収録ありきではなく、アルバム制作をもりあげるための研鑽の楽曲としてこの歌を録音して見たような気がする。つまり意識としてはOUT TRACKになるだろう録音(そのうちにベストや編集盤におさまるかもしれないもの)、と考えていたような節がある。 ただ、あまりにもこのカバーはすばらしい。外すには惜しい出来映えである。だから、今回このアルバムに収められて、多くの人の耳に触れる機会をつくったことに喝采したい。 荒井由実の楽曲のがっちりした世界、それを壊すことなく、しかし女歌から男歌に転じている印象を強く受けた。人生におけるある<耀き>を失った女性の心象風景。どうあがいても帰らない<過去>。それを宮本の太い声で表現すると、たんに恋愛のそれではなく、失われたものへのノスタルジーと、すべてのものは経年に老いて色を失うという「寂滅」の諦観がある。 それを思えば、「昔の侍」を近しく置く。また、失われた恋愛への回顧、青春への郷愁ということでは、「さらば青春」がほど近い。 はじめてのカバーであり、バンドのもつ色合いとはやや異なるライターの作品だが、言葉や世界観を静かに感じれば、違和感なく受け入れられる。このカバーの成功を思うと、いつかカバーアルバムという力業にも挑戦して欲しくなるのが、人情ではないか。 更新日:2008/02/02 (土) |
9 | 冬の朝
| 5 |
| 一聴してすぐに『奴隷天国』のなかの名曲「寒き夜」を思い出した。アコースティックな曲想も、身を凍らせるような空気感も、似ているからだ。ただ、この歌はアルバムのなかで唯一、とてもきれいな恋のいち風景である。神社を抜けて駅へと歩くふたりの様子は、どことなく「月夜の散歩」、「ふたりの冬」とも重なってくる。しかし、この歌のなかのふたりはどうしてか学生時代の男女のような、若く甘酸っぱい匂いがする。 短いが万感の淡いしあわせがある。「寒き夜」「月夜の散歩」あるいは「ふたりの冬」と並べて味わいたい。 更新日:2008/02/02 (土) |
10 | 俺たちの明日
| 5 |
| 「がんばれよ」と上から見下ろした物言いが大嫌いな宮本。彼がふんばる男たちにかけたい言葉は、「がんばれ」でなく「がんばろうぜ」だったということの深み。たった3文字の違いが、共感できるかできないかの違いを生む。「がんばろうぜ」には連帯意識があるのだ。決して、相手だけに努力を強いるもの言いではない。そこにやさしさがある。「さあ がんばろうぜ」の前には、「俺もがんばるからお前も」という無言の語りがある。 友達思いの歌は、「星の降るような夜に」からはじまって、名曲「友達がいるのさ」を通過して、「俺たちの明日」に到着した。ここでは彼我(ひが)の境界を越えて、「俺たち」という連帯を目指す。渋谷陽一が『bridge』の対談で指摘したのだが、「俺たち」といいつつも、歌い上げる人生の変遷は宮本浩次のくぐった40年である。そこがやや<我田引水>的で微笑ましい。 年代を数える歌というものは、エレカシが開拓したあたらしい表現方法ではないかと思うのだが、それを「俺たち」の歌にすべく、応援メッセージにしたところに感服する。ものすごい存在感を放つ力強い歌である。それゆえに、他の歌との連携は悪い気がする。シングルとしては、一大応援メッセージを高らかに歌い上げた楽曲になったが、残念だがアルバムのなかでは、やや浮いてしまった印象を受ける。ここはむしろ「風に吹かれて」か「桜の花、舞い上がる道を」のがよかったかもしれない。 更新日:2008/02/02 (土) |
11 | FLYER
| 8 |
| 『町を見下ろす丘』とは印象がガラリと変わった『starting over』であるが、曲と曲のあいだで共有されるキーワードの使い方が、とても似ている。 たとえば「オレは右 オマエは左から そうしていつの日にか落ち合おう」というのは、「リッスントゥザミュージック」や「まぬけなJohnny」の別れのイメージを受けて描かれている。そして、これまでの楽曲イメージを重ねるような言葉の使い方は前作でつちかった表現である。「溢れる熱き涙」とは、誰でも気がつくだろうが「今宵の月のように」のそれである。「聞こえるだろう 日々のメロディー」の「メロディー」は、「友達がいるのさ」のそれや「笑顔の未来へ」の「輝くメロディー」と重なってイメージされる。同一アルバムにおける歌詞中のキーワードの共有、それから既成曲中の印象的なキーワードの引用は、『町を見下ろす丘』で開発したすばらしい方法論でありそれが、今回もうまく機能している。キーワードがあれば、長く語らなくても自然と奥行きが作品にそなわってゆくということを理解したのだろう。この作法は、短歌や俳句、詩作においては常道とされる「本歌取り」に近い日本的な粋(エスプリ)な表現である。 タイトルからもわかるとおり、この歌は「飛ぶこと」と「助走」することをイメージしてつくられている。「今はここが真ん中さ!」の中でも出てきた「山越え 谷越え 時に空さえ越えゆく」を、受けているに違いない。そして助走をするということは、ふたたびの旅立ち、「starting over」ということでもある。アルバム表題曲とこの「FLYER」でこのアルバムをうまく束ねられている。 曲調をとりあげてみても、この楽曲がいちばんこれまでのエレファントカシマシに近い音像(おんぞう)をしている。その意味では「俺たちの明日」と「FLYER」がいちばん古参のファンにはなじみやすい曲であることは、容易に想像される。 更新日:2008/02/02 (土) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
---|
1 | 地元のダンナ
| 8 |
| 『町を見下ろす丘』の幕開けがこの曲とは誰が予想しただろう。歌詞は宮本の語り節の延長であるが、曲調がとても斬新であたらしい。胸騒ぎのしそうなトミのドラムが印象的である。地元のダンナとは宮本自身の分身だろう。では、地元の坊主は誰か?…きっと、いや間違いなく石君をイメージして作詞しただろうな。それにしても、タイトルもすごいが、曲終わりが「地元のダンナ… 地元のダンナ…」なのも言葉を失いそうになる。悩み抜いて書かれた歌詞をこう言っては何だがとても滑稽である。そして、それが味わい深くもある。そういえば、『扉』のディンドンのつぶやきがここにも登場してくるとは。宮本の中では『扉』の流れが続いていると言うことだろうか? 歌詞を読み込んではじめて気がついたのだが、この『町を見下ろす丘』というアルバムは素描されたような歌詞に見えながら、実に歌と歌のあいだに言葉のつながりが張りめぐらされている。たとえば、冒頭の「ディンドン」もそう。また、ここ数年宮本の中に大きく位置をしめている「歴史」という言葉がも登場している。そしてこの「歴史」の言葉ひとつとっても、中盤のハイライト「シグナル」そして後半の「I don't know たゆまずに」に再び登場している。また、ラストナンバー「なぜだか俺はアyってゐた」に繋がる「素直に生きられりゃあ」という歌詞もさりげなく登場している。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘(配信限定バージョン) | 書込み件数 |
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1 | 地元のダンナ
| 8 |
| 『町を見下ろす丘』の幕開けがこの曲とは誰が予想しただろう。歌詞は宮本の語り節の延長であるが、曲調がとても斬新であたらしい。胸騒ぎのしそうなトミのドラムが印象的である。地元のダンナとは宮本自身の分身だろう。では、地元の坊主は誰か?…きっと、いや間違いなく石君をイメージして作詞しただろうな。それにしても、タイトルもすごいが、曲終わりが「地元のダンナ… 地元のダンナ…」なのも言葉を失いそうになる。悩み抜いて書かれた歌詞をこう言っては何だがとても滑稽である。そして、それが味わい深くもある。そういえば、『扉』のディンドンのつぶやきがここにも登場してくるとは。宮本の中では『扉』の流れが続いていると言うことだろうか? 歌詞を読み込んではじめて気がついたのだが、この『町を見下ろす丘』というアルバムは素描されたような歌詞に見えながら、実に歌と歌のあいだに言葉のつながりが張りめぐらされている。たとえば、冒頭の「ディンドン」もそう。また、ここ数年宮本の中に大きく位置をしめている「歴史」という言葉がも登場している。そしてこの「歴史」の言葉ひとつとっても、中盤のハイライト「シグナル」そして後半の「I don't know たゆまずに」に再び登場している。また、ラストナンバー「なぜだか俺はアyってゐた」に繋がる「素直に生きられりゃあ」という歌詞もさりげなく登場している。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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2 | 理想の朝
| 3 |
| 傑作である。曲といい、歌詞といい、歌唱といい、成熟した大人の歌として完成されている。自分の幼き夏の日と、今の「おじさん」の自分とがオーバーラップし、しかし理想を忘れまいとするすがすがしい気持ちがそこにある。エレカシに前向きな歌は数あるが、これほどさわやかな歌は未だかつてなかった。曲のイメージとしては「イージー」(過去の自分を見つめるまなざし)や「平成理想主義」(理想を棚晒しにする眠れる人を叩き起こす)のそれに重なるところがある。ライブで耳にしたときはやや滑稽な印象を受けたが、スタジオ版として静謐に歌われてみると、この曲のよさがわかる。この曲は歌詞アレンジともに新春ライブと異同がないように思われる。私の予想では冒頭曲になるのではないかと考えていたのだけど、外れてしまった。 最近のアルバム・リリースに伴うインタビューで、宮本は自分の生活パターンが夜型から朝型に移行したことを作風の転機のひとつにあげている。朝起きてから歌詞や曲を作り始める。そうしたことも、「理想の朝」のイメージを作っているのかも知れない。前作の『風』や前々作の『扉』が夜を描いた作品だったことと対照するとそのことがよくわかる。「枕元でゆうべ読んだ本が破れてるぜ」という歌詞は、「ディンドン」の中の、夜の読書の時間からイメージを受け次いでいる。そして、自分の書学による思惟を頭でっかちであると打ち破る、そんな隠喩なのではないか。 そして、「怠け者が目を醒ます」エンディングがドラマティックである。最後の一文で曲を大転換するやり方は「必ずつかまえろ」 で取り入れられた手法である。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘(配信限定バージョン) | 書込み件数 |
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2 | 理想の朝
| 3 |
| 傑作である。曲といい、歌詞といい、歌唱といい、成熟した大人の歌として完成されている。自分の幼き夏の日と、今の「おじさん」の自分とがオーバーラップし、しかし理想を忘れまいとするすがすがしい気持ちがそこにある。エレカシに前向きな歌は数あるが、これほどさわやかな歌は未だかつてなかった。曲のイメージとしては「イージー」(過去の自分を見つめるまなざし)や「平成理想主義」(理想を棚晒しにする眠れる人を叩き起こす)のそれに重なるところがある。ライブで耳にしたときはやや滑稽な印象を受けたが、スタジオ版として静謐に歌われてみると、この曲のよさがわかる。この曲は歌詞アレンジともに新春ライブと異同がないように思われる。私の予想では冒頭曲になるのではないかと考えていたのだけど、外れてしまった。 最近のアルバム・リリースに伴うインタビューで、宮本は自分の生活パターンが夜型から朝型に移行したことを作風の転機のひとつにあげている。朝起きてから歌詞や曲を作り始める。そうしたことも、「理想の朝」のイメージを作っているのかも知れない。前作の『風』や前々作の『扉』が夜を描いた作品だったことと対照するとそのことがよくわかる。「枕元でゆうべ読んだ本が破れてるぜ」という歌詞は、「ディンドン」の中の、夜の読書の時間からイメージを受け次いでいる。そして、自分の書学による思惟を頭でっかちであると打ち破る、そんな隠喩なのではないか。 そして、「怠け者が目を醒ます」エンディングがドラマティックである。最後の一文で曲を大転換するやり方は「必ずつかまえろ」 で取り入れられた手法である。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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3 | 甘き絶望
| 5 |
| 夢と希望はエレカシの歌世界では常套句であるが、意外や意外「絶望」の二文字が登場するのはおそらくこれがはじめてである。私のエレカシの歌分類にしたがえば、この曲は夕暮れソングである。町の景色と明日への思いを交錯させる、得意の作風である。この歌では「理想の朝」に登場した少年が、「夕陽色した町の中に取り残された子供」として再び登場する。朝-人生のうら若き日々-にいたはずの少年が、夕方-人生の暮方である老い-に背景を移しているその図は、まさに中年を自覚し受け入れようとするエレファントカシマシの実感と光景である。そうした、暮方の闇の向こうに、ずっと愛し歌い続けてきた「月」が見えている。絶望に魅入られることなく、歩き続けること。それこそが「心の中に今の自分を描く旅」であり「日々を越え」るということなのであろう。タイトルに反して、この歌のメッセージはそこにある。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘(配信限定バージョン) | 書込み件数 |
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3 | 甘き絶望
| 5 |
| 夢と希望はエレカシの歌世界では常套句であるが、意外や意外「絶望」の二文字が登場するのはおそらくこれがはじめてである。私のエレカシの歌分類にしたがえば、この曲は夕暮れソングである。町の景色と明日への思いを交錯させる、得意の作風である。この歌では「理想の朝」に登場した少年が、「夕陽色した町の中に取り残された子供」として再び登場する。朝-人生のうら若き日々-にいたはずの少年が、夕方-人生の暮方である老い-に背景を移しているその図は、まさに中年を自覚し受け入れようとするエレファントカシマシの実感と光景である。そうした、暮方の闇の向こうに、ずっと愛し歌い続けてきた「月」が見えている。絶望に魅入られることなく、歩き続けること。それこそが「心の中に今の自分を描く旅」であり「日々を越え」るということなのであろう。タイトルに反して、この歌のメッセージはそこにある。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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4 | すまねえ魂
| 3 |
| ツアーのタイトルに選んだほど思い入れのつまった作品。あてどなく道を探し歩く求道の思いは「パワー・イン・ザ・ワールド」のそれと通じている。空の青さに打たれる感覚は「ロクデナシ」のそれである。アルバム『俺の道』で自らの道を歩むと決めた宮本が、「身体使い尽くすまで」と『扉』で歌い、それでも求める気持ちやまずたどり着いたのが、自分を俯瞰してすこし冷静なった今なのかもしれない。このアルバムの宮本は情熱に没頭しきってしまうのではなく、一歩引いてその姿を眺める姿がある。「探してる」「訪ねてる」と繰り返し歌われる克己の思い、これは1stアルバムから継続されている、エレカシというバンドの通奏低音である。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘(配信限定バージョン) | 書込み件数 |
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4 | すまねえ魂
| 3 |
| ツアーのタイトルに選んだほど思い入れのつまった作品。あてどなく道を探し歩く求道の思いは「パワー・イン・ザ・ワールド」のそれと通じている。空の青さに打たれる感覚は「ロクデナシ」のそれである。アルバム『俺の道』で自らの道を歩むと決めた宮本が、「身体使い尽くすまで」と『扉』で歌い、それでも求める気持ちやまずたどり着いたのが、自分を俯瞰してすこし冷静なった今なのかもしれない。このアルバムの宮本は情熱に没頭しきってしまうのではなく、一歩引いてその姿を眺める姿がある。「探してる」「訪ねてる」と繰り返し歌われる克己の思い、これは1stアルバムから継続されている、エレカシというバンドの通奏低音である。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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5 | シグナル
| 6 |
| アルバムの中心曲にして、エレカシ節の色濃い<聞かせる>バラード。このアルバムの中で一番言いたかったことが、この中に凝縮されている気がする。日常の景色。日々に惑う自分。いつか目指していたものを手にしたい、克己のこころ。「いつかあの空ひとりじめ」とはかなり大きな言葉である。「どのみち俺は道半ばに命燃やし尽くす」の心意気は「すまねえ魂」同様に「パワー・イン・ザ・ワールド」で歌った、死ぬまで進み続けたい思いそのもの。「悲しみの月日が新たな歴史のシグナル/今から始まる未来のあなたのシグナル」の大サビは、聞くものの悲しい過去を肯定してくれるやさしい言葉である。この歌の中でも宮本は「俺」という自我と、「キミ」と自らを呼び直す客観とを使い分けている。 この歌の中ではじめて、アルバムタイトルのモチーフとなった町を見下ろす丘の風景が登場する。リリースに伴うインタビューによれば、宮本は歌に登場するように実際に町を見下ろす丘の上の家に住んでいるとのこと。つまりは心象風景ではなく生活風景を歌のなかに読み込んでいる。これは「背伸び」ではなく「等身大」を描きたいという、今作での宮本の意志をつよく表したものではないか。 「シグナル」では歌の背景はすでに暮方から夜になっている。そして、「理想の朝」で登場し、「甘き絶望」で夕景に取り残されていた子供は、公園からいなくなっている。…と思ったら、景色は雨上がりの昼のビル群。はたまたかつての追い求める「キミ」(自分)の姿を見る。そう、この歌はシーンが夜になったり、昼になったり、あるいは過去へさかのぼったり、とにかく忙しい。それもこれも大サビに用意されたカタルシスに到るためのプロセスなのであるが、とにかく走馬燈のようにめまぐるしい。 余談であるが、新春ライブの仮歌ではもう少し違う歌詞で歌われていた。「人が師走の町にまぎれがち」という一節や、「みっともねえものだぜ 人の心のなかには 枯れても枯れぬひとひらの花が咲く」という一節があったが、これはまったく捨てられてしまったようだ。そして、新春ライブでは大サビは「悲しみの月は新たな歴史のシグナル/今より素敵なあなたの未来のシグナル」と歌われていた。私はどちらかといえば、書き換えられる前、新春ライブのほうが心にフィットしている。 余談つながりでもうひとつ。この歌の後半の歌詞には事実にあやまりがある。それは「今宵の月が満ち欠ける」である。厳密にいえば少しの満ち欠けはあるにしても、一般的な常識からして、月は一晩のうちには満ちたり欠けたりはしない。それでは月齢をカレンダーとして使用する太陰暦が成り立たなくなってしまう。月は15日をかけて満ち又15日をかけて欠けるのが一般の認識。ゆえに満ち欠けは15日単位である。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘(配信限定バージョン) | 書込み件数 |
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5 | シグナル
| 6 |
| アルバムの中心曲にして、エレカシ節の色濃い<聞かせる>バラード。このアルバムの中で一番言いたかったことが、この中に凝縮されている気がする。日常の景色。日々に惑う自分。いつか目指していたものを手にしたい、克己のこころ。「いつかあの空ひとりじめ」とはかなり大きな言葉である。「どのみち俺は道半ばに命燃やし尽くす」の心意気は「すまねえ魂」同様に「パワー・イン・ザ・ワールド」で歌った、死ぬまで進み続けたい思いそのもの。「悲しみの月日が新たな歴史のシグナル/今から始まる未来のあなたのシグナル」の大サビは、聞くものの悲しい過去を肯定してくれるやさしい言葉である。この歌の中でも宮本は「俺」という自我と、「キミ」と自らを呼び直す客観とを使い分けている。 この歌の中ではじめて、アルバムタイトルのモチーフとなった町を見下ろす丘の風景が登場する。リリースに伴うインタビューによれば、宮本は歌に登場するように実際に町を見下ろす丘の上の家に住んでいるとのこと。つまりは心象風景ではなく生活風景を歌のなかに読み込んでいる。これは「背伸び」ではなく「等身大」を描きたいという、今作での宮本の意志をつよく表したものではないか。 「シグナル」では歌の背景はすでに暮方から夜になっている。そして、「理想の朝」で登場し、「甘き絶望」で夕景に取り残されていた子供は、公園からいなくなっている。…と思ったら、景色は雨上がりの昼のビル群。はたまたかつての追い求める「キミ」(自分)の姿を見る。そう、この歌はシーンが夜になったり、昼になったり、あるいは過去へさかのぼったり、とにかく忙しい。それもこれも大サビに用意されたカタルシスに到るためのプロセスなのであるが、とにかく走馬燈のようにめまぐるしい。 余談であるが、新春ライブの仮歌ではもう少し違う歌詞で歌われていた。「人が師走の町にまぎれがち」という一節や、「みっともねえものだぜ 人の心のなかには 枯れても枯れぬひとひらの花が咲く」という一節があったが、これはまったく捨てられてしまったようだ。そして、新春ライブでは大サビは「悲しみの月は新たな歴史のシグナル/今より素敵なあなたの未来のシグナル」と歌われていた。私はどちらかといえば、書き換えられる前、新春ライブのほうが心にフィットしている。 余談つながりでもうひとつ。この歌の後半の歌詞には事実にあやまりがある。それは「今宵の月が満ち欠ける」である。厳密にいえば少しの満ち欠けはあるにしても、一般的な常識からして、月は一晩のうちには満ちたり欠けたりはしない。それでは月齢をカレンダーとして使用する太陰暦が成り立たなくなってしまう。月は15日をかけて満ち又15日をかけて欠けるのが一般の認識。ゆえに満ち欠けは15日単位である。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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6 | 今をかきならせ
| 4 |
| 『町を見下ろす丘』の中で一番いきおいがあるのがこの曲。宮本はこれまでも幾つもの文学者や小説のタイトルを歌の中に読み込んできたが、まさか『平家物語』が登場しようとは夢にも思っていなかった。ただ、「平家の序文にあるようにこの世は夢か」は、『平家物語』の巻頭文言をまちがって理解している。平家の序文は「栄枯盛衰が一夜の夢のよう」と述べているのであって、人の一生が夢のようであるとは言っていない。たぶんそれは「邯鄲一炊の夢」という中国の故事の逸話と混同しているのであろう。あるいは老子の「胡蝶の夢」という逸話。 さて、曲調は今までのアルバムにはなかったものであるが、歌詞の内容はエレカシが常に描き続けてきたメッセージである。頭でっかちに考え込む前に、まずは次への一歩を踏み出せ、それが明日に繋がる。「so many people」や「ココロのままに」、あるいは「クレシェンド・デミネンド」を含んだミニアルバム『DEAD OR ALIVE』などはすべてのメッセージが、「歩き出せ」にある。この「今をかきならせ」もその路線の延長線にある。 「甘き絶望」から「シグナル」まで辿ってきた求める気持ちを、 「何と戦ひ、何を求めて来たのかさへ もう忘れてしまった。」とこの曲では机をひっくり返すかのように、否定てしまっている。「地元のダンナ」と「なぜだか俺はアyってゐた」で結ばれる、素直に自分を生きられないのか?というメッセージにとって、克己のココロが頭でっかちになるのが、邪魔に思えたのかも知れない。そこで、考えてきたことを捨て去る心意気もまた大事である。そう示したいのかもしれない。それにして『平家物語』のイメージの流用であるから、やっぱりミヤジは頭でっかちを抜けられないのだと、私は苦笑してしまう。 しかし、<素直に生きる=今をかきならせ>という表現の仕方に、宮本がいかにミュージシャンとしての自分を肯定しているかが顕れていて、とても好ましい。今の宮本は文人になりたいとはおそらく考えていないのではないだろうか?今までの宮本は、文学や偉人と自らを対照しつつ、どこかでそれになり損ねた自分をすねる感覚が浮かんでいた。今作ではまったくそれがなく、むしろそういうことを捨てて、音楽人生を生きている自分を肯定しようという<陽>の心の志向が見られる。 「今をかきならせ」は「夢も希望も」の一節で「甘き絶望」と、また「浦島太郎」で「I don't know たゆまずに」の「おとぎの国に逃げ出したい」と連関している。 更新日:2006/04/13 (木) |
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6 | 今をかきならせ
| 4 |
| 『町を見下ろす丘』の中で一番いきおいがあるのがこの曲。宮本はこれまでも幾つもの文学者や小説のタイトルを歌の中に読み込んできたが、まさか『平家物語』が登場しようとは夢にも思っていなかった。ただ、「平家の序文にあるようにこの世は夢か」は、『平家物語』の巻頭文言をまちがって理解している。平家の序文は「栄枯盛衰が一夜の夢のよう」と述べているのであって、人の一生が夢のようであるとは言っていない。たぶんそれは「邯鄲一炊の夢」という中国の故事の逸話と混同しているのであろう。あるいは老子の「胡蝶の夢」という逸話。 さて、曲調は今までのアルバムにはなかったものであるが、歌詞の内容はエレカシが常に描き続けてきたメッセージである。頭でっかちに考え込む前に、まずは次への一歩を踏み出せ、それが明日に繋がる。「so many people」や「ココロのままに」、あるいは「クレシェンド・デミネンド」を含んだミニアルバム『DEAD OR ALIVE』などはすべてのメッセージが、「歩き出せ」にある。この「今をかきならせ」もその路線の延長線にある。 「甘き絶望」から「シグナル」まで辿ってきた求める気持ちを、 「何と戦ひ、何を求めて来たのかさへ もう忘れてしまった。」とこの曲では机をひっくり返すかのように、否定てしまっている。「地元のダンナ」と「なぜだか俺はアyってゐた」で結ばれる、素直に自分を生きられないのか?というメッセージにとって、克己のココロが頭でっかちになるのが、邪魔に思えたのかも知れない。そこで、考えてきたことを捨て去る心意気もまた大事である。そう示したいのかもしれない。それにして『平家物語』のイメージの流用であるから、やっぱりミヤジは頭でっかちを抜けられないのだと、私は苦笑してしまう。 しかし、<素直に生きる=今をかきならせ>という表現の仕方に、宮本がいかにミュージシャンとしての自分を肯定しているかが顕れていて、とても好ましい。今の宮本は文人になりたいとはおそらく考えていないのではないだろうか?今までの宮本は、文学や偉人と自らを対照しつつ、どこかでそれになり損ねた自分をすねる感覚が浮かんでいた。今作ではまったくそれがなく、むしろそういうことを捨てて、音楽人生を生きている自分を肯定しようという<陽>の心の志向が見られる。 「今をかきならせ」は「夢も希望も」の一節で「甘き絶望」と、また「浦島太郎」で「I don't know たゆまずに」の「おとぎの国に逃げ出したい」と連関している。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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7 | 人生の午後に
| 3 |
| 「今をかきならせ」で自己肯定に到ったはずなのに、この「人生の午後に」ではまた暗黒面ののエレカシ・サウンドである。これもまた、エレカシの歌分類に従うなら、日常の憂鬱ソングに入るであろう1曲である。克己の歌や夕暮れの歌と並んで、数あるアルバムに必ず収録されているのが、日常の憂鬱。いくら前向きにシフトしているエレファントカシマシとはいえ、これをなおざりにして、明るい前向きバンドですと居直らないところがまた好ましい。やはりこれも持ち味である。 「運命が俺をかりたてる」といい、「こっちを向いてよ理想」といい、あるいは「いつかこの空ひとりじめ」とまで言った俺は、野望に疲れ果て、夢には傷がついてると、弱音を吐く。 更年期障害のような病的な混迷ではないにしても、それに近い中年の憂鬱がこの歌にはある。切迫した死期にはまだいくらかあるが、さりとて<まだまだ死は遠い果て>と感じられる若年の青春からもまた離れてしまっている。宙ぶらりんの感覚。それが「重く垂れ込むる雲」や「冷めてしまったお茶」に仮託されている。 ところが、必ずしも憂鬱づくめではないところに、最近の闇を抜けたエレカシの境地がある。それが、「雲の方に鳥が鳥が飛んで行くよ」の下りである。これは『扉』の「傷だらけの夜明け」の流れを汲んでいることは明らかである。「鳥が空に飛び立つように ぼくらも再び山を越えゆこう」 の下りである。 そして、歌の後半部分では、「流れ星のやうな人生」に繋がるフレーズが登場し、「思ひ描いた日々と今の自分を重ねて」 という、憂鬱の根源に立ち戻る。思い描いていた自分とは、おそらく何事かを成し遂げて達成感のなかにある満ち足りた中年像、おそらくは「歴史」に描かれた森鴎外のおだやかな様子なのではないか。ところが、歳はとってもいつまでも求める気持ちやまぬのが、我らが宮本浩次である。それを良しとするにせよ、青春の残像とするにせよ、彼の生きざまは何と聞くものをはげましてやまないことか。それを声を大にして言いたい。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘(配信限定バージョン) | 書込み件数 |
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7 | 人生の午後に
| 3 |
| 「今をかきならせ」で自己肯定に到ったはずなのに、この「人生の午後に」ではまた暗黒面ののエレカシ・サウンドである。これもまた、エレカシの歌分類に従うなら、日常の憂鬱ソングに入るであろう1曲である。克己の歌や夕暮れの歌と並んで、数あるアルバムに必ず収録されているのが、日常の憂鬱。いくら前向きにシフトしているエレファントカシマシとはいえ、これをなおざりにして、明るい前向きバンドですと居直らないところがまた好ましい。やはりこれも持ち味である。 「運命が俺をかりたてる」といい、「こっちを向いてよ理想」といい、あるいは「いつかこの空ひとりじめ」とまで言った俺は、野望に疲れ果て、夢には傷がついてると、弱音を吐く。 更年期障害のような病的な混迷ではないにしても、それに近い中年の憂鬱がこの歌にはある。切迫した死期にはまだいくらかあるが、さりとて<まだまだ死は遠い果て>と感じられる若年の青春からもまた離れてしまっている。宙ぶらりんの感覚。それが「重く垂れ込むる雲」や「冷めてしまったお茶」に仮託されている。 ところが、必ずしも憂鬱づくめではないところに、最近の闇を抜けたエレカシの境地がある。それが、「雲の方に鳥が鳥が飛んで行くよ」の下りである。これは『扉』の「傷だらけの夜明け」の流れを汲んでいることは明らかである。「鳥が空に飛び立つように ぼくらも再び山を越えゆこう」 の下りである。 そして、歌の後半部分では、「流れ星のやうな人生」に繋がるフレーズが登場し、「思ひ描いた日々と今の自分を重ねて」 という、憂鬱の根源に立ち戻る。思い描いていた自分とは、おそらく何事かを成し遂げて達成感のなかにある満ち足りた中年像、おそらくは「歴史」に描かれた森鴎外のおだやかな様子なのではないか。ところが、歳はとってもいつまでも求める気持ちやまぬのが、我らが宮本浩次である。それを良しとするにせよ、青春の残像とするにせよ、彼の生きざまは何と聞くものをはげましてやまないことか。それを声を大にして言いたい。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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8 | 雨の日に・・・
| 6 |
| この歌もまた今までにはなかった曲調のメロディである。気負いがまったくないところが、すごくよい。しかし歌詞を見れば一目瞭然だが、「1万回目の旅のはじまり」と「傷だらけの夜明け」を受けて描かれた景色であることは明らか。「雨の日に僕は道に迷ってる」これは「1万回目…」のぼくが丘にのぼったあとの風景にそっくりである。そして、 「びしょ濡れのくつで坂道をたどった。」の坂道は、もしかしたら「定め」に出てくる「陽ざし照りつけるあの坂道」と同じものかも知れない。克己にせよ、自己肯定にせよ、坂をたどる迷いの心が雨の中に溶けてゆく風景は、おぼろげでしみじみとする。その景色に相応しく、メロディはいつになく柔らかく自然に進行してゆく。 さて、サビの「雨は降る」の箇所に入って、この歌が「旅」(あるいは「旅人」)シリーズに連なる1曲であることが示される。「傷だらけの旅人」、それが宮本の現在の心境なのかも知れない。しかし、ここで歌われるその言葉は、言葉のつよさに反して悲壮さがまるでない。むしろ悟りを開いたかのようなおだやかな印象を受ける。その印象が証明されるかのように、歌は「若き日のあこがれひとつひとつを/捨てさりゆく歴史。それが人生だった」と続く。まだ生きているにもかかわらず「人生だった」は少しおかしい気もするが、前半生を総括するような気持ちなのかも知れない。 次に描かれる光景は実感とはいえ、ややさみしさを醸し出している。目的地にむかって行き交うバスとは、おそらく別の職業別の人生をあゆむ同年代の他人を隠喩したもの。それを見て自分の行く手を不安げに思っている様子は、「素直な気持ち」であるにせよ、少しもの悲しい。そこは空元気であるにせよ「パワー・イン・ザ・ワールド」や「ガストロンジャー」のように吹き飛ばして欲しいという、気持ちもどこかにある。 そして、アルバムジャケットのカラスの登場である。「アホウ」と鳴いてひと飛び。超然としていて、憎らしささえ覚える。はたと気づいたのだが、近作に登場する鳥は、もしかしたらすべてカラスなのだろうか?私は思いこみとしては、鳶(とび)のように大空を滑空する猛禽類の鳥をイメージしていたのだけれど、町に居着く生活巧者のカラスだったとしたら、少し曲のイメージを訂正しないといけないかもしれない。 最後半部で主人公はバスに乗り込む。これはきっと何人も降りることを許されない、時というバスの謂い(たとえ)であろう。「目の前の日々が僕の全てだった」という心境はやはりある達観を示しているように思う。 更新日:2006/04/13 (木) |
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8 | 雨の日に・・・
| 6 |
| この歌もまた今までにはなかった曲調のメロディである。気負いがまったくないところが、すごくよい。しかし歌詞を見れば一目瞭然だが、「1万回目の旅のはじまり」と「傷だらけの夜明け」を受けて描かれた景色であることは明らか。「雨の日に僕は道に迷ってる」これは「1万回目…」のぼくが丘にのぼったあとの風景にそっくりである。そして、 「びしょ濡れのくつで坂道をたどった。」の坂道は、もしかしたら「定め」に出てくる「陽ざし照りつけるあの坂道」と同じものかも知れない。克己にせよ、自己肯定にせよ、坂をたどる迷いの心が雨の中に溶けてゆく風景は、おぼろげでしみじみとする。その景色に相応しく、メロディはいつになく柔らかく自然に進行してゆく。 さて、サビの「雨は降る」の箇所に入って、この歌が「旅」(あるいは「旅人」)シリーズに連なる1曲であることが示される。「傷だらけの旅人」、それが宮本の現在の心境なのかも知れない。しかし、ここで歌われるその言葉は、言葉のつよさに反して悲壮さがまるでない。むしろ悟りを開いたかのようなおだやかな印象を受ける。その印象が証明されるかのように、歌は「若き日のあこがれひとつひとつを/捨てさりゆく歴史。それが人生だった」と続く。まだ生きているにもかかわらず「人生だった」は少しおかしい気もするが、前半生を総括するような気持ちなのかも知れない。 次に描かれる光景は実感とはいえ、ややさみしさを醸し出している。目的地にむかって行き交うバスとは、おそらく別の職業別の人生をあゆむ同年代の他人を隠喩したもの。それを見て自分の行く手を不安げに思っている様子は、「素直な気持ち」であるにせよ、少しもの悲しい。そこは空元気であるにせよ「パワー・イン・ザ・ワールド」や「ガストロンジャー」のように吹き飛ばして欲しいという、気持ちもどこかにある。 そして、アルバムジャケットのカラスの登場である。「アホウ」と鳴いてひと飛び。超然としていて、憎らしささえ覚える。はたと気づいたのだが、近作に登場する鳥は、もしかしたらすべてカラスなのだろうか?私は思いこみとしては、鳶(とび)のように大空を滑空する猛禽類の鳥をイメージしていたのだけれど、町に居着く生活巧者のカラスだったとしたら、少し曲のイメージを訂正しないといけないかもしれない。 最後半部で主人公はバスに乗り込む。これはきっと何人も降りることを許されない、時というバスの謂い(たとえ)であろう。「目の前の日々が僕の全てだった」という心境はやはりある達観を示しているように思う。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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9 | 流れ星のやうな人生
| 4 |
| 自分の人生を歌いながら、俯瞰の位置をとり、前のめりの叫びが登場しない、語り節のような曲である。アコースティックな曲の構成は「珍奇男」を連想させるが、内容が180度違っている。 舌足らずなべらんめえ調が何とも味わい深く、飲み屋でクダをまいている中年、もしくは泥酔して家に帰り着いたお父さんのうわ言のような印象である。「夢から夢へと綱わたり いつでも明日を追ひかけ回し」の一節は、自らへの客観視にしてもなかなかそうは認めきれない、的を射た表現である。本当に宮本浩次は「明日」ばかりを求めてやまない生き様であると、私もそう同感する。ただ、「流れ星」のようであるとは思えない。輝きは1等星ほどまばゆくはないが、位置ゆらぐことのない北極星のような、見るものに指標を与えるような星であると私は感じている。「流れ星」のように生き急ぎたいのは宮本氏の理想のようであるが、私はそうはならず、静かな光ながらも位置揺るがず夜空にかがやく星であり続けて欲しい。 いい気になったり、落ち込んだり。自分というものが知りたい、にもかかわらず、直視を恐れて翌日へ翌日へと先延ばしする。そんな心のゆらぎは、彼だけに特別なものではない。誰にでもあるもの。ただ、自分のことを人前にさらしつつ、こうも素直にさらけ出せること自体が非凡の才能なのだ。 最近のリリース・インタビューで、宮本は自分が「天才だと浮かれ立つことがあるが、案外そこらにいる兄ちゃんと変わらない、ふつうの男に過ぎない」というような趣旨を述べていたが、「ふつう」を直視してそのままに表現できることは非凡な才能である。エレファントカシマシが持つ魅力はそこにある。そして、日常の中の「ふつう」が映し出す憂鬱やあるいは希望、はたまた絶望は、それと気づいても認め難いかくしごとなのである。だから、エレカシのなかのそうした素直さはある人にとっては、自身の秘め事を暴露されるようで、居心地悪く疎んじられる。 閑話休題。 この歌は「行きあたりばったり」の自分を苦笑しながら、そうは言っても自分をそうそう変えることなど出来ないし、また深く考えても人知のおよぶところなど知れたものと諦める。にもかかわらず、行きつく思いは「今の自分」を信じること。たとえ「流れ星」であっても、自暴自棄に燃え尽きるようではいけない。そう戒めるようである。 更新日:2006/04/13 (木) |
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9 | 流れ星のやうな人生
| 4 |
| 自分の人生を歌いながら、俯瞰の位置をとり、前のめりの叫びが登場しない、語り節のような曲である。アコースティックな曲の構成は「珍奇男」を連想させるが、内容が180度違っている。 舌足らずなべらんめえ調が何とも味わい深く、飲み屋でクダをまいている中年、もしくは泥酔して家に帰り着いたお父さんのうわ言のような印象である。「夢から夢へと綱わたり いつでも明日を追ひかけ回し」の一節は、自らへの客観視にしてもなかなかそうは認めきれない、的を射た表現である。本当に宮本浩次は「明日」ばかりを求めてやまない生き様であると、私もそう同感する。ただ、「流れ星」のようであるとは思えない。輝きは1等星ほどまばゆくはないが、位置ゆらぐことのない北極星のような、見るものに指標を与えるような星であると私は感じている。「流れ星」のように生き急ぎたいのは宮本氏の理想のようであるが、私はそうはならず、静かな光ながらも位置揺るがず夜空にかがやく星であり続けて欲しい。 いい気になったり、落ち込んだり。自分というものが知りたい、にもかかわらず、直視を恐れて翌日へ翌日へと先延ばしする。そんな心のゆらぎは、彼だけに特別なものではない。誰にでもあるもの。ただ、自分のことを人前にさらしつつ、こうも素直にさらけ出せること自体が非凡の才能なのだ。 最近のリリース・インタビューで、宮本は自分が「天才だと浮かれ立つことがあるが、案外そこらにいる兄ちゃんと変わらない、ふつうの男に過ぎない」というような趣旨を述べていたが、「ふつう」を直視してそのままに表現できることは非凡な才能である。エレファントカシマシが持つ魅力はそこにある。そして、日常の中の「ふつう」が映し出す憂鬱やあるいは希望、はたまた絶望は、それと気づいても認め難いかくしごとなのである。だから、エレカシのなかのそうした素直さはある人にとっては、自身の秘め事を暴露されるようで、居心地悪く疎んじられる。 閑話休題。 この歌は「行きあたりばったり」の自分を苦笑しながら、そうは言っても自分をそうそう変えることなど出来ないし、また深く考えても人知のおよぶところなど知れたものと諦める。にもかかわらず、行きつく思いは「今の自分」を信じること。たとえ「流れ星」であっても、自暴自棄に燃え尽きるようではいけない。そう戒めるようである。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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10 | I don’t know たゆまずに
| 4 |
| エレファントカシマシというバンドは出すアルバム1枚1枚によって、これでもかというほどの変化をくりかえし、そのさまざまな様相を見せるが、近作のここ数枚における変化はすごい。本人たちは中年の自覚を口にして、「ふつう」に収りながら歩むべしと掲げるが、どうしてどうしていつも前作の殻を破って新しい風を巻き起こす。 この曲もまた新境地の開拓といえるだろう。タイトルは前作『風』の「今だ!テイク・ア・チャンス」に習った、英語交じりの日本語タイトル。しかし、「 I don't know」と「たゆまずに」のつながりがおぼろで、意味が判然としない。「 I don't know」はつまり直訳「わからない」ということだろう。そして「たゆまずに」とは「緩みなく。油断なく」。というような意味である。これを繋げてみると、「何だかわからねえけど、万事怠りなく」という意味にでもなるのだろうか? 曲の内容は同アルバム収録曲の「今をかきならせ」に共通した意識である。前に進もう!というメッセージを主題にしている。それから、この曲も「シグナル」と同様にアルバム内のさまざまな曲とつながっている。たとえば「おとぎの国」の下りは、「今をかきならせ」の浦島太郎に呼応している。「とびらをあけりゃあ/外は、雨模様」は「雨の日に・・・」の風景と繋がっている。また扉を開けるというシーンは、『扉』の「傷だらけの夜明け」の「もう僕らは扉を叩いてしまった」と連続している印象を受ける。「古への丘」は、当然アルバムのモチーフである町を見下ろす丘であり、「シグナル」と繋がっている。と同時に、その表現からして『good-morning』の「武蔵野」に登場する「武蔵野の坂の上」と地続きである。そして、冒頭曲「地元のダンナ」で登場した「歴史」が自らの人生の謂いとして再登場する。「季節はづれのラヂオソング」は言うまでもなく『俺の道』の「季節はずれの男」とつながるイメージがある。この曲の景色は、進むも地獄戻るも地獄という、悩ましい状況から始まる。そこで「おとぎの国」へ逃げたいとか、過去へGOとか、腰の引けた言葉も登場するけれど、「もういいや、いまはもうそんなこと」と吹っ切ってみれば、扉の外に「晴れた空」があるという希望の結末がある。変わりはてた丘と、自分自身の人生(歴史)をかさね合わせる部分は、中年という年齢に達した男の深みを嫌がおう感じる。 「理想の朝」「シグナル」「雨の日に・・・」と並んで大好きな1曲である。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘(配信限定バージョン) | 書込み件数 |
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10 | I don’t know たゆまずに
| 4 |
| エレファントカシマシというバンドは出すアルバム1枚1枚によって、これでもかというほどの変化をくりかえし、そのさまざまな様相を見せるが、近作のここ数枚における変化はすごい。本人たちは中年の自覚を口にして、「ふつう」に収りながら歩むべしと掲げるが、どうしてどうしていつも前作の殻を破って新しい風を巻き起こす。 この曲もまた新境地の開拓といえるだろう。タイトルは前作『風』の「今だ!テイク・ア・チャンス」に習った、英語交じりの日本語タイトル。しかし、「 I don't know」と「たゆまずに」のつながりがおぼろで、意味が判然としない。「 I don't know」はつまり直訳「わからない」ということだろう。そして「たゆまずに」とは「緩みなく。油断なく」。というような意味である。これを繋げてみると、「何だかわからねえけど、万事怠りなく」という意味にでもなるのだろうか? 曲の内容は同アルバム収録曲の「今をかきならせ」に共通した意識である。前に進もう!というメッセージを主題にしている。それから、この曲も「シグナル」と同様にアルバム内のさまざまな曲とつながっている。たとえば「おとぎの国」の下りは、「今をかきならせ」の浦島太郎に呼応している。「とびらをあけりゃあ/外は、雨模様」は「雨の日に・・・」の風景と繋がっている。また扉を開けるというシーンは、『扉』の「傷だらけの夜明け」の「もう僕らは扉を叩いてしまった」と連続している印象を受ける。「古への丘」は、当然アルバムのモチーフである町を見下ろす丘であり、「シグナル」と繋がっている。と同時に、その表現からして『good-morning』の「武蔵野」に登場する「武蔵野の坂の上」と地続きである。そして、冒頭曲「地元のダンナ」で登場した「歴史」が自らの人生の謂いとして再登場する。「季節はづれのラヂオソング」は言うまでもなく『俺の道』の「季節はずれの男」とつながるイメージがある。この曲の景色は、進むも地獄戻るも地獄という、悩ましい状況から始まる。そこで「おとぎの国」へ逃げたいとか、過去へGOとか、腰の引けた言葉も登場するけれど、「もういいや、いまはもうそんなこと」と吹っ切ってみれば、扉の外に「晴れた空」があるという希望の結末がある。変わりはてた丘と、自分自身の人生(歴史)をかさね合わせる部分は、中年という年齢に達した男の深みを嫌がおう感じる。 「理想の朝」「シグナル」「雨の日に・・・」と並んで大好きな1曲である。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘 | 書込み件数 |
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11 | なぜだか、俺は祷ってゐた。
| 8 |
| エレカシ史上もっとも練り上げられた歌詞世界をもつアルバム『町を見下ろす丘』のトリを飾るのが、この歌である。訥々(とつとつ)と語りかける歌い口は、前作『風』の最終曲であった「風」とたぶんに重なる。そして今の日々や出会った人々に感謝を捧げる気持ち、また「素直に生きられりゃあ」というつぶやきは、『扉』の「地元の朝」「生きている証」と共通しているように思う。 冒頭の「子供の頃俺は、毎日精一杯生きて、いつの日にか誰かの為に/格好よく死にたいと、そればかり思って、涙流してゐた。/涙を流してた」の下りは、『扉』の「星くずの中のジパング」の憧れの光景と重なっている。サビの「さよなら、愛しき日々よ。/さよなら、愛しき今日よ。」は、『明日に向かって走れ』の「風に吹かれて」を連想させる。そして「素直に今生きられりゃあ、どんなに、どんなにいいだらう。/素直に生きてゆけりゃあ。」という大サビは、アルバム1曲目の「地元のダンナ」と呼応して、このアルバムの一番強いメッセージを形づくっている。 このアルバムはひとつのトータル・アルバムとしてよく練り込まれてつくられていることを、冒頭の「地元のダンナ」からこの「なぜだか、俺は…」までを通しで聞くとよくわかる。 まず、「地元のダンナ」ではいつものように戦う男の姿が描かれている。しかし今回のそれは、何かの野望を成し遂げようとする<若い>意識ではなく、「素直に生きたい」にたどり着いた中年男の心境を内包している。そうしてはじまったアルバムは、少年時代の理想、日々の憂いを通過して、丘の上で町を見下ろしつつ来し方行く末を思う「シグナル」にたどりつく。「どの道俺は・・・」のつぶやきとともに見つけた「未来のシグナル」。しかし男はまた振り出しに戻るかのように逡巡する。すべてを忘れてとりあえず行くのか(今をかきならせ)?今の自分がかつて思い描いて自分とどれほど異なっているものか(人生の午後に)?道に迷いながらの傷だらけの旅(雨の日に・・・)。夢を追い回す人生への回顧(流れ星のやうな人生)。「何だかわからねえけど、万事怠りなく」という自戒(I don't know たゆまずに)。そして、たどり着いた気色が「丘の上にのぼって見下ろす町の景色。/なぜだか俺はアyってゐた。/今この瞬間を」である。 ネット上の掲示板にあらわれたアルバム評のなかに、激しく戦うエレカシの姿をこのアルバムに求めて、肩すかしを食っているリスナーの困惑がいくつも見られる。その大方の人たちは「若さ」を彼らに求めているのだが、彼らエレカシは「若さ」を脱皮して「中年」という今の風景をこころの中で戦っているのだ。それはかつての歌のように怒りを燃え立たせるような見せかけにあらわれた戦いではなく、自分の来し方行く末との静かな戦いなのである。これを老成と蔑むものもあろうし、ちいさく収ってしまったと罵るものもいるだろうが、老成というのならすでにエレカシはepic時代にそれを成し遂げている。ちいさく収ったというものにはこう反論できる。心の小さいものが直情を披露して、その懊悩のさまを世間に告白できるだろうかと。自らの「ふつう」や無様を万人を前にして認めることが出来るのは、決して「ふつう」のことなどではない。 私はアルバムを聞き通して、エレファントカシマシのいちファンである幸せを再認識した。こんなにもすばらしい表現者たちと同じ時代を生き、そして同じ時を分け合っているのかと思うと、胸に湧く感動を抑えきれない。宮本がこの歌で「忘れてしまった遠い日々」や「めぐり合ひし人々」に感謝してアyったように、私もまた彼らの人生が豊かであるように願ってやまない。 更新日:2006/04/13 (木) |
町を見下ろす丘(配信限定バージョン) | 書込み件数 |
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11 | なぜだか、俺は祷ってゐた。
| 8 |
| エレカシ史上もっとも練り上げられた歌詞世界をもつアルバム『町を見下ろす丘』のトリを飾るのが、この歌である。訥々(とつとつ)と語りかける歌い口は、前作『風』の最終曲であった「風」とたぶんに重なる。そして今の日々や出会った人々に感謝を捧げる気持ち、また「素直に生きられりゃあ」というつぶやきは、『扉』の「地元の朝」「生きている証」と共通しているように思う。 冒頭の「子供の頃俺は、毎日精一杯生きて、いつの日にか誰かの為に/格好よく死にたいと、そればかり思って、涙流してゐた。/涙を流してた」の下りは、『扉』の「星くずの中のジパング」の憧れの光景と重なっている。サビの「さよなら、愛しき日々よ。/さよなら、愛しき今日よ。」は、『明日に向かって走れ』の「風に吹かれて」を連想させる。そして「素直に今生きられりゃあ、どんなに、どんなにいいだらう。/素直に生きてゆけりゃあ。」という大サビは、アルバム1曲目の「地元のダンナ」と呼応して、このアルバムの一番強いメッセージを形づくっている。 このアルバムはひとつのトータル・アルバムとしてよく練り込まれてつくられていることを、冒頭の「地元のダンナ」からこの「なぜだか、俺は…」までを通しで聞くとよくわかる。 まず、「地元のダンナ」ではいつものように戦う男の姿が描かれている。しかし今回のそれは、何かの野望を成し遂げようとする<若い>意識ではなく、「素直に生きたい」にたどり着いた中年男の心境を内包している。そうしてはじまったアルバムは、少年時代の理想、日々の憂いを通過して、丘の上で町を見下ろしつつ来し方行く末を思う「シグナル」にたどりつく。「どの道俺は・・・」のつぶやきとともに見つけた「未来のシグナル」。しかし男はまた振り出しに戻るかのように逡巡する。すべてを忘れてとりあえず行くのか(今をかきならせ)?今の自分がかつて思い描いて自分とどれほど異なっているものか(人生の午後に)?道に迷いながらの傷だらけの旅(雨の日に・・・)。夢を追い回す人生への回顧(流れ星のやうな人生)。「何だかわからねえけど、万事怠りなく」という自戒(I don't know たゆまずに)。そして、たどり着いた気色が「丘の上にのぼって見下ろす町の景色。/なぜだか俺はアyってゐた。/今この瞬間を」である。 ネット上の掲示板にあらわれたアルバム評のなかに、激しく戦うエレカシの姿をこのアルバムに求めて、肩すかしを食っているリスナーの困惑がいくつも見られる。その大方の人たちは「若さ」を彼らに求めているのだが、彼らエレカシは「若さ」を脱皮して「中年」という今の風景をこころの中で戦っているのだ。それはかつての歌のように怒りを燃え立たせるような見せかけにあらわれた戦いではなく、自分の来し方行く末との静かな戦いなのである。これを老成と蔑むものもあろうし、ちいさく収ってしまったと罵るものもいるだろうが、老成というのならすでにエレカシはepic時代にそれを成し遂げている。ちいさく収ったというものにはこう反論できる。心の小さいものが直情を披露して、その懊悩のさまを世間に告白できるだろうかと。自らの「ふつう」や無様を万人を前にして認めることが出来るのは、決して「ふつう」のことなどではない。 私はアルバムを聞き通して、エレファントカシマシのいちファンである幸せを再認識した。こんなにもすばらしい表現者たちと同じ時代を生き、そして同じ時を分け合っているのかと思うと、胸に湧く感動を抑えきれない。宮本がこの歌で「忘れてしまった遠い日々」や「めぐり合ひし人々」に感謝してアyったように、私もまた彼らの人生が豊かであるように願ってやまない。 更新日:2006/04/13 (木) |
12 | 悲しみの果て
| 16 |
13 | 夢を見ようぜ
| 2 |
日本夏 | 書込み件数 |
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1 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
野音秋 | 書込み件数 |
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1 | 夢のちまた
| 7 |
| エレカシの唯一無二の世界そのものであるのが、3rdアルバム「浮世の夢」である。このアルバムほど全体の一体感を感じられるものは他にない。全体をひとつにするのは、日本情緒と、それを歌い上げる宮本浩次の節回しである。宮本の歌唱が特別なのは、その歌のそこに長唄小唄、浪曲のような、語り節がどこかにあることである。しかし、これがバブル真っ只中に書かれた浮世の狂乱を冷めた目で睨んだ歌だと知ると、その達観の凄まじさを思う。その孤高こそ、まさしくエレファントカシマシという存在。 更新日:2005/12/11 (日) |
日本夏 | 書込み件数 |
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2 | 孤独な旅人
| 3 |
野音秋 | 書込み件数 |
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2 | 夢を見ようぜ
| 2 |
日本夏 | 書込み件数 |
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3 | 悲しみの果て
| 16 |
野音秋 | 書込み件数 |
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3 | ゲンカクGet Up Baby
| 3 |
| 俺の部屋ソング。初期エレカシらしく、サビの「ゲンカクGet Up Baby」にRCの歌いかたのコピーが残っている気がする。曲調はオールド・ロックンロールのそれ。しかし、なぜ歌詞の主人公はゲンカクを見ているのだろうか?おそらくニート的(文学好きの宮本ならきっと「無用者」というだろうか)な存在の若者が、世間に抱く不満が見せる景色のことだろうか。Sex&Drug&Rock’nRollのそれではないようだ。 更新日:2005/09/19 (月) |
日本夏 | 書込み件数 |
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4 | 四月の風
| 7 |
野音秋 | 書込み件数 |
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4 | 土手
| 8 |
| 宮本では書けない歌詞世界がある。初期エレカシのラブソングの名曲。ここには日常の憂鬱やシニシズムはまったくなく、好きな女に心をよせる男の純情が、土手の風景に託されてある。ここでは宮本は冨永のラブソングの純粋な歌い手である。それも類いまれな歌い手である。声、そして詩情、この曲もまた、宮本浩次なしではここまで昇華されなかった名曲である。『Ⅱ』の独特なゆるさは、以後のエレカシからはすこしずつ失われてゆく、ありふれた風景へのありふれた思いに満ちている。力んでいない、だからロックを期待すると肩透かしを食うのが、アルバム『Ⅱ』である。 更新日:2005/09/19 (月) |
日本夏 | 書込み件数 |
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5 | Baby自転車
| 3 |
野音秋 | 書込み件数 |
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5 | かけだす男
| 10 |
日本夏 | 書込み件数 |
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6 | 俺の道
| 12 |
野音秋 | 書込み件数 |
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6 | 珍奇男
| 12 |
| 一つ前の「GT」が苦手な曲だけに、いっそう珍奇男は輝いて見える。男シリーズの屈指の傑作、エレカシの代表曲にしてライブ定番ナンバー。滑稽にして自虐、自虐にしてシニカル、シニカルにして怒涛の暴発。「デーデ」から出発して、かなりの高見にたどり着いた瞬間を見る。この歌がなければ、おそらく今のエレカシはなかったと思われる。宮本は自分をモデルにして道化を演じているが、それは多分に誇張されていて、しかしそれはある意味自らの内面のマイナス的な吐露である。ゆえに、R&Rの王道としての威風を持つ。机にまでもその存在を問うてみせる道化ぶりは、「無用」ものを簡単に烙印する世間への反歌である。常識を知り、義理人情のなかに生き、しかしそれを必ずしも肯んじえない自分の珍奇を笑い、また心の底から愛おしむ姿。「花男」は戒めであった。「待つ男」は居直りであった。そして「珍奇男」はファルスである。道化の哀愁。まさに太宰治、坂口安吾の登場人物たちを見る思いである。 更新日:2005/12/11 (日) |
日本夏 | 書込み件数 |
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7 | 歴史
| 15 |
| アルバム「扉」は、虹色の変化を持ったアルバムである。といっても、エレファントカシマシの歌詞楽曲の一人柱である宮本浩次のつくるものであるから、宮本浩次というアーティストの色には強く染まっている。しかし、これが今までにはない境地の作品であるとともに、作品制作にかける葛藤が静謐さの中に収められていくという、凝縮がある。 「歴史」がまず素晴らしい。というのも、渋谷陽一も指摘しているように、歌詞全体が散文(非韻文かつ平常文)であるにもかかわらず、見事にメロディアスな曲調に似つかわしく、心地よく強く歌われているからだ。また、内容が凄い。森鴎外という文人の人生を歌い、それを日本人の生きざまひいては自分の生きざまに重ねていく。その連想がやや飛躍はあるにせよ、まさに聞き手に人生(生きざま)と日本人としての歴史とをつきつけてくるのだ。それにしても、「歴史SONG」というサビは直裁だ。客観的に見れば、いささか滑稽さもぬぐえない。 更新日:2005/10/29 (土) |
野音秋 | 書込み件数 |
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7 | うれしけりゃとんでゆけよ
| 3 |
日本夏 | 書込み件数 |
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8 | 平成理想主義
| 11 |
野音秋 | 書込み件数 |
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8 | 男餓鬼道空っ風
| 4 |
日本夏 | 書込み件数 |
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9 | パワー・イン・ザ・ワールド
| 10 |
| 前作『俺の道』を継承した唯一つの曲が「パワー・イン・ザ・ワールド」である。ガサガサでザラザラで、がなり声で叫ばれる戦いの歌。自分に、そして世間に、もちろん歴史の流れに対しても、宮本浩次の飽きたらない探求は続く。すなわち克己である。己を超える。もっと先へ、もっと上へ、全身が旅の中で力を失うまで。 更新日:2005/10/29 (土) |
野音秋 | 書込み件数 |
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9 | 通りを越え行く
| 4 |
| かざりがまるでない言葉の並び。そして、誰にでも目に浮かぶ夕景。文語体をのぞけば、童謡かと思うほどあたりまえの日常が、弾き語りのなかに歌われている。アルバム『5』の影の主役はこの歌ではないかと思う。宮本浩次の歌い手としての力量ここに極まれり。ほかの誰もこの歌のこの景色の叙情をうたうことなどできない。 更新日:2009/02/24 (火) |
日本夏 | 書込み件数 |
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10 | 化ケモノ青年
| 14 |
| 「化ケモノ青年」はただただ勢いである。本人も言っているように、曲のイメージにしたがって書かれたこの曲の歌詞は、内容の一貫性よりも、酒を飲んで月を見て人生を思い、ときに理不尽な要求をふりまわすこの国の男、その男たちが青年期に誰でも輝いていたことを歌っている。宮本が思い描いているのは、滝沢馬琴や葛飾北斎、森鴎外や夏目漱石、などの文人たちの青年期であるわけだが、狂言回しとして曲の前半で行われる会話調で描かれる光景を手がかりに、その青年期の葛藤を美しきものとして歌っている。もちろん家父長制度を称揚しているわけではない。酒をのんでくだを巻く父が、その刹那に思い浮かべているかつての力に満ちた青春時代を、ムネに留めよとそういっているに過ぎない。 更新日:2005/10/29 (土) |
野音秋 | 書込み件数 |
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10 | 明日に向かって走れ
| 5 |
日本夏 | 書込み件数 |
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11 | 男は行く
| 7 |
| エピック時代のエレカシの極北アルバムが『生活』である。男うたの歌い手であり、なおかつ一筆入魂の詩人である宮本浩次の目指した文学世界が、『生活』の中にある。その『生活』の幕を上げるのが「男は行く」である。「世間の風は重たいが 俺はやっぱり戦うよ」と歌われるこのうたは、ファーストの「ファイティングマン」と繋がっている。そして、「浮世の風」「世間の重たさ」において「珍奇男」を通過して、 「戦う男」「パワー・イン・ザ・ワールド」までつづいてゆく。克己する思い、不屈の男。ビルを山の姿とダブらせることによって、失った武蔵野の光景のなかに荒野を感じる。その心意気である。ひとり荒野を行く男の戦闘宣言。 更新日:2007/06/09 (土) |
野音秋 | 書込み件数 |
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11 | 旅の途中
| 5 |
| ポニーキャニオン時代最後のシングルとなったのが、「真夜中のヒーロー/旅の途中」。「真夜中のヒーロー」が次の東芝EMI時代の幕開け「ガストロンジャー」を想起させる楽曲に対して、この「旅の途中」はキャニオン時代の総括とも言えるような、明日へ向かう歌である。歌詞に登場する言葉の数々は、キャニオン時代によく親しんだものばかり、それをモザイクのように組み立てて出来たのは、新しい旅立ちの歌。すばらしいできばえである。シングルのフリップ・サイドだからか、それとも次の「ガストロンジャー」のつよいイメージからか、忘れられがちな佳曲である。「旅の途中」はこのただ1曲で、明日へ向かう宮本浩次とエレファントカシマシの心意気の大見出しのような、総まとめの内容である。総括というにふさわしく、しかしその心意気は「人生はいつでも旅の途中」につきる。求道者と呼ぶに相応しい詩人。エレファントカシマシこそ、まさに底の知れない海の広さもつバンドである。 更新日:2005/12/11 (日) |
12 | ドビッシャー男
| 3 |
13 | 四月の風
| 7 |
14 | 友達がいるのさ
| 20 |
風 | 書込み件数 |
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1 | 平成理想主義
| 11 |
2 | 達者であれよ
| 5 |
3 | 友達がいるのさ
| 20 |
4 | 人間って何だ
| 4 |
5 | 夜と朝のあいだに...
| 7 |
6 | DJ in my life
| 7 |
7 | 定め
| 3 |
8 | 勝利を目指すもの
| 4 |
9 | 今だ!テイク・ア・チャンス
| 2 |
10 | 風
| 11 |
扉 | 書込み件数 |
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1 | 歴史
| 15 |
| アルバム「扉」は、虹色の変化を持ったアルバムである。といっても、エレファントカシマシの歌詞楽曲の一人柱である宮本浩次のつくるものであるから、宮本浩次というアーティストの色には強く染まっている。しかし、これが今までにはない境地の作品であるとともに、作品制作にかける葛藤が静謐さの中に収められていくという、凝縮がある。 「歴史」がまず素晴らしい。というのも、渋谷陽一も指摘しているように、歌詞全体が散文(非韻文かつ平常文)であるにもかかわらず、見事にメロディアスな曲調に似つかわしく、心地よく強く歌われているからだ。また、内容が凄い。森鴎外という文人の人生を歌い、それを日本人の生きざまひいては自分の生きざまに重ねていく。その連想がやや飛躍はあるにせよ、まさに聞き手に人生(生きざま)と日本人としての歴史とをつきつけてくるのだ。それにしても、「歴史SONG」というサビは直裁だ。客観的に見れば、いささか滑稽さもぬぐえない。 更新日:2005/10/29 (土) |
2 | 化ケモノ青年
| 14 |
| 「化ケモノ青年」はただただ勢いである。本人も言っているように、曲のイメージにしたがって書かれたこの曲の歌詞は、内容の一貫性よりも、酒を飲んで月を見て人生を思い、ときに理不尽な要求をふりまわすこの国の男、その男たちが青年期に誰でも輝いていたことを歌っている。宮本が思い描いているのは、滝沢馬琴や葛飾北斎、森鴎外や夏目漱石、などの文人たちの青年期であるわけだが、狂言回しとして曲の前半で行われる会話調で描かれる光景を手がかりに、その青年期の葛藤を美しきものとして歌っている。もちろん家父長制度を称揚しているわけではない。酒をのんでくだを巻く父が、その刹那に思い浮かべているかつての力に満ちた青春時代を、ムネに留めよとそういっているに過ぎない。 更新日:2005/10/29 (土) |
3 | 地元の朝
| 10 |
| 「地元の朝」はドキュメンタリーのように、赤羽の実家に帰省する宮本浩次の私小説的独白につきている。これほどまでに、自分自身の私生活と内心をオブラートにくるむことなく、誠実に歌ったうたが日本にどれだけあるだろう。静謐であり、しかし年を重ねても親に向かえば一人の子供に戻らざるをえず、されどやはり死を前にした親とかつての親の年に近づく自分とを意識する葛藤は、沈鬱である。その沈鬱さが最後半の「心の虹」によって解消される。「できるはず できるのさ」という独白が、内省を希望に変える。 更新日:2005/10/29 (土) |
4 | 生きている証
| 11 |
| 「地元の朝」と一対になっているのが「生きている証」である。この歌は自分にないものを求める葛藤を「生きている証」と捉え、またそれを乗り越えてゆけと、静かに語りかける。「強い思いだけが生きている証」なのだ。 更新日:2005/10/29 (土) |
5 | 一万回目の旅のはじまり
| 6 |
| 表現者・宮本浩次の37歳の孤独。それが見事に表現されたのが「一万回目の旅のはじまり」である。この歌はアルバム『扉』の中で明確な映像と物語をもった唯一の曲である。すがるもの(神)を探しあぐねた主人公・ぼくが、海にのぞむ丘にのぼり、そして灰色の海に飛び込んで終わる。泳げないはずのぼくが泳ぎだすラストが感動的に響く。勢いのある曲調とあいまって、ぼくの物語が映画のように聞くものに入り込んでくる。 更新日:2005/10/29 (土) |
6 | ディンドン
| 10 |
| 印象のつかみににくい曲。今までのエレカシにはなかった楽曲が「ディンドン」である。宮本の心象風景なのか、アメリカの世界支配を戯画化なのか、それとも日本人の生活ぶりをテレビ好きの国民性にからめて歌っているのか、判然としない。プロモーションをかねたインタビュー記事を読んだが、この曲と「星くずのジパング」だけは、解説されていないのだ。だから正体不明である。 更新日:2005/10/29 (土) |
7 | 必ずつかまえろ
| 4 |
| リフレインが効果的でかつ言葉の言いかえが劇的なラストを導く1曲が、「必ずつかまえろ」である。この曲はかなり皮肉たっぷりに、ダークな響きの歌声の中で展開されている。すなわち見つけるときも一瞬の幸福、醒めるときも一瞬、その一瞬一瞬に、得るものと失うものがあるという悟り。ラストの目覚めは幸運なものであるのか、否か? 更新日:2005/10/29 (土) |
8 | 星くずの中のジパング
| 6 |
| 「星くずの中のジパング」。この曲ばかりは何をテーマにしているのか、不明。インタビューを読む限りでは、最後までヒーロー(正義の味方)を貫きたいという、その意思を歴史(星の中に浮かぶ幻の日本)に向かって誓う宮本浩次ということなのだろう。夕暮れに心沈むのではなく、心新たにしようという、そういうことなのかな? 更新日:2005/10/29 (土) |
9 | イージー
| 5 |
| 「イージー」。この曲もサビが不思議である。「結論 結論」というリフレイン、これをサビにした歌謡がかつて存在しただろうか?そして、「真冬の雲」と「真夏の空気」から心地よさを探しに旅立つ歌であるが、なぜか「結論」は「もっと もっと あなたを知りたい」なのである。この歌はつまるところラブソングなのである。自分の好きな風景と景色を巡り、男と女のイメージを巡り、死と生の紙一重にたどり着き、思う相手を知りたいと思うところに着地する。「死は今もここに共存している」これが結論。 更新日:2005/10/29 (土) |
10 | 傷だらけの夜明け
| 8 |
| 美しいバラード。宮本浩次という類い希な情緒歌人がつむぎだす夜明けの歌。しかしこの静かな歌の芯は、タイトルでもある「傷だらけの夜明け」、すなわち戦い尽くした後の朝である。つまり晩年にたどりつくそこをうたった歌なのである。だから朝はキレイであり、しかし自分自身は傷だらけなボロボロの身を抱えているはずなのだ。戦い尽くした朝を迎えようぜ、そういう決意なのではないか。この決意はラスト・ソング「パワー・イン・ザ・ワールド」にも共通してゆく。 更新日:2005/10/29 (土) |
11 | パワー・イン・ザ・ワールド
| 10 |
| 前作『俺の道』を継承した唯一つの曲が「パワー・イン・ザ・ワールド」である。ガサガサでザラザラで、がなり声で叫ばれる戦いの歌。自分に、そして世間に、もちろん歴史の流れに対しても、宮本浩次の飽きたらない探求は続く。すなわち克己である。己を超える。もっと先へ、もっと上へ、全身が旅の中で力を失うまで。 更新日:2005/10/29 (土) |
俺の道 | 書込み件数 |
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1 | 生命賛歌
| 13 |
2 | 俺の道
| 12 |
3 | ハロー人生!!
| 6 |
4 | どこへ?
| 4 |
5 | 季節はずれの男
| 12 |
6 | 勉強オレ
| 6 |
7 | ラスト・ゲーム
| 3 |
8 | 覚醒(オマエに言った)
| 4 |
9 | ろくでなし
| 7 |
10 | オレの中の宇宙
| 7 |
11 | ロック屋(五月雨東京)
| 11 |
12 | 心の生贄
| 7 |
DEAD OR ALIVE | 書込み件数 |
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1 | DEAD OR ALIVE
| 9 |
| 洋楽のテイストをエレカシも強く意識しはじめたのだな。そう強く感じた。しかし、歌詞はepic時代を彷彿とさせるような私小説の世界。このギャップの混在にくらくらした覚えがある。epic時代の私小説的文学ロック、cannion時代の叙情溢れる歌謡ロック、そしてガストロンジャーで切り開いた再びの攻撃性と洋楽にも似た歌い上げない乾いた曲調。それがここではうまく混じり合って混沌を描き出している。とにかく、バンドとしての行く末やロックのあり方などを葛藤していた様子が、如実に現れている。しかし楽曲は洋楽然としている。とにかく、ライブバンドとしてのいきおいを取り戻した1曲である。一言一言が、決めゼリフとして成立する。そんな密度が『DEAD OR ALIVE』の楽曲の歌詞にはある。 更新日:2007/12/22 (土) |
2 | 漂う人の性
| 4 |
| 文学テイスト漂う歌詞をあつかいながら、歌謡曲にも長唄風にもならないのがこのミニアルバム発表時のエレファントカシマシだった。「夢から醒めし人よ 生まれたばかりの人」、この考え方は『扉』の「必ずつかまえろ」につながってゆく。この歌くらいから、「目覚め」ということに強い意識を延した歌詞が多くなっていく。 「so many people」で革命は瞬間の積み重ねと歌った宮本であるが、革命とは「夢から醒める」ことではないかと呼びかけている。歩みを進めよという声の強さ。「素直であるとは戦わぬことなのか?」この頃からの問いかけは、アルバムを重ねるごとに重くなる。最後半の台詞の挿しこみは、「soul rescue」のそれに似ている。 更新日:2007/12/22 (土) |
3 | クレッシェンド・デミネンド -陽気なる逃亡者たる君へ-
| 8 |
| 胸騒ぎのドラムから曲が幕を開ける。そして、何事かが起りそうな胸騒ぎのギターが加わってくる。とにかく、この曲はミヤジのギターと石君のギターの絡みが魅力的な楽曲である。そして、冒頭から胸に刺さる一言をずばり。「世の中にあるものすべてがメッセージよ」。人生は一幕の芝居に似ている、といったシェークスピアばりの箴言である。「ガストロンジャー」で世間に呼びかけたあの力強さ、「さあ、勝ちに行こうぜ!」という思いがまだ息づいていることをしめしている。それを端的に示すのが、「でも感じているだろ心の奥の真実の声を それがメッセージ」という一行である。世間の正義ではない、自分の正義を、自分の真実を求めて進め。1stアルバムから変わることのない価値観が、ここでも展開されている。「感じろ 考えろ 思え そのメッセージを」「負けるな 戦え もう一度 出かけてけ」。こんな歌詞を歌ったロックバンドがかつてあっただろうか。内省とアジテートが共存している希有なバンド、それがおそらくエレカシという日本にも、世界にもまれなロックバンドである。『DEAD OR ALIVE』の楽曲のなかでは一番突き抜けていて、混沌の中に光を見る曲である。「疲れた時には孤独になれ」とは至言。「この世を超えてゆくものあるとせば 心の奥のやさしさ」もまた至言。決めゼリフが決まる男、宮本浩次の真骨頂。 更新日:2007/12/22 (土) |
4 | 何度でも立ち上がれ
| 6 |
| 『俺の道』につながる自虐的な内省を含んだ歌詞が印象的である。「太陽」と「出かける」がこのミニアルバムの大きなモチーフであるけれど、それを直球的につなぎ合わせたのが、「何度でも立ち上がれ」である。「さらに大きな理想を掲げて行け」。この思いはepic時代の『5』の中ですでに萌芽していたのだが、それが青年を抜け出した壮年を意識することによって、さらに切実さを伴って迫ってくる。自分たちが社会の担い手の一部だという、その自負のようなものだ。「でも、見て皆よ 太陽はのぼりくる」とは、歌詞のイメージも理想への血潮も「曙光」のそれではないか。だが、印象がずいぶん違うのは、言葉を刻む作者の年輪だろう。「曙光」は背伸びをする、大志を抱く青年のまなざしだが、「何度でも立ち上がれ」は壮年の不屈の誓いのようなものだ。エレカシはこの思いを通じて『扉』に辿りつき、それをくぐって『町を見下ろす丘』という到達点まで至る。 更新日:2007/12/22 (土) |
5 | 未来の生命体
| 6 |
| とてもシュールで、この歌の内容を歌詞だけで理解するのはとても難しいだろう。しかし、エレファントカシマシの歌を聞き込んだものであれば、その言わんとするところはわかる。東京という日本の片隅、地球にしてみればちっぽけな街、宇宙にしてみれば砂粒よりも小さい存在の町で、生命や歴史や世界を描いている男。文明のはざまの生命体。「この人生は惰性」そうシニカルにつぶやきもする。「すべてを未来に預けてきた俺の信頼裏切る36年」とは、痛烈である。同業者からの賞賛、「今宵の月のように」での商業的成功を身にまとう、そんな人物には似つかわしくないほどの自虐である。だが、そこで宮本は反転する「でも停滞と病を経て今 自ら落ちてゆく我が身を見る好条件」。「俺は俺を生きている」。弱さも強さも、失敗も成功も、どんな出来事も自分を形作る歴史、生命体としての生きるあがきなのだと。これは「花男」の続編である。そして、「コールアンドレスポンス」の兄弟篇である。さらにいえば、「生命賛歌」と「パワー・イン・ザ・ワールド」の父親でもある。 更新日:2007/12/22 (土) |
ライフ | 書込み件数 |
---|
1 | 部屋
| 8 |
2 | 女神になって
| 2 |
| アルバム『ライフ』は前作の『good-morning』とはだいぶおもむきを変えている。それはプロデューサーに小林武史を迎えたこともある。また、作品の大半をニューヨークで制作したこともある。が、それよりも『ライフ』という作品が、エレファントカシマシというバンドの作品ではなく、宮本浩次個人名義として出したほうがより正確なアルバムだからである。ゆえに、バンド・サウンドはなりをひそめて、打ち込みのリズム・トラックとストリングス・アレンジが際だっている。
エレファントカシマシというクレジットではなく、宮本浩次個人名義のアルバムならば、これほどよくできたアルバムもないが、バンド作品としては色が薄いのである。この【女神になって】も、宮本らしい恋歌のひとつであるし、メロディも美しくまとめられている。…が、いかんせんいつものエレカシの音ではない。きれいすぎるのだ。しかも、小林武史のアレンジを徹底するために、ほかの3人の個性が死んでいる。音はきらきらして美しいのに、バックの3人はまるで借りてきたスタジオミュージシャンのようである。これをエレカシらしく組み替えると、【ハロー人生!!】ができあがる。つまり、『ライフ』をエレカシ文脈で描き直すと『俺の道』になるのだ。 更新日:2009/11/22 (日) |
3 | 面影(おもかげ)
| 4 |
4 | 暑中見舞-憂鬱な午後-
| 7 |
5 | 普通の日々
| 2 |
6 | かくれんぼ
| 5 |
7 | 秋-さらば遠い夢よ-
| 4 |
8 | 真夏の革命
| 4 |
9 | あなたのやさしさをオレは何に例えよう
| 8 |
10 | マボロシ
| 2 |
good morning | 書込み件数 |
---|
1 | ガストロンジャー
| 16 |
| 売り上げよりもなお幾百倍もの衝撃度で日本中を席巻したこの楽曲は、宮本浩次版Hip-Hopだと考えるのが妥当だろう。そして、これはエレカシの以降キャリアを見てもわかるとおり、ロック宣言でもあったわけだ。サビにいたるまでの宮本史観については賛否両論あるだろうが、「ガストロンジャー」の要点はサビにしかない。つまり、「もっと力強い生活をこの手に!OH!胸を張って、胸を張って出かけようぜ。」であり、「化けの皮剥ぎにでかけようぜ、化けの皮を剥がしにでかけようぜ」であり、「ただなあ、破壊されんだよ駄目な物は全部。」この3つのメッセージがつまりこの歌で言いたいことだ。あとは文字を埋めていったにすぎないと私は考えている。
散りばめられた社会科的な言葉に目くらましをされがちだが、核心部分は単純明快なロックである。「力強い生活」「偽物の破壊」「勝利への前進」。最後のひとりごちに似た歌詞は、死ぬまでたゆまぬ克己心を忘れずにいたい、そんな自分への暗示とも思われる。
シングル発売時にカップリングであった「soul rescue」と一対の作品ではないかと私は考えている。だから、こちらのみに焦点が集まって、「soul rescue」が忘れられがちなのをやや悲しんでいる。
更新日:2008/11/03 (月) |
2 | 眠れない夜
| 5 |
| 『good-mornig』 がアルバム『愛と夢』の延長線上にあることが、たしかであるとがわかる1曲。宮本はまだ完全には失恋の痛みから立ち上がっていないのである。しかし、気持ちは恋愛モードではない。だから、女性にもてたい気持ちを狂言まわしにしながら、歴史観や社会観、死生観を早口にまくしたてているのが、アルバム『good-mornig』である。
サウンドはすべて打ち込みがベースであるし、おそらくそのほとんどの作業は宮本が描いたひとりのサウンド宇宙の具現化だと言っていい。このアルバムほど宮本個人による制作意図が強く、バンドサウンドが捨て去られたものはない。その意味で近年演奏されない曲目になっていることもよくわかる。
俺たちの時代はこれから。まだはじまったばかり。これが30代前半の宮本の気概である。おそらく、移籍によって得たEMIというレーベルでの気負いがかなり高い。ヒットメイカーとしての期待に対して苦闘するところもあるのだろう。
更新日:2008/11/03 (月) |
3 | ゴッドファーザー
| 4 |
| エレカシには<意味不明うた>という分類に当てはまりそうな作品がいくつかある。たとえば、この作品などはまさにそれである。音に歌詞をはめること、そして言葉の連想だけで作詞を行なっているのが手に取るようにわかる。その作詞方法は古くはボブ・ディランのそれであるが、近くは井上陽水や奥田民生のそれにも近い。意味としての言葉ではなく、印象とインパクトをあたえるためのパズルである。これまで近代文学的価値観に根ざしてきた宮本が、ここではまるでビートニクスの詩人のように、意味を越えた世界を描こうとしている。
だから、epic時代やPONYCANYON時代の世界観の枠でとらえようとすると、肩すかしを食ってしまう。しかしこの歌のタイトルの謎かけはわからない。「DJ in my life」や「東京ジェラシー」にも並ぶ不思議な歌である。
更新日:2008/11/03 (月) |
4 | good morning
| 6 |
| アルバムタイトル曲。この曲も歌詞の意味よりも音世界をどう言葉でサポートするかという1曲である。宮本流Hip-Hop。風景は愛車ポルシェで見た首都高速の朝模様だろう。クリスティーヌって誰だろう?ほとんど意味はないのだろうけれど、何か苦心して新しい言葉世界を探している宮本が見える。正直苦手なタイプの曲だ。イメージ先行の歌を手探りしているのが、このアルバムであるが、過渡期と呼んだ方がいい未完成さが目立つ。これが『俺の道』への伏線であり、また「東京ジェラシー」や「DJ in my life」への下地になったかと思うと、無碍にもできない。東京スピンで死ななかった幸運に感謝。
更新日:2008/11/03 (月) |
5 | 武蔵野
| 6 |
| ずっと温めてきた言葉をやっとタイトルにしたすばらしいバラード。ここでは、打ち込みとエレカシの叙情の世界観が無理なく統一されている。それゆえ、ライブの定番となりうるその要素が詰まっている。この「武蔵野」の世界観はepic時代にもあり、キャニオンの時代にもあり、EMIの時代にも健在である。そしておそらくは、彼らが青春を過ごした荒川土手や赤羽台や埼玉古墳群の風景と重なって、ずっと生き続けていくのだろう。人は「武蔵野」は思い出のなかに消えたというけれど、胸の中に生きているものは、死に絶えることはない。思いのなかで耀きつづける景色、恋、青春を胸に大切に抱いてゆこう。そんな歌である。 更新日:2008/11/03 (月) |
6 | 精神暗黒街
| 3 |
| この当時の宮本の気持ちを直截的に表現した楽曲。封印してきたアルファベットを大解放したうえに、韻律を重視した感性の作詞。そして、ギターとベース以外はすべて打ち込みであるという点も、この時の高揚感が宮本ひとりの意識のなかにしかなかったことを物語っている。よくも悪くもエレカシの恒星的存在である宮本世界を、ひとつの太陽系として描いた感じがする。それゆえ、宮本ワールドはビック・バンしたが、バンドのよさが打ち込みの背後に消えてしまっている気がする。
しかし、この開放感。ジャケットの宇宙へ飛びだして行く自動車ではないが、どこまでもその勢いのままに飛んでゆきそうな、そんな力が爆発している。 更新日:2008/11/03 (月) |
7 | 情熱の揺れるまなざし
| 3 |
| もともと歌詞の文字量がメロディを凌駕しがちな宮本浩次の作品のなかでも、『goood-mornig』の楽曲群くらい、詰め込まれているアルバムはない。それはある意味作品群が宮本的Hip-Hopとなっているからではないかと思われる。にもかかわらず、「男家業フル稼働」とか「日本人未だ 西洋踊りはヘタだが」とか、epic時代にも通じるようなベランメエ口調が登場する。バックトラックは打ち込みであるが、やっていることはトーキング・ブルース。語り節である。「世間様あんた実際どうだい?」なんて、まるで「珍奇男」と同じメッセージじゃないか。この曲では早口にしゃべりまくる、宮本の性急さが見事に表現されている。「男家業フル稼働」とはよい作詞だと思う。 更新日:2008/11/03 (月) |
8 | I am happy
| 3 |
| 『goood-mornig』中の隠れ名曲ではないかと私は踏んでいる。内容的には「ガストロンジャー」と重なるところが多いが、こちらのほうは皮肉というスパイスがより効いている。「あとは10年経ったらグッドバイリーダーで われらの時代を生きていくでしょう」という歌詞が強烈に胸にささってきた。この国を動かしている多くの老壮年の権力者に向かって、「若い」という事実を大看板に、10年たてば我らの時代だと大向こうを切る。これはファーストの「ゴクロウサン」にも通じる。辛辣ながらも、その真意は若者賛歌である。「I am happy あいつら関係なかったよ」という決めゼリフが格好いい。暮らしというヤツは結局ひとりひとりのものであって、総理大臣や権力者のものではないという核心をずばりとついている。シングルカットされた「ガストロンジャー」に注目がゆきがちだが、「今日も総理大臣アホ面こいて 説得力ないけど エラそうなフリして」という、この歌の方が表現としては過激である。 更新日:2008/11/03 (月) |
9 | 生存者は今日も笑う
| 3 |
| 構成的には「情熱の揺れるまなざし」にとても近い。歌としての魅力よりも、音楽にのせた語りという側面の方が強い。ポエトリー・リーディングと呼ばれるような感じもしないでない。悩んでも悩んでも、結局生きていたものの天下。「so many people」でも同じ内容を主張しているが、死んでしまっては何もならない。この世は生きているものが笑うのだ。という、皮肉ながらも、「死ぬなよ」という力強いメッセージでもある。 更新日:2008/11/03 (月) |
10 | so many people
| 10 |
| 「good -mornigバージョン」と名付けられた、シングルとは別アレンジの「so many peple」。「ガストロンジャー」「武蔵野」と並んで屹立する名曲。ヒットによって手にした大金で、はじめて得たスポーツカーの運転。高速道路を文明の利器で疾走してはじめて得た感覚が、この歌の中につまっている。エピックソニー時代の売れない鬱屈を突き抜けて、<瞬間>のよろこびの中の<革命>を見つめている。定めなき世の定め、かりそめでもいいよろこびを。願うことのなかのレボルーション。 更新日:2008/11/03 (月) |
11 | Ladies and Gentlemen
| 5 |
| トラック収録にはなっているけれど、いわゆる「つなぎ」、インターミッションだろう。意味としては、「ガストロンジャー」から「so many people」までの夜の歌を終わらせて、朝と覚醒を告げる「コール アンド レスポンス」に接続するための挨拶。革命を告げる鐘の音。 更新日:2008/11/03 (月) |
12 | コール アンド レスポンス
| 9 |
| どんなに権勢を誇っても「いずれ死んじゃうんだぜ」、というのは宮本がデビュー以来持ち続けている、人生への諦観である。この歌では、その諦観を人類全体にまで押し広げて、いずれ死ぬことを「死刑宣告」というセンセーションな言葉で突きつけている。「人生は死という死刑執行までの収監期間である」という名言を残した作家がいるが、それに等しい鮮烈な死刑宣告である。「皆様ご承知のこととは思いますが、発表します、全員死刑です!」。とは、生まれながらにして「死」を宣告されている、人間という存在へのセンセーショナルなアジテーションである。少なからず成功を収めてしまった自分への挑発、「いい気になるな」という戒めが、アルバム『good -mornig』のなかには込められている気がする。宮本は自分自身に対して、「死刑宣告」をあえてしているように強く感じた一曲である。 更新日:2008/11/03 (月) |
愛と夢 | 書込み件数 |
---|
1 | good-bye-mama
| 2 |
2 | 愛の夢をくれ
| 3 |
3 | 君がここにいる
| 4 |
4 | 夢のかけら
| 10 |
5 | ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ
| 5 |
6 | 真夏の星空は少しブルー
| 4 |
7 | 寝るだけさ
| 2 |
8 | ココロのままに
| 2 |
9 | Tonight
| 1 |
10 | はじまりは今
| 4 |
11 | おまえとふたりきり
| 8 |
明日に向かって走れ-月夜の歌- | 書込み件数 |
---|
1 | 明日に向かって走れ
| 5 |
2 | 戦う男
| 4 |
3 | 風に吹かれて
| 12 |
4 | ふたりの冬
| 6 |
5 | 昔の侍
| 4 |
6 | せいので飛び出せ!
| 5 |
7 | 遠い浜辺
| 4 |
8 | 赤い薔薇
| 7 |
9 | 月夜の散歩
| 4 |
10 | 恋人よ
| 7 |
11 | 今宵の月のように
| 11 |
ココロに花を | 書込み件数 |
---|
1 | ドビッシャー男
| 3 |
2 | 悲しみの果て
| 16 |
3 | かけだす男
| 10 |
4 | 孤独な旅人
| 3 |
5 | おまえと突っ走る
| 3 |
6 | 四月の風
| 7 |
7 | 愛の日々
| 3 |
8 | うれしけりゃとんでゆけよ
| 3 |
9 | 流されてゆこう
| 2 |
10 | Baby自転車
| 3 |
11 | OH YEAH!(ココロに花を)
| 6 |
| これもまたキャニオン時代の作風を典型的にあらわした代表曲。タイトルにもあるように、『ココロに花を』というアルバムの核にあるものを表現するためにつくられただろう楽曲。【悲しみの果て】の世界観を引き継ぎ、さらにそれにキャニオン時代に見つけたメッセージ、「戦うため 生きていこう」「未来に勝利を託し生きていこう」「愛するため 生きていこう」などが足されて組み立っている。イントロのひとり多重録音のコーラスが完成型にいたっていて、とても美しい。前半の沈鬱な印象から、サビの<すこん>とした明るいイメージへの転換が面白い。ギターの泣きフレーズは、石君の見せ場で、キャニオン時代のエレカシの象徴的な作風になる。この感じは次作『明日に向かって走れ』の【風に吹かれて】や【遠い浜辺】でさらに昇華される。 更新日:2009/11/01 (日) |
東京の空 | 書込み件数 |
---|
1 | この世は最高!
| 2 |
2 | もしも願いが叶うなら
| 6 |
3 | 東京の空
| 12 |
4 | 真冬のロマンチック
| 4 |
5 | 誰かのささやき
| 5 |
6 | 甘い夢さえ
| 4 |
7 | 涙
| 4 |
8 | 極楽大将生活賛歌
| 4 |
9 | 男餓鬼道空っ風
| 4 |
10 | 明日があるのさ
| 4 |
11 | 星の降るような夜に
| 5 |
12 | 暮れゆく夕べの空
| 3 |
奴隷天国 | 書込み件数 |
---|
1 | 奴隷天国
| 12 |
| 『生活』、『5』がスローな聴かせるアルバムであったのとは真逆に、アルバム『奴隷天国』はまさにエレカシの攻撃性爆発のパンキッシュな曲ばかりである。この【奴隷天国】もシニシズムな挑発に満ちたこころをザラザラにささくれにする曲である。
印象的なギター・リフ。ファーストのころの攻撃性に先祖がえりしたかのようである。この曲の見せ場は後半の挑発ぜりふにある。「何笑ってんだよ」「何うなずいてんだよ」聴くものさえもしかりとばし、舞台上に上げようとする演出が利いている。その本気は何度聞いても怖いくらいである。「いじけた流浪の民」たる日本人の心性を愛しつつも、その奴隷根性が憎くてたまらない。そんな思いが私の中にもある。革命志向の歌だ。このマイナスベクトルの歌詞をプラス方向に舵を切り直すと、【ガストロンジャー】あるいは【so many people】になる。
音楽として単純に格好いい。が、歌詞を聴くと、いつも居心地の悪さが残る。 更新日:2009/11/22 (日) |
2 | 太陽の季節
| 6 |
| 【太陽の季節】とは、夏のことか?それとも人生の隆盛期の表しているのか?エッセイ中に石原慎太郎を尊敬しているという文言があるように、おそらくかの小説『太陽の季節』のイメージもどこかで借りているだろう。この歌の内容はほとんど日常の憂鬱そのものである。その意味ではアルバム『5』と続いているのだが、憂鬱を歌いながら、いきおいとパワーにあふれているので陽の印象を強く受ける。
皮肉まじりながら、「我らが季節 太陽の季節」を謳歌しようとする、ブルース。初期の憂鬱ソングの系譜に連なりながらも、ギターの勢いもあってか陰に籠もらない、カラッとした男の意気地を奥底に感じる。それが「暮らすだけなら そりゃいくらも暮らせるさ/お前が造るこの世の晴れ姿」の歌詞に表れている。 更新日:2010/02/27 (土) |
3 | 絶交の歌
| 7 |
4 | おまえはどこだ
| 3 |
| エピック時代の【俺の道】であり、エピック時代の【パワー・イン・ザ・ワールド】であるのが、この【道】である。ただその曲調はあくまで語りかけであって、近年の爆発的な叫びや戦闘宣言ではない。むしろエピック時代の求道(ぐどう)は、静かに老成した文人のたたずまいである。「俺たちの死に場所はどこだ」と歌うときも、叫びにはならず、また「俺たちはなんで生きてるの」と言っても、【風】や【生きている証】のような死のイメージはそう強くはない。
まあつまり、この時の歌には年相応ではない背伸びがある。等身大ではないのだ。だが、年を重ねてから歌うエピック時代の歌の深淵は、おそらく人生の年輪の深みが、本来もっていた作品の質をあぶりだすようなそんなことなのだろう。【道】の歌詞はそうした老成の深みがある古びない内容である。 更新日:2010/02/27 (土) |
5 | 日曜日(調子はどうだ)
| 6 |
6 | 浮世の姿
| 6 |
7 | 果てしなき日々
| 2 |
8 | いつものとおり
| 4 |
| 冒頭のギターリフはムード音楽の大家フランシス・レイの影響を感じるが気のせいだろうか。
そうした音楽的なアレンジをのぞけば、歌詞の内容はいつものエレファントカシマシの世界観である。【too fine life】や【Blue Days】でも描かれたように、日常は抜け出すことができない地獄でもある。この歌では比較的おだやかに「いつものとおり」という歌詞に潜めている。また、そうした地獄へ射す救いの光を、朝日ではなく夕日のなかに見ている。「いつものとおり」、どこまで行っても自分は自分であり、また日常は日常である。しかし、夕日や夜の中には話すべきに足る対象があるとも、さりげなく歌っている。
今までのエレカシにはなかった曲調で、次のアルバム『東京の空』へつながっていく印象がある。 更新日:2009/11/01 (日) |
9 | 道
| 10 |
| エピック時代の【俺の道】であり、エピック時代の【パワー・イン・ザ・ワールド】であるのが、この【道】である。ただその曲調はあくまで語りかけであって、近年の爆発的な叫びや戦闘宣言ではない。むしろエピック時代の求道(ぐどう)は、静かに老成した文人のたたずまいである。「俺たちの死に場所はどこだ」と歌うときも、叫びにはならず、また「俺たちはなんで生きてるの」と言っても、【風】や【生きている証】のような死のイメージはそう強くはない。
まあつまり、この時の歌には年相応ではない背伸びがある。等身大ではないのだ。だが、年を重ねてから歌うエピック時代の歌の深淵は、おそらく人生の年輪の深みが、本来もっていた作品の質をあぶりだすようなそんなことなのだろう。【道】の歌詞はそうした老成の深みがある古びない内容である。 更新日:2010/02/27 (土) |
10 | 寒き夜
| 8 |
| 老成をして鳴らしたエピック時代のエレファントカシマシ。その粋(すい)とも呼べる一曲がこの【寒き夜】である。題材はまったき平凡な日常である。火鉢と古地図がある光景をのぞけば、誰にでもある冬の一日であるが、その小さき世界の大きさ。枕元の読み途中の本の山、タバコを切らして外へ出ればちんちんに冷えた真冬の空気。手を袖口にすぼめながら早足に町へ出る。そして、家へと帰り着くと、ふるさとのようにわれに親しい。暖房器具に火を入れ、ようよう温かくなるところへかじかんだ両手をかざす。これがバラードのなかに歌われることの感涙。短き一編の叙情。寒き夜に親しきものは我が家なりけり。我が家とは故郷であり、また恋人であり、家族であり、故国であり、誰もが帰る場所の謂いにちがいない。 更新日:2009/11/22 (日) |
エレファントカシマシ5 | 書込み件数 |
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1 | 過ぎゆく日々
| 7 |
| 前作『生活』の文語調を引きずりながら、その内容において自身の実感のほうへシフトしているのが、『5』である。それゆえに、やや言葉を重ね冗長の向きがあるものの、キャニオン時代に開花する、暮らしを美しい歌の中につづるという手法の芽生えがある。この歌にはそれが顕著である。エレカシの世界観において「太陽」は否定的なひびきを秘めた象徴であることが多いが、アルバム『5』の中の太陽は、ギラギラと輝いていない。また日常を「生活」と表現するとき、それはくり返される無間地獄的な意味として描かれるが、それを「日々」と言い換えたときには、愛おしむべき人生の積み重ねとなって描かれている。『5』には否定がおそらく皆無である。テーマとしては「偶成」と同じであるが、この曲ではドラマはつくられていない。まさに作詞者の日記的な、私小説的な思いである。以降定番となる、宮本の一人多重コーラスがうつくしい。思いの絶唱を抑え、言葉を噛みしめながら丁寧に歌い上げている。 更新日:2007/06/16 (土) |
2 | シャララ
| 5 |
| 「シャララ」は物憂げな日々を生き抜こうとする覚悟の歌である。やることがなくても、涙ほろほろ流しても、恋をしてメシを食って生き抜かなきゃならない。暇と酔狂しかなくても、そいつを過ぎゆく日々にかえて。そうつまらない「生活」を過ぎゆく「日々」にかえて、身をけずる。「生活」として否定してきたくり返しを、「日々」と捉え直して肯定する。それがアルバム『5』の隠れたテーマのようだ。「俺は働く」、「この世のくらしはただかけぬけにゃならぬ」のように、社会へと出て行く自分を描いているところに、それが証明されている。 更新日:2007/06/16 (土) |
3 | 無事なる男
| 2 |
| 当たり前の家庭生活を送っている父親と息子の奮起を描いた、「男」シリーズの中でも異色な作品。『5』の中で唯一フィクション色の強い、狂言回し的な歌詞世界が展開されている。サビの「こんなもんかよ。こんなもんじゃねえだろうこの世の暮らしは。もっとなんだか、きっとなんだか、ありそうな気がしてるんだ」。この歌詞は、ごく当たり前にどこの家庭にも存在する悲憤だ。ありがちな光景のありがちな悲憤。革命でもなく、皮肉でもなく、よくあるつぶやきの中の克己。満足してたまるか。I can't get know Satisfaction! 更新日:2007/06/16 (土) |
4 | 何も無き一夜
| 6 |
| この歌もまた、「日々」を暮らしゆく決意が、それとなくつづられている。何も無き一夜には、机に向かうでもなくぼっとしながら、歌ともない鼻歌をうたう。そんな風景。それでも頭をよぎるのは、「ああ 夢を追わなきゃならない」、その思いである。「働いた 疲れて寝た 働いた 疲れて寝た」。それでも死が我と我が身を殺すまでは、前を向いて歩いてゆく。『5』は自部屋ソングが多いが、決して内向きに籠もるベクトルはない。どれもひとりの歌ながら、社会ときちんと繋がっている。明日またがんばろう、そんな外へ向けられた夕景、夜景がある。 更新日:2007/06/16 (土) |
5 | おれのともだち
| 4 |
| 「おれのともだち」は「曙光」と並んでアルバム『5』の核となる楽曲である。ファースト以来つねに対峙してきた、「生活」と「退屈」。日々、克己する思いで乗り越えてゆこうとした「退屈」を、宮本はついに「おれのともだち」であると肯定するのだ。町の夕景を描きながら、萎え果てた暮らしの傍らにある「たいくつ」。それこそが日々を暮らしてゆくこと、「生活」というものの本質であること。それを見事に描いている。古今東西、エレファントカシマシほど何もない日常を、ドラマなしに歌いあげているミュージシャンはいない。この歌にしてもテーマは日常かたわらにある「退屈」である。これはまぎれもない文学である。 更新日:2007/06/16 (土) |
6 | 夕立をまってた
| 1 |
| 「ままにならない俺の人生よ」。冒頭で人生の本質をぽつり。そしてサビとも思えぬこの歌のリフレイン「何かやることはないだろうか」。ここで歌の主人公が探しているのは、暮らしの目的である。そう生活のなかの「退屈」に圧倒されるという状況が、またしてもここにある。この「夕立をまっていた」のやるせなさは、ちょうどファーストの「BLUE DAYS」と呼応しているように感じる。夕立という語句からもわかるとおり、この歌は気だるい夏の夕景を背にしている。そして、日常の憂鬱を夏の気だるさに重ね、自らに克己を振るいたたせるものとして、夕立を感じている。夏の気だるい午後の景色を、平手打ちするように通りすぎる夕立。そんな光景をベランダで待っている姿が目に浮かぶ。それは萎え果てた日常にひたる自分をも夕立にさらすようにな、そんな意気込みである。 更新日:2007/09/08 (土) |
7 | ひまつぶし人生
| 4 |
| この歌はほんとうに一筋縄ではいかない内容を含んでいる。いちばんわかりやすいのは、「平和なればこそ。平和なこの世に望むものはない。」と「みんな大好きよ。エセ平和が大好き。俺は大好きさ。エセ平和が大好き。」の部分である。望むものはないは、克己の鬼宮本が口にするセリフではないし、まして「エセ平和が大好き」とは明らかに深意を秘めている気がする。皮肉はある、だが完全に皮肉だけではなく、本心もどこかまじっているという、是非入り交じりの気持ちである。「用が無いのに慌てふためきつれえのなんの。用が無いから働いて疲れたよ。」とは、まったく非凡な歌つむぎである。この歌には歌詞に苦労したあととして、しめきりに間に合わなくて埋められなかったと思われる箇所がある。「ほんのわずかでもいい夢見たき人よ」のあとのハミング部分である。このハミングはコーラスとして利用されているものの、明らかに何かを入れようとして為しえなかった空白がそこに残っている。この歌が先鋭さを込めているのは、「天皇が死んだ」という歌詞にもあらわれている。なにしろ、マスコミ上で天皇を扱うときは「陛下」敬称をつけるのは当たり前であるし、まして「死んだ」という一般人あつかいも問題視されるからだ。いくら一般人の注目が低かったとはいえ、「天皇が死んだ」は放送コードぎりぎりである。しかし、それはおまけのようなことだ。「エセ平和」、「ひまつぶし人生」、「天皇が死んだ」、こうしたするどい表現がひとつの歌の中につまっていることの凄み。今にしてみても、若き日の気概に満ちている。そこがぜんぜん「ひまつぶし人生」ではない。 更新日:2007/09/08 (土) |
8 | お前の夢を見た(ふられた男)
| 3 |
| この痛切な失恋ソングは、男シリーズに数えてもいいのだろうか。飾りけがまるでない、直接的な内容からして、当時彼女にふられただろうミヤジの落胆がうかがえる。「おれはひとり」「ひとりぽっち」。まるで子どものようだ。こうしたやや童子じみたふるまいが、気概ある男の別の一面として愛おしく、女心をくすぐるのであろう。彼女がいてもいなくても、自分はただひとりである。そう実感する後半部で、やや哲学にもどる。そして結論は「まだ見ぬ日々をおれは求め・・・」。飽くなき克己、飽くなき視線。 更新日:2007/09/08 (土) |
9 | 通りを越え行く
| 4 |
| かざりがまるでない言葉の並び。そして、誰にでも目に浮かぶ夕景。文語体をのぞけば、童謡かと思うほどあたりまえの日常が、弾き語りのなかに歌われている。アルバム『5』の影の主役はこの歌ではないかと思う。宮本浩次の歌い手としての力量ここに極まれり。ほかの誰もこの歌のこの景色の叙情をうたうことなどできない。 更新日:2009/02/24 (火) |
10 | 曙光
| 7 |
| アルバム『5』に屹立する大作。7分16秒を費やすに足る、大きなこころざしとその熱い思い。「あああぁぁぁ」宮本の大きな叫びは、自らの克己とともに聴くもののこころを揺り起こす。朝焼けに立つ男が抱く感懐。タイトルのより所であるだろう、ニーチェの著作のイメージを引用するような、広大な宇宙を感じさせる曲。夕方と夜歌の歌い手である宮本が、あえて朝を主題にした初めての歌。けだるいギターと単調なメロディのなかに、血潮燃え立たせる若き男の再起の姿が浮かぶ。「ふられた男」にもあるように、3年つきあった彼女との決別に迷っていた宮本が、朝の旭日にふたたび己れを奮い立たせる気概。「あああぁぁぁ」、憂鬱へのため息とも聞こえ、あるいは奮い立つ思いの雄叫びとも聞こえる。この壮大な曲の広がりは、「東京の空」や「地元の朝」へとつながってゆく。 更新日:2007/12/22 (土) |
生活 | 書込み件数 |
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1 | 男は行く
| 7 |
| エピック時代のエレカシの極北アルバムが『生活』である。男うたの歌い手であり、なおかつ一筆入魂の詩人である宮本浩次の目指した文学世界が、『生活』の中にある。その『生活』の幕を上げるのが「男は行く」である。「世間の風は重たいが 俺はやっぱり戦うよ」と歌われるこのうたは、ファーストの「ファイティングマン」と繋がっている。そして、「浮世の風」「世間の重たさ」において「珍奇男」を通過して、 「戦う男」「パワー・イン・ザ・ワールド」までつづいてゆく。克己する思い、不屈の男。ビルを山の姿とダブらせることによって、失った武蔵野の光景のなかに荒野を感じる。その心意気である。ひとり荒野を行く男の戦闘宣言。 更新日:2007/06/09 (土) |
2 | 凡人-散歩き-
| 4 |
| 文学ソング。若き詩人が文学放浪のなかで見つけた悟り。「恐ろしさ」とは何であるのか?「いつもわが余命いく日なりや」とうそぶきつつも、「「金」と「平和」と「女」と「虚名」を求め」る矛盾。自分が死んだら涙を誘う立派な墓を建ててくれ、というのもそれである。表現の密度、屈折、その鋭さどれをとっても抜きんでた一曲。ただ、それゆえに噛みしめる必要がある。この絶唱は我が身と向き合わぬものにはおそらく永遠に届かない。 更新日:2007/06/09 (土) |
3 | too fine life
| 3 |
| 難曲が多いアルバム『生活』の中で、「月の夜」と並んでポピュラリティをもった楽曲。悪いこともあるけれど、それはそれとして生きていかなければならない、そんなブルース。この曲の諦観はどこか突き抜けていて、どこか明るい。そうファーストの「てって」に似ている。 更新日:2007/06/09 (土) |
4 | 偶成
| 5 |
| たまたま生まれること。そう、類い希なる偶然のうちに生まれるのがひと、そして人生。胸のうちに理想があり、しかしその高潔さにはなかなか近づけぬ現実。そしてそれをひとり慰みのなかに浮かべている男。人に会い、仕事に悩み、町に出かけ、そんな日常の生活のくりかえしのなかですり減ってゆく「思い」。まるで人生は生活に食い尽くされていくようである。そして腰掛け、嘆息のうちに見つけた夕陽。わが人生の充実を探しあぐねて、さまよった末に見つけたドブの夕陽の美しさ。ドブの夕陽のなかにも人生の真実がある。なんという美しい歌だろう。アルバム『生活』のハイライトである。 更新日:2007/06/09 (土) |
5 | 遁生
| 7 |
| 「偶成」のあとに、この隠者のうたが現われるすごさ。この歌の主人公は「生活」から逃げながら、生きることに執着している、そんな男だ。部屋のうちに暮らす無目的を自問しながら、布団やテレビを眺め暮らすことの安楽。彼はふつう一般の生活人としては落伍したものである。しかし、歌詞にうたわれる自問のなかに浮かんだ深淵。金のために何をする?女のために何をする?人のために何をする?それでお前は何処へ行く?それで俺は何処へ行く? これは仙人、哲学者の風貌である。 更新日:2007/06/09 (土) |
6 | 月の夜
| 10 |
| 月の光のやさしさと太陽の光の残酷さを対比した、夜のエレジー。エレカシの世界観においては月とはやさしさと幻想の象徴で、太陽は峻厳過酷な現実をあらわしている。のちにあらわされる「今宵の月のように」にもつながる世界観がここに既にある。「皆が眠りし月の夜に もう少し遊ぼうか」とは、心意気である。2005年の野音のライブMCで明らかにされた秘話として、アルバム制作の合宿中のスタジオの夜に作られた歌だという。 更新日:2007/06/09 (土) |
7 | 晩秋の一夜
| 6 |
| 人生とは「邯鄲一炊の夢」。中国の故事を下敷きにしたであろう歌。人はいずれ死して屍(しかばね)になるのみ。そう知った男の前に広がる余生。何をしても、何を手にしても、それは酔夢のごとく消えゆく。ならばいっそ秋の虫のように、季節のなかに死ぬのが潔さ。そう思いながら、秋を過ぎて生きながらえる虫の音に、哀れを感じながら、我が身の余生の希望を浮かべている。秋を過ぎても死ねぬ虫に主人公はわれを仮託しているのだ。もののあはれ。人生のみじかさ。秋は物思うころを歌った名曲である。 更新日:2007/06/09 (土) |
浮世の夢 | 書込み件数 |
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1 | 夢のちまた
| 7 |
| エレカシの唯一無二の世界そのものであるのが、3rdアルバム「浮世の夢」である。このアルバムほど全体の一体感を感じられるものは他にない。全体をひとつにするのは、日本情緒と、それを歌い上げる宮本浩次の節回しである。宮本の歌唱が特別なのは、その歌のそこに長唄小唄、浪曲のような、語り節がどこかにあることである。しかし、これがバブル真っ只中に書かれた浮世の狂乱を冷めた目で睨んだ歌だと知ると、その達観の凄まじさを思う。その孤高こそ、まさしくエレファントカシマシという存在。 更新日:2005/12/11 (日) |
2 | うつらうつら
| 4 |
| 浮世を平生のなかに謳う。それが宮本詞の世界。まさしく情念のブルース。宮本節の独特のゆらぎは、アタリメのように噛めば噛むほどその味わいが深く、時に涙が浮かびそうになるほど、芯からの憂鬱とやさしさが溢れている一曲。社会事象でもなく、恋愛でもなく、ただもの想うだけでブルースが生まれる。宮本浩次御大、おそろしや。おそろしや。 更新日:2005/12/11 (日) |
3 | 上野の山
| 3 |
| 花見うた。しかし、ただの花見うたではない。花見の狂乱とバブル経済の狂乱とを重ねているのがよくわかる。「俺も花見に入れてくれ」というのは、懇願や願望ではなく、たわむれの座興であることが口調からもわかる。「ああ今日の日はなんだろう」。成功のはかなさ、経済好況のはかなさ、それを見透かしている。あれほどバブル華やかなりし頃に「明日からがんばろう また明日からがんばろう」というメッセージを発信していたのだ。「上野の山」は最後にワークソングであるその姿を見せる。 更新日:2005/12/11 (日) |
4 | GT
| 2 |
| この曲はエレカシ大好きな私にしても、かなり苦手な一曲である。まず、歌詞がケレンなくストレートであり、ある状況をただただ歌っている、レポート的な歌だからである。その意味では、アルバム『風』の「夜と朝のあいだに」に似ている気がする。しかし、向うは全然苦手ではないのだが、こちらはどうも感じるところが少ないのだ。味わい方が未熟なのだろうか。誰か、この曲に思い入れがあるファンの人に魅力を御教示ねがいたい。歌の状況的には、おそらメンバーの3人と4人で遠乗りに出かけて行く、その勇ましい気分と楽しさを歌っているのだろうと推察する。でも、いつものエレカシの魅力がこの歌にはない。おそらく、友情の楽しさを歌う気持ちは、「星の降るような夜に」につながって行く大切なきっかけなのだとは思う。でも、ダメだ。苦手だ。いつかライブで聞いて、この苦手が克服されることを祈っている。 更新日:2005/12/11 (日) |
5 | 珍奇男
| 12 |
| 一つ前の「GT」が苦手な曲だけに、いっそう珍奇男は輝いて見える。男シリーズの屈指の傑作、エレカシの代表曲にしてライブ定番ナンバー。滑稽にして自虐、自虐にしてシニカル、シニカルにして怒涛の暴発。「デーデ」から出発して、かなりの高見にたどり着いた瞬間を見る。この歌がなければ、おそらく今のエレカシはなかったと思われる。宮本は自分をモデルにして道化を演じているが、それは多分に誇張されていて、しかしそれはある意味自らの内面のマイナス的な吐露である。ゆえに、R&Rの王道としての威風を持つ。机にまでもその存在を問うてみせる道化ぶりは、「無用」ものを簡単に烙印する世間への反歌である。常識を知り、義理人情のなかに生き、しかしそれを必ずしも肯んじえない自分の珍奇を笑い、また心の底から愛おしむ姿。「花男」は戒めであった。「待つ男」は居直りであった。そして「珍奇男」はファルスである。道化の哀愁。まさに太宰治、坂口安吾の登場人物たちを見る思いである。 更新日:2005/12/11 (日) |
6 | 浮雲男
| 7 |
| 小唄長唄、浪花節。語り節、説教節をその根に持ちながら、ポップ・ソングでもあるという離れわざ。私は非喫煙者であるが、この歌を聞くと「たばこ」の持つ文化性と開放的なイメージがよくわかる。「煙が雲になるわけないよ みんなは笑う」。それを尻目に悠々と煙をくゆらす、宮本の姿が、まざまざと浮かぶ。たばこは吸わねど、「ぷかり ぷかり」、雲の流れる晴天の空に歌いたくなる。「男」シリーズの佳曲、立て続け。 更新日:2005/12/11 (日) |
7 | 見果てぬ夢
| 2 |
| 「人の思いは十人十色」。歌い出しのただ一言で心をつかむ一曲。サビの絶叫につながるとはなかなか想像できないので、割れ声になった瞬間にやや驚きを覚える。「浮世」を浮世なりに背中(せな)に負って生きていく、その決意のような歌。ブルース。情歌。「われも彼らに負けまいと やさしい日本の四季を見て これも浮世とあきらめて 涼しげ」。この凄まじい節回しこそ宮本のただ一人の証たる、絶叫である。 更新日:2005/12/11 (日) |
8 | 月と歩いた
| 3 |
| エレカシの歌にはよく月が登場するが、初登場はこの一風変わった散歩ソングなのだと気づいた。歩いても歩いても後ろをついてくる月、その趣と自動車の不作法、散歩好きにはよくある一風景である。シニカルさとがなり歌謡の『浮世の夢』にあって、この歌だけはとても気持ちよさそうに楽しく歌っている。車が登場して曲調が一転するところに面白さがある。あまりライブ受けしそうのない曲であるが、CDを回してアルバム通しで聞くと、ひと心地つける柔らかい歌なのである。この歌を聞くと「名月や大人になってもついてくる」と詠んだ詩人・辻なにがしの俳句をいつも思い浮かべてしまう。 更新日:2005/12/11 (日) |
9 | 冬の夜
| 5 |
| 歌手デビューは「みんなのうた」である宮本浩次。その本領ともいうべき、唱歌にも通じるようなゆったりとした歌である。メロディもどことはなしに冬の小学唱歌じみている。曲調はひとつ手前の「月と歩いた」に重なって、せっかくのいい歌が台無しの印象を受ける。内容的には『奴隷天国』の「寒き夜」と似通っている。完成度でいえば「寒き夜」に軍配を上げるが、外連(けれん)のなさ、シンプルさからいえば「冬の夜」ほうがストレートな歌詞に思う。宮本アコースティック一人語りコーナーの誕生でもある。 更新日:2005/12/11 (日) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ | 書込み件数 |
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1 | 優しい川
| 7 |
| 社会の片隅を川のほとりに見る、優しき青年、宮本浩次。優しいのは川であるのか、それとも川の光に照らされた片隅の人を見る彼の眼差しであるのか。ことさらに声高に叫ばないことでより強調されるメッセージ。ミヤジの口笛デビュー作でもある。 更新日:2005/09/19 (月) |
2 | おはよう こんにちは
| 5 |
| 日常の憂鬱ソング。やるせなさを「不来方のお城の草に寝転びて空に吸われし十五のこころ」と歌った石川啄木の詩情と通じるところがある。宮本が歩いて空を見上げたのは、はたして荒川土手であろうか?とても渋い1曲。勢いでは捉えきれない、コクと深み。 更新日:2005/09/19 (月) |
3 | 金でもないかと
| 3 |
| 「デーデ」をもう少し具体的な歌詞に書き換えて、ブルース仕立てにしたらこうなったのではないか。「あの頃」と青春を振り返るところからして、すでに若き隠者の相があった宮本の達観。金、金と金銭主義の亡者の風をよそおうことが、実ではそうではない自分の逆説的主張。そこらを金でも探しにぶらついて来るよ、そんな軽い皮肉である。 更新日:2005/09/19 (月) |
4 | 土手
| 8 |
| 宮本では書けない歌詞世界がある。初期エレカシのラブソングの名曲。ここには日常の憂鬱やシニシズムはまったくなく、好きな女に心をよせる男の純情が、土手の風景に託されてある。ここでは宮本は冨永のラブソングの純粋な歌い手である。それも類いまれな歌い手である。声、そして詩情、この曲もまた、宮本浩次なしではここまで昇華されなかった名曲である。『Ⅱ』の独特なゆるさは、以後のエレカシからはすこしずつ失われてゆく、ありふれた風景へのありふれた思いに満ちている。力んでいない、だからロックを期待すると肩透かしを食うのが、アルバム『Ⅱ』である。 更新日:2005/09/19 (月) |
5 | 太陽ギラギラ
| 6 |
| ワークソングである。しかもぶらつく男から見たオフィス街の様子。思うに霞ヶ関、日比谷あたりのビルの谷間が連想される。曲調は変拍子、Dave Brubeckのテイク・ファイブそのままである。ジャズ・ファンにはお馴染みのあの変拍子をブルースに仕立てるとは。リズムの心地よさとオフィス街にあるいち風景のギャップ。エレカシは夕方と夜景の歌い手であるので、太陽が登場するとたいてい憂鬱に結びつく。のちに「曙光」や「太陽の季節」につながってゆく、太陽の無慈悲を云う内容である。 更新日:2005/09/19 (月) |
6 | サラリサラサラリ
| 7 |
| 歌詞は印象重視、意味不明。物語でもなく、シニシズムでもなく、当然風景でもなく、言葉と音楽の転がりを楽しむ1曲。「ふわり飛んでゆく」歌。詩情やシニシズムで構築されてきた世界が、フッと風にさらわれて、変哲のない路地に迷い込んだような、そんな印象を受ける。『Ⅱ』の中では「待つ男」「ああ流浪の民よ」と並んでよくライブに取り上げられる曲。ひとつの枠におさまらない不思議なバンド、エレファントカシマシを象徴する不思議な歌。 更新日:2005/09/19 (月) |
7 | ゲンカクGet Up Baby
| 3 |
| 俺の部屋ソング。初期エレカシらしく、サビの「ゲンカクGet Up Baby」にRCの歌いかたのコピーが残っている気がする。曲調はオールド・ロックンロールのそれ。しかし、なぜ歌詞の主人公はゲンカクを見ているのだろうか?おそらくニート的(文学好きの宮本ならきっと「無用者」というだろうか)な存在の若者が、世間に抱く不満が見せる景色のことだろうか。Sex&Drug&Rock’nRollのそれではないようだ。 更新日:2005/09/19 (月) |
8 | ああ流浪の民よ
| 3 |
| いじけた民族のブルース。島国根性。でも、それを愛してやまない男の屈折した思い。「生命賛歌」や「歴史」に通じる、逃れられない民族性を歌い上げている。背中に立ってるのは、民族と文化という積み上げられたもの。そこから逃げるなと宮本は言っている。私の敬愛する評論家・竹内好が書いた「血塗られたナショナリズムから逃げるな」という言葉に通じる心意気を感じる。どんなに落ちぶれて惨めな姿になっても、そこは自分の生まれたところ。この思いは漫画家・松本零士が「キャプテン・ハーロック」に託す生き様にも似ている。 更新日:2005/09/19 (月) |
9 | 自宅にて
| 6 |
| 現代的な物言いでいうところの「ニート」。文学的世界でいうところの「無用者」。その行き場のなさがいかんなく描かれた佳曲。全身全霊で歌う屈折と、その結論であるところの「つつましく生きよう」の落差に打たれる。「つつましく生きよう」の結論は、敬愛してやまない太宰治のそれから引用しているのだろうか。曲調といい、内容といい、アルバム『生活』の前哨であることは間違いない。 更新日:2005/09/19 (月) |
10 | 待つ男
| 8 |
| 「男」シリーズの傑作のひとつ。自虐、屈折、破壊性、シニシズムの暴発力。…にして、富士に太陽、浮世絵の光景である。聞くもののこころをザラザラ、ザクザクにしてやまない、喚起の歌。そして歓喜の歌。「誰も俺には近寄るな」という孤高、「何をあわてて無様にこける」自分への客観。宮本スキャットらたとぅ、らたとぅ、たぁあ、らたとぅ、らたとぅたあ、に痺れる。 それにしても曲なかばの「長い」はどういう意味があるのだろうか? 更新日:2005/09/19 (月) |
THE ELEPHANT KASHIMASHI | 書込み件数 |
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1 | ファイティングマン
| 8 |
| 記念すべきファーストアルバムの冒頭曲にして、バンドの代表曲となったキラー・チューン。エレカシのファーストほど内容の詰まった完成度の高いものには、そうそう出会えない。とくに歌詞の完成度に関しては、当時デビューの他バンドとは比べ物にならない。「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ」この印象的な出だしで、聞くものの心をわしづかみにする。権力者を鼻で笑えと歌いながら、「正義を気取るのさ」という冷静な自己認識(あるいは含羞、ハニカミ)を意識にのせているところが、宮本浩次という作家の特長である。アルバムの中では終曲の「花男」と対をなしている。サウンドは石君のギターが前面に押し出されたギターチューン。ライブで聞いた人は誰しもわかるが、この曲は生演奏でこそ、そのポテンシャルが発揮される。この頃のエレカシにはたぶんにRCサクセションの影響を感じる。 更新日:2005/07/31 (日) |
2 | デーデ
| 8 |
| またしても稀代の名曲。R&Rをやるものが一度は通過する、「金(かね)」をテーマにした1曲を、エレカシはファーストで軽々とこなしてしまった。ロックの伝統どおり、「金が一番」ということを歌うことによって、逆説している。「金が友達さ」「友達なんかいらないさ 金があればいい」と歌うザラツキが、そうではないだろうという反問を残す。「野音 秋」に収録されたテイクのMCにある、「貧乏人に捧げるバラードだ」という宮本の言葉が、製作意図を明らかにしている。「ファイティングマン」と同様に、バンドの代表曲にして、ライブの定番。曲中盤の駄洒落に近い遊びと、曲サビの金を称える内容が混然一体として、不思議な感覚を覚えさせる。最近は「人生金だけじゃねえよな、エブリバディ」というMCも飛び出すことも多いが、そういう本音は前に出さない方が、逆説として歌詞が活きてくるように思う。たとえば2005年野音の「友達は裏切る 金はうらぎらねえ」というMCが、個人的には歌詞に見合っているように感じる。 更新日:2005/09/19 (月) |
3 | 星の砂
| 6 |
| またしても稀代の名曲である。ファーストアルバムは、冒頭の「ファイティングマン」からこの「星の砂」まで、立て続けに名曲のパンチを食らう。「デーデ」の後奏から切れ目なしにつながる、出だしのギターリフが心をわしづかみにする。歌詞の内容は、これが新人の第1作か?と思うほどにエッジの立った挑発に溢れている。ここでもまた、宮本の作家性である逆説が活きている。「日本の神を中心にして立派な国を築きたい」。「ハレンチなものは全て隠そう そして民衆は耐えよう」。大時代的な歌詞の中は皮肉たっぷりで、その額面どおりに歌詞を取れば国粋主義者にも取られそうだが、それを「山に登り修行するのさ」のようなわかりやすいシニシズムで引っくり返す。宮本は基本的にはこの国の情緒や文化が好きで、なおかつ自民党に代表される保守的な政策意識も強いが、ただの保守ではなくて、いつも現状に不満のある革新的保守主義者の傾向が強い。つまり革命家の相がある。社会主義や共産主義のようなシステマティックな革命志向ではなく、血の通った為政者の人柄に期待するような、人間中心の改革を志向する革命家の眼差しである。この「星の砂」に代表される宮本の問題意識とシニシズムの融合は、エレカシの曲相の核となって、以降の名曲を形づくってゆくことになる。代表的な一例は「ガストロンジャー」である。楽曲としては、「デーデ」と対になって輝きを倍加する、ライブ向けの代表曲。ただ、歌詞が喚起する或る時代傾向は、ただ縦ノリをするには空恐ろしい感覚を残す。 更新日:2005/07/31 (日) |
4 | 浮き草
| 1 |
| ファーストの中盤、凝縮された緊張感が緩和される1曲。昼間の憂鬱、とでも言うべきような、日常への不満が初期エレカシの代表的歌詞世界だが、それを象徴するような内容である。何も起らない、「いつもと同じ」、それでもそこそこ生活している、それが不満。不満がないのが、不満。普通ならばそれが怒りに転化してゆくところを(実際宮本も「曙光」などでは怒り爆発である)、ぐっと抑えて、含み笑いで「みんなと同じ楽しい人生」とくるところにしびれる。現在言うところの「ニート」のような浮遊感がよく出ている。宮本は預言者であったか! 更新日:2005/07/31 (日) |
5 | てって
| 3 |
| 時折見せる、本音直球勝負の1曲。力むな、肩の力を抜いて、まあ死ぬまで人間嫌でも生きて行くんだから、というような宮本浩次の照れ隠しのない主張が、こころに沁みる。宮本はシニシズムと優しさの詩人だと、私は思う。好き嫌いや善悪の価値観はかなりはっきりしているが、生きとし生けるものに対して、無下に「お前なんか無用の長物だ」と烙印しない、やさしい眼差しが彼にはある。だから、「目にさわる奴らはとりあえず埋めよう」と歌っても、「お前に聞かせる歌などなくなった」と歌っても、「生命 死刑宣告」と歌っても、そこに破壊者の暴力を感じないのだ。「楽して楽してするりとくぐり抜けよう」、この言葉には本当に和んでしまう私である。シニシズムがふだん強烈なだけに、時折の本音はすごく新鮮でやさしく思える。私はこちらが宮本浩次という人物の底だと感じている。(シニシズムは彼の作家性と音楽家、演奏家としての演技が含まれている。見世物を意識しての含羞である) 更新日:2005/07/31 (日) |
6 | 習わぬ経を読む男
| 4 |
| ミュージシャンの作家性はファーストアルバムに凝縮されていると、巷間にその説をよく聞くが、ことエレファントカシマシに関してはそれが当たっている。「習わぬ経を読む男」は、のちに「男」シリーズと呼ばれるようになる「○○男」タイトルの1曲であり、とことん自分をおとしめる自虐性を売りにした内容になっている。宮本の作家性は「世間様」に向かって刃をむけるだけではなく、きちんと自分自身の現状や内面にまではね返ってくるところが、只者ではない。自虐ソングとしても、「男」シリーズの1曲としても、やや不出来な作品ではあるが、エレカシが以降にたどる自虐路線の序章としては充分にふくむところがある。その意味で、ファーストアルバムとしての凝縮の一端、のちの作品傾向が内包されている。曲調はやや未消化な感じが強く、ややでこぼこが多い気がする。ファーストの中では、他の楽曲がすぐれているだけに、見劣りがしてしまう。 更新日:2005/07/31 (日) |
7 | BLUE DAYS
| 7 |
| 日常の憂鬱を高らかに謳う初期エレカシを代表する1曲。のちのEPIC時代のアルバム全体に通じて行くザラついた歌唱の伏線とも思える。歌詞はすこぶるストレートで、この楽曲の魅力となっているのはバンドサウンドと、それを活かす歌手宮本浩次のザラついた歌唱。テーマといい曲調といい、RCサクセションをすぐに連想させる。 更新日:2005/09/19 (月) |
8 | ゴクロウサン
| 3 |
| 政治的な暗部を笑い飛ばしながら、それを許している自分たちへの怒りに転化してゆく歌詞に注目。「ふだんの暮らしにゃ関係ないが 悪いヤツラは裏でニヤニヤ それを知ってて 手もつけられず yeah ゴクロウサン」。「デーデ」と同じように、逆説で鋭い毒針を放っている。ノリのよさでは「デーデ」に共通している。 更新日:2005/07/31 (日) |
9 | 夢の中で
| 2 |
| のちにポニー・キャニオンに移籍してから花開く<働く男>の歌の先駆け。エレカシの世界は自虐と引きこもりがクローズアップされがちだが、全体を見回すと、案外とワークソングが多いことに気づく。誰かのために働く、自分の夢のために働く。ライブのMCにもよく出るように、懸命に働くことのよさを宮本は称揚する。よい仕事のあとの一杯の茶を讃えた太宰治のそれにならって。 更新日:2005/07/31 (日) |
10 | やさしさ
| 6 |
| 日常の尽きる事のない憂さ。それを乗り越えるための愛。ブルースがラブソングになりうるという、稀有な共存関係を描き出している。歌唱もとても切なく、ラストソング「花男」のザラザラを緩和する、ロマンティックな様相を描いている。エレカシのロマン世界の本領が開花した傑作である。 更新日:2005/07/31 (日) |
11 | 花男
| 7 |
| 宮本浩次のテーマソングとも言うべき代表曲。世間を鼻で笑い、見下しながら、どこかでその中にいる自分の姿、たとえば権力者の大人びた振舞のなかに未来の自分の姿をおぼろに見る、そんな戒めであふれている。力に魅入られる人間の性、それを抜けえない自分。宮本の戦いは常に社会の惰性と惰性に染まる自分への克己である。この初期衝動は近年「俺の道」で再爆発し、「花男」の戒めは中年としての求道を宣言したアルバム「扉」に結実した。曲名を転用した漫画家の松本大洋をはじめ、ペンネームにした漫画家花くまゆうさくなど、エレカシのファンでなおかつこの曲のファンも多い。 更新日:2005/07/31 (日) |
アルバム未収録曲 | 書込み件数 |
| Hello. I love you | 0 |
| If I Fell | 0 |
| It’s only lonely crazy days | 0 |
| No more cry | 0 |
| soul rescue | 2 |
| sweet memory | 5 |
| Woman ”Wの悲劇”より | 0 |
| yes. I. do | 0 |
| この円環のなかを | 0 |
| さらば青春 | 9 |
| それを愛と呼ぶとしよう | 4 |
| のら犬にさえなれない | 0 |
| はじめての僕デス | 0 |
| はてさてこの俺は | 1 |
| ビリージャー | 0 |
| ベイベー明日は俺の夢 | 0 |
| めんどくせい | 0 |
| 孤独な太陽 | 8 |
| 明日を行け | 0 |
| 東京ジェラシィ | 6 |
| 涙の数だけ | 1 |
| 真夜中のヒーロー | 7 |