『敗北と死に至る道が生活』その266
主に南極に住むと言われるその生物の実体は鳥類らしい。一羽と呼ぶべきなのか1匹と呼ぶべきなのか・・・。そんなことは人間の都合だ。どうだっていい。大航海時代の冒険家が南極大陸を発見し、そこに住むあの「ペンギン」を初めて見たとき、随分びっくりしたことだろうと思う。「鳥が立っているじゃないか!!」
ペンギンはかつて温帯に住んでいた。様々な外敵に襲われた結果、南へ南へと生息地を移動していき、最終的には氷の世界に住むことになる。逃げるが勝ちだ。そのペンギンの中でも「皇帝ペンギン」は更に特殊な環境を選んだ。皇帝ペンギンは身長150cm。かなり大きい。南極にだって夏と冬がある。夏はオキアミなどのエサも豊富にある。
しかし皇帝ペンギンは冬に出産をする。冬であれば外敵の活動も少ない。ところが同時にエサも少ない。しかし皇帝ペンギンは冬に出産をする道を選んだ。全ては子供が未熟な状態での外敵から守る為だ。自分を犠牲にしてまで赤ちゃんペンギンの安全を選ぶ。体も南極に適応し、静脈は動脈にらせん状にからみつき、少しでも冷えるのを抑えた構造になっている。
真冬に母親が産んだペンギンの赤ちゃんはすぐに父親の足下に入れられる。少しでも外気に触れるとたちまち凍死してしまうのだ。父親が暖めているその間、母親はエサを食べに海岸に行く。夏場は海岸だったその土地も冬はおよそ100km先まで氷が張っている。
母親ペンギン達は黙々と100km先の海を目指す。ペンギンの時速はおよそ1km/hだ。およそ20日間吹雪の中をゆっくり行進していく。
自分の分を食べ終わった母親は子供のためのエサを確保する。ところでどうやって運ぶのだろうか。胃袋の中にため込み胃液を停止し消化吸収を抑えるのだ。
同じ道を20日間かけて戻る。子供にエサを与えると、今度は空腹の中20日間立ち続けて子供を暖めていた父親達が海を目指す。
ただひたすら歩く。
母親達は吹雪の中団子状の集団を形成し、風上に立っていた列が徐々に風下の列へと移動しながら交代でお互いの寒さを緩和している。
運悪く子供が死産してしまった母親も数匹。そんな中1匹の赤ちゃんペンギンが母親の足下から出てしまった。子供がいない母親達が殺到する。母性本能なのだろうか、赤ちゃんペンギンを自分の足下に入れようとする。結果は赤ちゃんペンギンがボールになってサッカーをやっている様な光景となる。真冬の南極では10分ともたず凍死してしまう。
死んでしまった赤ちゃんペンギンの死体の元へ母親ペンギンがかけよる。固い。固くなってしまった赤ちゃんペンギンを何度と無くくちばしでつつく。それでも諦めきれない母親は足下へしまい込もうとする。
母親は天を仰ぎ虚しく一声泣いていた。