『敗北と死に至る道が生活』その531
我々はうっかりするとおいしい物を口にしがちである。果たしておいしいものを食べることが幸せなのかどうかは甚だ疑問なところだ。例えば北海道の採りたてのアスパラガスは食べた人でないと語れないくらいおいしい。又は食べた人でも語れないくらいおいしい。極端に言えば東京のスーパーで売られているアスパラガスはアスパラガスでないとも言える。その証拠に『アスパラ』とだけ書かれている場合が多い。『アスパラダイス』かもしれないし、『アスパラボラアンテナ』かもしれない。鮮度の違いはそれほどまでにシビアだ。ここでたいていの人は、『じゃぁ、北海道のアスパラガス畑に行って食べてみよう』などと浅墓な考えをする。北海道の採りたてのアスパラガスなんか喰ったら、それが基準になってしまい、一生おいしいアスパラガスを喰えなくなることに気が付かないのだ。そこそこ幸せに生きていこうと思うなら、おいしいものなど喰わないことだ。私はマルシンハンバーグを食べる前に必ずこう言い聞かせている。悲しいときには涙なんかこぼれない。