『敗北と死に至る道が生活』その3523
「やさしくなりたい」と思う一方で、所詮やさしい人間にはなれないとも思う。元々が優しい人間ではないからだ。元々が優しい人間だったら「やさしくなりたい」と思うだろうか?優しくないから「やさしくなりたい」と思うのだろう。ということは一生優しい人間にはなれないし、仮になってしまったらそれは自分を失うということだろうか?誰もが仏のようになったとしたら、それはそれで気持ちの悪い社会ではないだろうか。よくわからなくなってきました。
世代的に BOOWY と 尾崎豊は避けて通れなかったのでね。イカ天とか流行ってた。フライングキッズとか、たまとか人間椅子。特に好きだったという訳でもないけど。避けて通れなかった。避ける理由もなかった。同じタイミングでエレファントカシマシも借りてきたのは鮮明に覚えているが、当時の私には早すぎた。分かりやすいBOOWYを聞いていた。あの頃、エレファントカシマシの凄さに気が付かなかった私は一般人だ。反省。