『敗北と死に至る道が生活』その4269
コンパクトシティがうまくいってない。私が心配するようなもんじゃないが、日本一の限界集落と言われている群馬県南牧村は私の父の故郷だ。若者の仕事が役場くらいしか無いので出て行かざるを得ない。本当に20年後の日本が心配だ。年寄りは変化を恐れる。にしても恐れすぎだ。母にCDを教えたら、カセットテープの方が使いやすいとぬかす。そんなわけが無いのだ。要するに新しいことを覚えるくらいなら以前から知ってる方法でやる。きみまろの音源にカセットテープがあるのもこうした理由からだ。
かくいう私もIEのお気に入りが左に表示されていたのをEdgeで右側にされたので、設定で左に出来ないか調べたことがある。年寄りの仲間入りだ。最初にあてがわれた物が正しいとは限らない。温泉宿のスリッパだって、大浴場で自分のスリッパを他人が履いていったと憤慨する人がいるが、そもそも最初にあてがわれたスリッパが清潔だったとでも思っているのだろうか。あんなものは全部不潔である。
水槽にガラスで隔てて小魚と捕食魚を入れると、小魚は死ぬそうだ。襲われる可能性などないのに襲われる可能性ばかりを考えて。ネガティブ思考というのはストレスだ。そうは言ってもこういう性格なんだから仕方がない。レットイットビー。ビートルズが一回出した結論。