『敗北と死に至る道が生活』その4444
私はかねてからバナナという物の存在について、神がいると思わざるを得ないくらいに疑っている。バナナと対等な価値を持つ他の果物が見当たらない。あのパッケージがすごい。パッケージったって皮のことだが。例えばイチゴは剥き出しだ。剥き出しということは剥かなくていいということでもあるが、衛生面でどうかと思うが、いちご狩りではみんなバクバクとそのまま食う。まぁビニールハウス内だからそういうことになっている。野生のイチゴではあんな食い方をしないだろうし、野生のイチゴなんか酸っぱくて食えたものじゃない。知らないけど。で、話がバナナだけに脱線してしまったが、話をバナナに戻すと、完璧なパッケージを身にまといながらもジャングルの奥でなんの道具も使わずにあんなに綺麗に剥けるとはどういうつもりだろうか。そして途中まで剥き、皮のところを持てば手もバナナも汚れない。最後まで食べるのにバナナの身には一切手を触れずに食べられる。そんな剥き方にコツがあるのかと言えばコツなどなく、それこそ猿でも剥ける。ちまたには「猿でも分かるエクセル」などというふざけた題名の書籍があるかどうか知らないが、「猿でも剥けるバナナ」というタイトルすら不要なのだ。私はこれを何に例えよう。
そんなバナナではあるが、スーツにバナナは似合わない。この時期公務員の多くが着用する「かりゆしウェア」にはよく似合う。