『敗北と死に至る道が生活』その4472
質問、疑問、設問、要求、依頼。大人になるとさまざまな物を投げかけられる。投げつけられるよりマシか。
で、大人になると「こいつの言ってることってそもそも正しいのだろうか?」と思う。アプリ開発でユーザーが「こうして欲しい」と言うのだが、そもそも何でそうしたいのか問い詰めると発想が間違っていたりする。はなっからそうしておけば「こうして欲しい」という要求自体が存在しないものだったりする。これはプログラマーじゃなくてSEの仕事。でもバカなSEはユーザーの意見をブログラマーに丸投げする。噛み砕くのがSEの仕事。バカなプログラマーもいるから、それが何の役目を果たすのか考えずに、忠実に作り上げる。新人プログラマーなら仕方が無いが。で、バカなユーザーはそれが出来たといって喜ぶ。あれ?みんなWin-Winでハッピーなのかもしれない。こうやって社会はバカ同士で成立してしまう場合もある。
今日ネットでこんな記事を読んだ。「でんしゃのなかに15にんいます。すわっているひとは9にんです。のこりのひとはたっています。たっているひとはなんにんいますか?」という小学一年生の問題。
小学一年生は答えがわかったあとに「なんで6にんはたっているの?」
そう。余裕で座れる。
こういう視点はかなり大切。そもそもの質問、疑問、設問、要求、依頼が不思議な状態なのだ。不思議な状態について答えろと言われても明快な回答なんか出ない。